223.準備は念入りに
次の日の昼過ぎ。
庭木職人のハーマンさんに、ジェラードからもらった鐘をお店の扉に取り付けてもらう。
付け終わって、いざ扉を開けてみると――
カランカラン♪
「おー、やっぱり良い音!」
カランカラン♪
「ははは。アイナ様、そんなにお気に入りですか?」
「はい、とっても綺麗な音なので♪
ハーマンさんも、こんな雑用をお願いしちゃってすいません」
「いえいえ、この程度はどんどんお申し付けください。
それでは私はこれで、失礼します」
「はーい、ありがとうございましたー」
それからしばらく鐘を鳴らして遊んだあと、しっかり施錠してからお店の中で一休み。
昼の暖かな陽射しが窓から入ってきていて、なんとも静かで平穏な空気が満ちていた。
「それにしても、お店かぁ……」
誰もいないお店の中を見渡してみる。
いざ開店するとなれば、ここにたくさんの人が訪れるのだろうけど――
うーん……、いまいち想像が付かない。
想像力が貧弱なのか、あまり自分のことだと捉えきれていないのか。
まぁ、やるならしっかりやりたいところではあるんだけどね。
「でもその前に、大きなことをもう少し片付けておきたいかなぁ……」
座っている椅子を揺らしながら、ぼーっと考えてみる。
『大きなこと』っていうのは最終的には神器の素材関連なんだけど、そもそも『オリハルコン』と『光竜の魂』という難問が残っているのだ。
前者は何とかなるかもしれないレベルで、後者はまったく分からないレベル。
しかしその2つが手に入ったときのことを考えると、他のものは先に揃えておきたいところだ。
……そう考えると、あとは『浄化の結界石』だけ手に入れれば良いということになるか。
素材関連の他にやることと言えば、グランベル公爵に掛け合ってシェリルさんと会うことくらいかな。
これは神器作成とは関係が無いんだけど、ここまで来たのなら絶対に会いたい。
それで、シェリルさんの無事をテレーゼさんに伝えてあげたいな。
「……でもよくよく考えてみれば、そのために増幅石を作るのはやりすぎなのかな……?」
いまさらだけど、4つの増幅石を作るための素材の費用は金貨302枚。
ダイアモンド原石を作って払ったとはいえ、その時点で凄い金額なんだよね……。
公爵という上のランクの貴族と会うきっかけになったから、それを考えれば安いのかもしれないけど――
いや、やっぱり高いかな?
「――まぁいっか。なるようになれー……ってね」
独り言も言い飽きてきたので、そろそろお屋敷に戻ることにしよう。
端から見たら怪しい人に見えるだろうし。
もしかしてエミリアさんにもらった白ガルルンにでも話し掛けていれば、少しくらいは怪しさは減って見えるかも?
せっかくだし、ベッドサイドに置きっぱなしにしないで常備してみようかなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナちゃん、こんにちは♪」
お屋敷に戻ってみると、ジェラードが玄関で待っていた。
「こんにちはー。
……あれ、もう調整は終わったんですか?」
「うん、結構すんなりいっちゃってね。
それで、明日の午前中は大丈夫かな? 向こうも食い付き気味でさ」
「欲しいものが向こうから来たわけですからね……」
「うん、これを逃す手は無いよね。
そうそう、アイナちゃんの名前は出させてもらったよ。今、王都の錬金術師の中で一番ホットな名前だから♪」
「あ、あー……。まぁ結局は名乗ることになるから、大丈夫ですよ」
「そうだよねー。僕は偽名で通したけど」
「えー?」
「ふふふ。僕のことは謎のコーディネーター、ブライアンと呼んでくれたまえ」
ブライアン……。うーん、ジェラードの外見はあんまりブライアンって感じじゃないなぁ……。
いや、私の主観だけど。
「ところで、グランベル公爵のところに行くときはエミリアさんも一緒にお願いしようと思ってるんですよ」
「そういえば前回、そんな話になっていたっけ?
それじゃエミリアちゃんも呼んで、事前の打ち合わせといこうか」
「はい、すぐに呼んできますね!」
準備は早めに、そして念入りに。
何がどうなるか分からないから、しっかり取り組むことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――さて、打ち合わせです」
「はい!」
客室に3人集まったあと、私の言葉にエミリアさんが元気よく返事をした。
しかし続ける言葉が見つからなかったので、早々にジェラードに振らせて頂く。
「ではジェラードさん、お願いします」
「うん、了解。
さっきアイナちゃんには言ったんだけど、僕は謎のコーディネーター、ブライアンを名乗るからね♪」
「おお、格好良いですね! それなら私はどうしましょう」
エミリアさんは何故だかノリノリである。
「そうだね。アイナちゃんはそのままだから、その弟子あたりが良いんじゃない?」
「良いですね! 私も錬金術師♪」
エミリアさんの笑顔がやたらと眩しい。実に良い笑顔である。
「まぁ、グランベル公爵のお屋敷で錬金術を使うことにはならないでしょうし、大丈夫かとは思いますけど――
そうすると、いつもの法衣はダメですよね。ルーンセラフィス教の司祭って分かっちゃいますから」
「む……、そうですね……。
アイナさんはいつもの『はったりをかます服』ですか?」
「そうですね……。さすがに普段着だと、どうなんでしょう?」
「いや、別に大丈夫だと思うよ?
向こうの油断を誘うために、むしろそれくらいの方が良いかもしれないし」
「なるほど、この服で行ったら何だかチョロそうな感じを出せますか。
それじゃ私はこのままとして――エミリアさんはどうします?」
「そこは僕が何かしら服を用意をしようかな。そういうルートも開拓できているからね」
「おお、素晴らしい……」
「ふふふ、仕事柄ね♪」
やっぱりそういう方面では、ジェラードは頼りになるなぁ。
今から服屋を探し回っても何とかなるかもしれないけど、ここは素直にお願いすることにしよう。
「それと、正体を隠すのであれば偽名も要りますね」
「私はアンジェリカですね!」
偽名と聞いて、エミリアさんは即答した。
ああ、そういうのあったあった。
「んん? その名前ってなに?」
エミリアさんの口から出てきた名前を聞いて、何も知らないジェラードはさすがに詳しく聞いてきた。
「以前、みんなの偽名を考えたことがあるんですよ。
私が『アンジェリカ』で、アイナさんが『フレデリカ』で、ルークさんが『デイミアン』って」
「ええ? ルーク君がデイミアン……?
んー、ちょっと似合わなくない?」
そう言いながら、ジェラードは笑いを堪えていた。
確かに少し合わないのは同感だけど、そこまで笑うもの? ……ツボに入ったのかな。
「私からしてみれば、ジェラードさんの『ブライアン』も同じ感じだと思いますけどね?」
「そ、そうかなぁ……?
まぁそれはそれとして、明日は何が起こるか分からないから少し決めごとをしておこうか」
「決めごと、ですか?」
「うん、いざというときに合図を出して、みんながそう動けるようにね。
何事も無ければ良いんだけど、何かあってからじゃ遅いから」
「ふむー。分かりました、それではジェラードさんの言う通りにしましょう」
「うん♪ まだまだ時間があるから、今日はばっちり仕込むよー♪」
「え、そんなに時間が掛かるんですか!?」
その後、私とエミリアさんはジェラードの指導のもと、いくつかの動きと決めごとを教え込まれた。
それは夜遅くまで続き、終わったあとはもう食べて寝るだけ――そんな感じになってしまった。
さてさて。明日はどうなるか分からないけど、気を引き締めて頑張ることにしよう。




