228.グランベル公爵家、訪問⑤
「――ああ、うん。そうだそうだ、アイナね」
ヴィオラさんは頷きながら、思い出すように私の名前を口に出した。
最初に名乗ってはいたけど、絶対に覚えていなかったでしょ……。
「そうそう、アイナ。忘れないでね。
それで、シェリルさんの近況も聞いておきたいんだけど」
「んー……。ここ数か月は、夜に少し出てくるだけだぞ?
この屋敷の連中は、全部俺が応対してるしな」
「へぇ、そうなんだ?」
「まぁ応対って言っても、ファーディナンド以外は強引に叩き出すだけだけどな」
「あれ? 魔法って全部封じられてるんじゃないの?」
「一定のラインを超えるとさっきの魔法封じが発動されちゃうんだけどさ、それを超えなきゃ結構平気なのよ」
「ふ、ふぅん……?」
「だからちょっとした連中は軽い魔法でドカン! だよ。あはははは♪」
なるほど――とは理解したいものの、それってお屋敷の人から見たら大迷惑だよね……。
唯一まともに応対できるファーディナンドさんばかりに負担がいくというのも、それならば仕方が無いのかもしれない。
「……それじゃ、今日はシェリルさんには会えなさそうだね。
せっかくだから会っていきたかったんだけど」
「仕方ないよな、泊まってもらうわけにもいかないし。
用事があるなら俺から伝えておくぞ?」
「具体的な用事っていうのは特には無いんだよね……。
ああ、そうそう。そもそもはテレーゼさんに情報操作の魔法の使い手に心当たりが無いか、それを聞いたところから始まったんだけど――」
「情報操作? それなら俺が使えるぞ。掛けてやろうか?」
「ううん、掛けてもらいたいものは持ってきていないから」
「……お前、本当に何しにきたんだよ……」
いや、今回はシェリルさんに会うためだったし!
でもその申し出の可能性を考えられていれば、テレーゼさんの指輪はやっぱり持ってきていたかなぁ……。
「――ところでさ、ヴィオラさんたちっていつまでこのお屋敷にいるの?」
「ん? そりゃ、一生だろ?」
「え?」
「何だかお前は知ってるようだから言うけどさ。
シェリルはユニークスキルを持ってるんだよ。ユニークスキルって、知ってるよな?」
「うん、まぁ……」
「この国の王様が、その力をこの国のために使えって言うんだ。
それ自体は別に良いんだけど、作れっていう魔法が人殺しのためのものばかりなんだよな。
だからさ、そんなものを作れるやつを――俺たちを自由にしたら、そのうち寝首を掻かれるかもしれないだろ?」
「でも、だからって閉じ込めておくのは酷いよ……」
「まったくなー。ここだけの話だけどさ、俺はこの部屋の術を破るくらいの力は持ってるんだよ」
「え、そうなの?」
「ああ。でもさ、そんなことをしたらこの屋敷の誰かが怪我しちまうだろ?
シェリルがさ、それは嫌だって言うんだよ」
はぁ……とため息を漏らしながら、ヴィオラさんは首を振った。
人を傷付けたくないから自分を殺しておく――分からなくもないけど、それは程度問題ではないだろうか。
一生閉じ込められているくらいなら、私だったら少しは抗いたくなるものだけど――
「ヴィオラさんも、優しいんだね……」
「は、はぁ!? 何で俺が!?」
「え? だってシェリルさんに付き合って、ずっとここに残っているんでしょう?」
「あ、あー……。そういう理由か……。
いや、それとな? 逃げたところで、行く先が無いんだよ」
「行く先?」
「仮にここを逃げ出してもさ、そこら辺の街で暮らすわけにはいかないだろ?
何せ公爵家の保護下から逃げるわけなんだから」
「うん、確かに」
「仮に逃げられたとしてもさ、結局同じことの繰り返しになっちまう。
秘密なんて一回バレたら、どこから情報がまわるか分かんねーからな」
逃げてもまたどこかの場所で捕まって、また軟禁されて――……いや、そのときは軟禁どころでは済まないかもしれない……か。
「……ちょっと話は変わるけど、このお屋敷で痛い目に遭ったことは無い?」
「ん? 拷問のことか? あるぞ?」
「えっ!?」
聞きにくいことのつもりだったんだけど、ヴィオラさんはあっさりと答えてしまった。
「服を着てたら分からないけど――ほら、背中とか。な?」
ヴィオラさんが服を捲った場所には、痛々しい傷が残されていた。
見えないところを傷付けられる――キャスリーンさんと同じような感じだ。
「酷い……。誰がこんなことを……?」
「ああ、ハルムートのやつだぞ。まったくあいつさ、容赦しねぇんだよな」
そんな感じで不満そうには言うが、だからといって怒ったり恨んでいる様子は無いように見えた。
「今も、まだ辛くされてるの……?」
「いや、最近はもう無いぞ。いつだったかな……、ファーディナンドが俺たちを助けてくれたんだよ。
俺もシェリルもそろそろ限界だなってところだったから、あれは本当に救われたなぁ……」
「そうなんだ……。だからファーディナンドさんには心を許してるんだね」
「こ、心を許すっていうか……。そ、そういう言い方は止めろよっ!?」
ヴィオラさんは大きい声でそう言うと、顔を赤くしながら照れてしまった。
おやおや、なんだか可愛いぞ。
「それにしてもグランベル公爵がそんなことを……。
そんな感じには見えなかったけど――」
「あいつ、外面は良いからな。
ファーディナンドと家督争いをしたときも、裏ではずいぶん酷いことをしてたらしいぞ?」
家督争いというのは、公爵家の継承問題とかの話だろう。
なるほど、ファーディナンドさんはそれに負けたから、このお屋敷の中では冷遇気味なのか。
……それにはグランベル公爵の意思がなければ始まらないのだけど。
「はぁ……。この家もいろいろあるんだね……。
でもたくさんのことが分かったよ、ありがとう」
「それは良かったな。……それよりもお前! お前も創造才覚を持ってるんだよな!?」
「私はお前っていう名前じゃないんだけど」
「む……。えーっと、アイラ!」
「ぶーっ」
「ア……アイナ……?」
「ピンポーン! はい、正解!」
「よっしゃあああ! ……じゃなくて!
アイナも創造才覚を持ってるんだよな!?」
「ここだけの話ね?」
そう言いながら、鑑定スキルのウィンドウを出して見せる。
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ユニークスキル
・創造才覚<錬金術>
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「おぉ……、本当だ……!
そっか、そっかー……。シェリルの他にも、いたんだなぁ~……」
突然の潤んだ声に驚いてヴィオラさんの方を見てみると、彼女はくちゃくちゃに涙を流しているところだった。
「えっ!? ちょっと、どうしたの!?」
「だって……だってさ、シェリルがさ……。いつも言うんだよ……。
この世界に、こんな力を持ったのは自分だけだ……って。
あいつにも、同じような力を持った仲間がいてくれたって思うとよぉ~……」
「そ、そうなんだ……。とりあえず落ち着こ?」
なおも泣きじゃくるヴィオラさん。
そんな彼女をしばらく慰めていると、不意に部屋の中が少し暗くなったような気がした。
「――あ……、そろそろ時間みたいだな……ぐすっ」
「え? 時間って何?」
「ほら……、最初に俺が盗聴の魔法を封じただろ……?
その効果――っていうか、扉がロックされる30分だな。それがもうすぐ終わっちまう……」
「でもファーディナンドさんは、ゆっくりして良いって――」
「それは、盗聴が生きていればの話だろ?
ファーディナンドはともかく、この屋敷の連中はもうおしまいにさせるだろうな」
「そっか、これでお別れなんだね……」
「……でもさ、俺もアイナに会って――何だか元気が出てきたよ。
何だか、俺たちもまだ終わっていないかなって思えた」
俺たちというのは、恐らくはヴィオラさんとシェリルさんのことだろう。
これから先を諦めていた2人に何かができたのであれば、それはひとつの大きな収穫かもしれない。
「……それじゃ、また会えるかな?」
「ははっ、このままじゃ悔しいからさ。いつか絶対、アイナのところに会いに行ってやるよ。
――それでさ、シェリルからの贈り物があるんだ」
「え? シェリルさんから?」
「アイナに――ってわけじゃなかったんだけどな?
もし俺が心から信頼できる人が来たら、俺たちの力になってくれそうな人が来たら渡してくれ……って」
そう言いながら、ヴィオラさんは彼女のアイテムボックスから赤黒い石を出して渡してくれた。
「これは……魔石? それにしてはこの色……」
「その魔石はシェリルが作ったんだ。……まぁ、俺も力をずいぶん貸したもんだけどな。
ちょっとクセは強いし、アイナには多分使えないものだとは思うけど、もしそれを託せるヤツが現れたら――」
――その瞬間、バタンと大きな音がして、この部屋の扉が開け放たれた。
私はそれに反応して、受け取った魔石をとっさに自分のアイテムボックスに入れる。
「アイナさん! ご無事か!?」
「シェリル! また暴れたな!」
「大人しくしろ!!」
「そこの方、こちらへ!!」
部屋に入ってきたのはファーディナンドさんを筆頭に、この屋敷の使用人と思われる人たち。
使用人――とは言っても、うちでいう警備メンバーのような顔ぶれだ。
そしてヴィオラさんは、そんな彼らに拘束されていた。
「あの、私は大丈夫です! ヴィ……シェリルさんを離して頂けませんか?」
「……申し訳ないが、魔法封じを発動させたあとは少し……な。
アイナさんは気にしないで良い。
――それでは、そろそろハルムートのところに戻ることにしようか」
そう言うと、ファーディナンドさんは元来た道へと私を促した。
ヴィオラさんを見てみれば、『いつものことだから気にすんな!』と言わんばかりの顔をしている。
気にしないわけには、いかないでしょ……。




