225.グランベル公爵家、訪問②
グランベル公爵と向かい合って座ると、とりとめのない話から始まった。
具体的には『ご活躍は聞いてますよ、凄いですねー』といった内容の、差し障りのないものだ。
話の出だしとしては自然なものだろう。
少しでも心証を良くしておけば、そのあとの流れもスムーズになる可能性が高くなるのだから。
とは言え、そこら辺の話も案外あっさりと終わってしまって――
「――さて、アイナさん。そろそろ本題に入りましょう。
ブライアンさんからお話を頂いておりましたが、今日は見せたいものがあるということで」
ブライアンとはジェラードの偽名だ。
そして『見せたいもの』とは増幅石だ。
「はい。アイテムボックスに入れているのですが、ここに出してもよろしいですか?」
さすがに相手は公爵様。
命を狙われることもあるだろうし、何かを出すときは相手の了解をしっかり得ないとね。
ここら辺は元の世界で読んだ、何かの漫画に出てきた心配りである。
胸ポケットや鞄から何か出すとき、突然銃を出されたら――とか、いろいろあるようで。
「はい、どうぞ。このテーブルの上にそのまま置いて頂いて構いませんよ」
「それでは失礼します」
了解を得たので、増幅石を入れた立派な箱を出して静かにテーブルに置く。
さすがジェラードが見繕った箱、この客室に登場してもまったく違和感の無い外見だ。
「ほう……? 結構大きな箱ですね。
良い増幅石があると聞いていたのですが、それにしては大きい……?」
「今日は4つ持ってきましたので、そのせいでしょうか」
「4つ……!? さ、早速見せて頂けますかな!?」
そう言うグランベル公爵の要請を受けて、立派な箱の蓋を静かに開ける。
中からは堂々とした風格を(多分)漂わせた、美しく光る増幅石が姿を現わした。
「こちらになります。各属性のものをご所望ということでしたので、それぞれ作って参りました」
「おお……。こ、これは――!?」
グランベル公爵は興奮気味に増幅石の1つを手に取り、真剣に眺め始めた。
隅から隅を見尽くす勢いで、とんでもなく熱心に見入っている。
「――いかがでしょう?」
「信じられん……。
増幅石はこれまでに何回も作らせはしたのですが、最高でもA級までしか作れていなかったのです。
品質の良い増幅石とは聞いていましたが、まさかS+級とは……」
品質についてこちらからは何も言っていなかったけど、グランベル公爵は鑑定スキル持ちなのかな?
かなりのお金持ちだし、魔法に詳しい家系なんだし、まぁそれくらいは持っていても不思議では無いか。
「満足して頂けるものでしたら、何よりです」
「満足も何も――
……も、もしかして残りの3つも!?」
ハッと気付いたかのように私の顔を見るグランベル公爵。
「はい、残りの3つもS+級になります。どうぞ、手に取ってご覧ください」
「うむ、それでは失礼して……!!」
そう言うと残りの3つもそれぞれ手に取り、鋭い目で見定め始めた。
最初に見せた優しげな雰囲気とは打って変わって、何とも近付き難い雰囲気を放ちながら。
5分ほどすると、ようやくグランベル公爵はこちらに話し掛けてきた。
「……何とも恐れ入りました。
研究中の案件で、可能な限り高品質の増幅石を求めていたのです。
この4つを是非買い取らせてもらえないでしょうか」
「ありがとうございます。
それではここからは私の代理――こちらのブライアンとお願いできますでしょうか」
「公爵様、何卒よろしくお願いいたします。
アイナ様の商取引に関しまして、私が代理にて交渉をさせて頂いております」
ジェラードの言葉を聞いたあと、私をもう一度見てからグランベル公爵は頷いていた。
「なるほど。失礼ですが、アイナさんはまだお若くいらっしゃいますからね。
金銭的なところは経験豊富な者に任せるのが賢明というものでしょう」
「ご理解頂きまして、ありがとうございます。
早速ですが、公爵様もこちらの増幅石の価値はご承知頂いているかと思います。
なにぶんにもここまでの高品質。いえ、最高品質と言えましょう。
……つきましては4つまとめて、金貨20万枚でいかがでしょうか」
「ぬっ……」
ジェラードから金額を提示されると、グランベル公爵は思わずといった感じで低い唸り声を上げた。
金貨20万枚……。
ちょっと桁が大きくてイメージしにくいんだけど、元の世界で換算すると100億円くらいの価値だ。
その金額にグランベル公爵は難しい表情で考え始めた。
即座に断らないところを見ると、その値段で買いとるという選択肢もあるにはあるのだろう。
実際のところ、研究費っていうのは青天井なところもあるしね。
それに値段が高いものだったとしても、逆に言えば、そこで払ってしまえば確実に手に入るのだ。
次の機会にすればもっと安く済むかもしれないけど、『次』がいつになるのか、『次』が本当に来るのかは分からないのだから。
「やっぱり、高いですよねぇ……」
私がぼそりと呟く。
何となく呟いたものではなく、話の流れを見越してわざと呟いたものだ。
「さすがに公爵様でもこれは大金だと思いますので……、そこで実はご相談があるのです」
「相談?」
ジェラードの言葉に、グランベル公爵が反応した。
「はい。それを聞き届けてくださるなら、今回は特別に、材料費と少しばかりの手間賃だけでも問題無い――
そんな了解をアイナ様から頂いております」
「ふむ……。その相談とやらを聞くと、いくらくらいになるのですかな?」
「はい、金貨15万枚までは勉強させて頂きましょう」
「……おお、それは凄い!
それは聞いてみる価値があるというものですね」
グランベル公爵はこちらの『相談』に興味を持ってくれたようだ。
「それではその内容については、アイナ様からお願いします」
ジェラードが私に話を振ると、身を乗り出し気味だったグランベル公爵も改めて私の方を向き直った。
「金貨5万枚分の相談とは――はてさて、どんな内容なのでしょう」
「はい。実は公爵様が、ある魔法使いを保護しているという話を聞いております。
以前は王国に仕えていたシェリルさん……という方なのですが、ご存知でしょうか」
その名前が出た瞬間、グランベル公爵の表情が少し曇った。
「シェリル……。ええ、確かに私が保護をしております。
――彼女が何か?」
「私に、シェリルさんとの面会を許して頂きたいのです」
「ほう……? 会うだけで、金貨5万枚を諦めると……?」
「はい、その通りです」
私の即答に、今度は眉をひそめてきた。
「ふむ……、確かにアイナさんは高位の錬金術師。
ならば高位の魔法使いに興味が出るのは自然というものでしょう。
しかし――彼女と会うのは、何が目的なのですかな?」
「特に用事は無いんですけど、私の知り合いがシェリルさんの幼馴染なんです。
最近ずっと会っていないというので、近況を知らせてあげたいなって」
「……え?」
グランベル公爵はその答えに、目を点にしていた。
肩透かしを食らったというか、そんな感じだけど――それにしても案外表情が豊かだね、この人。
そこにジェラードがフォローを入れてきた。
「アイナ様はまだお若く、友達思いの優しい方。
どうかどうか、その思いを汲んで頂けないでしょうか」
「いや、それにしても――」
何か他にあるのだろう? そんな疑いの目を向けてくる。
「ははは、さすがは公爵様。
もちろんそれはひとつの理由付けでありまして、アイナ様は今度とも公爵様と末永いお付き合いを望んでいるのです」
「……なるほど?
恩のひとつでも売っておきたいが、しかし何の交換条件も無しではつらい――ということですか。
それにしても、ふーむ……。会うだけ……」
ぶつぶつと考えながら、グランベル公爵は私をちらっと見た。
何だか見定められたようだけど、ここは『チョロい』と思わせた者の勝ちだ。
「……分かりました。こちらとしても、アイナさんとは良い関係を持たせて頂きたいですからね。
しかし、それにしても金貨15万枚とはさすがに……。もう少しまかりませんかな?」
おぉっと? 状況を察した途端に、値切り交渉が飛んできたぞ!
「えっと……。ブライアンさん、どうしましょう……?」
「そうですねぇ……」
そう言いながら、私とジェラードはこそこそと相談して答えを出す。
「それでは金貨13万枚でいかがでしょう……?」
「ほう、そうですか! それは助かります!
それでは契約と参りましょう。さすがに金額が金額ですから、金貨の準備には数日を頂けますか?」
「はい、問題ありません。それでよろしくお願いします」
「ありがとうございます。早速、私は契約書の準備をしてきましょう。
申し訳ありませんが、このまましばらくお待ちください」
そう言うと、グランベル公爵は早歩きで客室から出ていってしまった。
「――ふぅ」
「アイナ様、お疲れ様でした♪」
悪戯っぽくジェラードが言う。
エミリアさんはとっさに声が出なかったのか、ジェラードの言葉にうんうんと頷いていた。
「シェリルさんの方は上手くいきましたけど、増幅石は金貨13万枚になっちゃいましたね」
「そうだねー。10万枚で売れたら良いかなって思ってたんだけど、金貨3万枚も得しちゃったよ」
「あはは……。金貨3万枚を稼ぐのも、大概に大変なんですけどね……」
「まぁこちらとしてはシェリルさんに会うのが目的だからね。お金はおまけってことで♪」
「金貨13万枚がおまけって言える世界に、私はドン引きです……」
エミリアさんの言葉に、確かに非日常的な、どこか遠いものを感じてしまう。
――でもまぁ、それくらいはいまさらだよね……?




