227.グランベル公爵家、訪問④
まずはグランベル公爵のお兄さん、ファーディナンドさんがシェリルさんの部屋に入っていった。
私が来たのも突然のことだから、一応経緯を簡単に説明してくれるとのことだ。
しかし、ファーディナンドさんは1分もすると部屋から出てきてしまった。
「それではアイナさん、どうぞ」
「え? あの、説明は上手くして頂けましたか?」
「大丈夫、いつもこんな感じだから」
「えぇー……?」
「さぁ、どうぞどうぞ」
ファーディナンドさんのやや強引な案内で、私はシェリルさんの部屋に入ることになった。
部屋に入ってみると、やはりその部屋は広かった。
何かの会議場としても余裕で使えるような、そんな広さだ。
中はきちんと整頓され、清潔に保たれているようだ。
壁には少し変わった模様が刻まれているけど、これは装飾の一環なのだろうか。
さてさて、一見すると好待遇で住まわせてもらっている感じはするんだけど――
「――よう。俺に何か用なんだって?」
部屋の中心に置かれたテーブルに着いていた、1人の少女が私に声を掛けてきた。
少女らしからぬ言葉遣いに少し戸惑いはしたものの、まぁこんな人もいるかとすぐさま理解を示す。
その少女はとても可愛い風貌をしていたが、どこかやさぐれているというか、中身が伴っていないというか、そんな印象を受けた。
「初めまして、私はアイナ・バートランド・クリスティアです」
「ふーん? で、何の用?」
おおぅ、名乗り返してくれない。
こちらに対して、何の興味も示していないということだろうか。
そういえばテレーゼさんの話によると、シェリルさんって二重人格なんだよね。
まだ私も信じ切れていないんだけど――
確か『大人しい方がシェリルちゃん、元気な方がヴィオラちゃん』だったっけ?
目の前のこの子はさすがに『大人しい方』では無いだろうから――
「今日はあなたとお話をしたくて来たんです。
えぇっと、あなたは……ヴィオラさん?」
「うぇっ!?」
「えっ!?」
突然の反応に、私も驚く。
「お前、何者だ?」
……そこからですか。
「名前は先ほど言った通りですが、私はテレーゼさんとバーバラさんのお友達なんです。
ヴィオラさんたちのことを聞いて、お話をさせて頂きたいなって――」
「……何だお前! 怪しいぞ! 消えちまえっ!!」
「え、えぇっ!?」
少女は勢い立ち上がり、手で印を組み、恐ろしい速さで詠唱を開始した。
それと同時に彼女の手の中が輝き、部屋の中が揺れ、部屋の中に風が吹き荒れる。
「――全部消し飛べッ!! テンペスト・シルフィードッ!!!!」
ちょ、ちょ――――――――――っ!!?
最後まで詠唱が完了した瞬間、突然部屋の壁が光り始めた。
とっさにそれを見てみれば、壁に刻まれていた『少し変わった模様』が魔法陣のように図形を描き出している。
そしてその光と反比例するように、ヴィオラさん(?)の手に生まれた輝きは徐々に明るさを失っていた。
――結果、私の被害はゼロ。
部屋の中のものが散らばっただけで、特に何が起こったということも無かった。
「……あ、あの?」
「へへっ、驚かせてごめんな! この部屋、盗聴されてるからさ」
「えぇ、盗聴ですか!?」
「おう! その仕組みも魔法機構で作られてるんだけどさ、魔力の供給元が俺を封じる術と同じところにあるんだよ。
だからそっちの術を発動させて、盗聴の方を封じたんだ」
「えーっと、つまり……今は大丈夫なんですか?」
「30分くらいは大丈夫だぞ! ついでに扉もロックされて、誰も入ってこないからな。
……っていうかさ、敬語はウザいからタメぐちで話してくんない?」
む……初対面で敬語禁止とは。私的にはなかなかやりづらいぞ。
「わ、分かった。……それで、あなたはヴィオラさん?」
「そうそう! そう呼ばれたのも久し振りだなー。
テレーゼとバーバラは元気にやってる?」
「うん、元気も元気だよ。特にテレーゼさんは」
「はははっ、そうだろうな。あいつら、今は何をやってるんだ?」
「テレーゼさんは錬金術師ギルドの受付嬢。
バーバラさんはそこの食堂で働きながら、服屋さんでも働いてるよ」
「ぶはっ!? テレーゼが受付嬢!? 何でだよーっ!?」
先ほどまでとは打って変わり、ヴィオラさんは目を輝かせながら私の話に聞き入った。
バーバラさんの話は予想通りといった感じだったのか、テレーゼさんの話ばかりに興味がいっているようだ。
ひとまずそこら辺は簡単に、テレーゼさんから聞いていた話をそのまますることにした。
錬金術師を目指していたけど途中で断念して、せめて錬金術師ギルドの職員として働くことにした話を――
「――と言うわけで、私はそこでテレーゼさんと知り合ったの。
そのあと、服屋さんを探しているときにバーバラさんを紹介されて」
「……そっか、お前も錬金術師なんだな。
今日はハルムートのやつに呼ばれてきたのか?」
「呼ばれてというか、こっちから接触したんだけどね。
ヴィオラさんたちに会いたくて」
「俺たちに? シェリルにだろ、どうせ」
「うーん? 私は2人に会いたかったけど……」
確かに今まで、呼び方こそ『シェリルさん』と言ってはいたものの、どちらがどうということを私は知らなかったわけで。
『どちらかにだけ会える』と言われても、『どちらが良い』という判断基準が無かったのだ。
「ふぅん……? そんなやつ、初めてだなぁ」
「今まではそうだったの?」
「おう。そもそも王城に召し抱えられることになったのが、シェリルの才能が理由だったからな。
俺は単に、魔法を使う力が強いだけだし」
「そういう違いがあるんだ? へぇ~……」
「お前、何も知らないんだな。
それなのに、よくもまぁこんなところまで会いに来てくれたもんだ……」
ヴィオラさんは少し呆れながら、そんなことを言った。
「でも、これでテレーゼさんたちには無事を伝えられるよ。心配してたからね」
「もう忘れられていたかと思ったけど……そっか、そっか」
そう言いながら、ヴィオラさんはくるっと後ろを振り向いた。
その声は少し涙声にも聞こえるし、彼女も今まで我慢してきたことがあるのだろう。
「……ところでヴィオラさんは、何でここにいるんですか?」
「んん? 聞いてるかもだけど、召し抱えられたあとに仕事をまったくしなくてさ。
シェリルが拒絶しちゃって」
「拒絶って……、何か嫌なことでもあったの?」
「軍の連中からの依頼ばかりが多くてなぁ……。俺が言うのも何だけど、ずいぶん非道な依頼がきてたんだよ。
それで心を閉ざしちまって――そのままここに軟禁、ってわけ」
「軍の依頼……?
私は『魔法の天才』としか聞いていないんだけど、どういうこと……?」
「ああ。シェリルは魔法を作る才能があるんだ。
シェリルは魔法を作る、俺は魔法を使う――そんな感じで、俺たちは才能が別れちまってるのさ」
魔法を作る才能……。
それって――
「創造才覚……?」
「うぇっ!?」
つい漏らしたその言葉に、ヴィオラさんは凄い勢いで反応をしてきた。
創造才覚、それはユニークスキルの名前の一部。
ユニークスキルとは、世界の中で一人だけが修得可能なスキル。
そして鑑定スキルによっても看破されないもの――
「……あ、すいません、何でもないです」
「何でもないってことは無いだろ!? それに敬語ウザい!」
「えぇー。一回くらいは許してよ」
察するに、シェリルさんはユニークスキル『創造才覚<魔法>』とかを持っているということ……?
その名前を見たことはないから、実際に『<魔法>』っていうのかは分からないけど。
「むぅ、それを知っているなんてただ者じゃないぞ……?
軍のやつにも、ここの連中にも言ってなかったのに――」
「まぁ、私も持ってるしね」
「ふぇっ!?」
さり気なく自分のことをバラしてみる。
多分、ヴィオラさんが他の誰かにバラすということは無いだろう。
下手をすれば、自分の方もバレてしまうのだから。
「さてと、それじゃシェリルさんのことも聞かせてもらえる?」
「……いや、その前に1つだけ確認させてくれ」
「え? ど、どうぞ?」
この流れは私の『創造才覚<錬金術>』を突っ込まれるか、もしくは他の――
「――お前の名前、何だっけ……」
……いまさら!? アイナですよっ!!




