22.NOTお医者さん,BUT錬金術師
場所はランドンさんの家を借りることになった。
村の集会などでも使われるそうで、民家とはいえ十分なスペースがあるから――というのがその理由だ。
そこに数人ずつ、疫病に侵された村人を連れてきてもらう。
村人の状態異常を鑑定しながら、必要な抗菌薬を渡して飲んでいってもらうためだ。
「あなたはこの2つを飲んでください。こっちの僕は、この3つを飲んでね~」
「ごほっ、ごほっ……。あ、あの……私は2つだけで、大丈夫なのでしょうか……?」
こんな状況だ。自分の薬が他の人より少ないことを不安に思うのは仕方無いだろう。
さてどうしたものかな。
『あなたは2つしか疫病にかかっていないので』などと言ってしまえば、『ええ、2つもかかってるんですか、大丈夫なんですか!?』となって面倒になりそう。
時間があれば良いんだけど、大勢を診なきゃいけないしね。
「えっとですね。この薬は飲み合わせによって体質の違いに対応しているのです。あなたの体質の場合、この2つを飲むのが最良なのです」
「そ、そうでしたか……ごほっ……。これが一番なのですね……ありがとうございます……」
嘘も方便である。
心配そうにしてきた母親は急いで薬を2つ飲み干す。
「ほら、お前も早く飲みなさい……」
「うん……がんばる~……」
子供は薬というやつが苦手だからね。
大人は薬なんて何でも無いけど、子供は無理ないよね。頑張れ~!
「飲めた~……」
「うん、偉いぞー♪」
薬を何とか3つ飲んだ子供の頭を撫でて褒める。
「……えへへ。おねーちゃん、ありがと。おかーさん、ボク、何だか楽になった~」
「あはは……。いくら薬をもらったからって、そんなに早くは――」
鑑定。はい、治りましたよ。
「疫病の方はもう治りましたので、あとは体力の回復を待ってください」
私の言葉に、母親も手を口に当てながら驚く。
「そ、そういえば……力はまだあまり入らないけど、咳はいつの間にか……?」
その後、その母親は子供の顔を見て、身体を見て、そして抱きしめる。
「ああ、何てこと……。さっきまではもうダメだって、諦めていたのに……っ!」
その咽び泣く姿を見て、この村に来たのは正解だと思ったよ。
――……なんて、感動している時間は無いんだった!
「すいません。他の方を診るのでそろそろ」
「はっ! ああ、申し訳ございません……。じ、自分たちのことしか考えられないだなんて……。す、すぐに出て行きます。大変な失礼を――」
私の言葉に我を取り戻した母親は一気に恐縮してしまった。
あああ、責めるつもりなんてなかったんだけど……!
このまま帰しちゃったらこの人ずっと気に病んじゃうかも?
それは精神衛生上、よろしく無いよね。えぇっと、何かないかな、何か――
「――そうだ。病み上がりで申し訳ないのですが、このあと村のみなさんも体力の回復が必要になるんです。
少し休んでもらってからで良いので、炊き出しをお願い出来ますか?」
健康なときでもお腹が減れば力が出ないのだ。病み上がりならなおさらね。
疫病を治すのは私がやるとしても、何から何までは私だけじゃ出来ないのだ。
「は、はい! もちろんです! 私なぞでお役に立てることがあるのなら何でも!」
「ありがとうございます。それではランドンさんにその旨お伝えして、そこからはランドンさんの指示に従ってください」
材料とか費用とかのこともあるし、こういうのは上の人に強権を振るってもらわないと。
「はい、お任せください! ほら、行くよ」
「うん。おねーちゃん、バイバーイ♪」
「あはは、バイバーイ♪」
ちょっと小さい子供に癒されてから、次の村人を呼んでもらった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナ様、大丈夫ですか?」
空はもうすっかり暗くなった頃。
ルークが夕食の差し入れを持ってきてくれた。
「あ、ルークもお疲れ様。ご飯? わーい♪」
思考力が少し落ちた私は無邪気にご飯を喜んでしまう。
これは雑炊かな? うん、病み上がりにはとても良いよね。私にもお腹にすんなり入ってきてありがたいや。
「ところで、外の様子はどう?」
「はい。野外で炊き出しを行っているのですが、ある程度回復した方はそこに集まっています。
ただ、亡くなった村人も多いですし……ショックを受けて家で寝込んでいる人も多いそうです」
ランドンさんから聞いた話によると、村の人口はおおよそ500人。
今回の疫病はその半数が亡くなるという、とんでもない事態なのだ。
ちなみに私の進行具合は、生存している村人の半分くらいを診終わったところ。
うん、先は長い……。
それに加えて、予想に反して長丁場になってしまったものだから抗菌薬の素材が心許なくなってきたんだよね。
一番手に入りにくい大蛇の血液は大量に確保してるから大丈夫なんだけど、さりげに必要な癒し草。
計算すると50個くらいは足りなくなりそうなんだよなぁ……。
「ねぇルーク。村人の中で誰か癒し草を採ってきてくれそうな人、いないかな?」
「それでしたら大丈夫だと思いますよ。何か手伝いたいという方はたくさんいらっしゃいます」
「え? そうなの?」
「それはそうですよ。村の外から来たアイナ様が一番頑張っているところで、自分たちは待つだけですから。何かお願いすれば快くやってくれるでしょう」
「そっかー。そうだよね、そこまで気が回らなかったよ」
まだまだ全体を見通す目が甘いなぁと反省する。
「それじゃ癒し草を70個ほど採集するのと、あとは使い終わった瓶の洗浄をお願いできるかな。
他に何かあればまたお願いするから、それ以外で手が空いてる人はランドンさんのフォローを」
「分かりました。そのように伝えておきます」
ルークは返事をした後、すぐさま外に向かった。
うーん、こういう仕事もテキパキ出来るのはすごいなぁ。良い従者を持ったものだ。
……それにしても、従者……ねぇ。私の中では従者というか、仲間みたいなものなんだけど。
それを言ったらルークは怒るのかなぁ。いや、怒らないだろうけど、どう思うのかなぁ……。
考えながら椅子から立ち上がり、ひと伸びする。
「さて。あと半分、頑張るぞー!」
一人で気合いを入れ直し、次の村人に備えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「も、申し訳無い! アイナ様はおられるか!?」
突然扉が開き、中年の男性が慌てて入って来た。
何となく見覚えはあるから治療済みの村人かな?
「どうしましたか? 何か問題でも?」
「あ、あの! ジョージが……いえ、村の子供なのですが、大怪我をしてしまって! 診てもらえないでしょうか!?」
「もちろんです!」
返事をするやいなや、他の村人が血にまみれた男の子を抱えて入って来た。
「怪我も酷いのですが、突然うなされはじめて……! これはどうしたものかと……!」
男の子の顔を見れば、炊き出しをお願いした母親と一緒に来ていた子供。
疫病は確かに治したはずなんだけど――と思いながら鑑定をする。
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【状態異常】
疫病375型
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……『疫病375型』。
さっき治したものとは違う、この村で初めて見る型の疫病だった。
驚いて顔を上げると、村人と目があった。そんな私を見て村人は途端に不安な顔をする。
「あ……いえ、大丈夫です」
『この村で初めて見る型』とはいったものの、この型――『疫病375型』であれば、大蛇の血液に含まれていたんだよね。
「まずは止血しないと。高級ポーション――」
作り置きの高級ポーションをアイテムボックスから取り出して怪我の場所に掛ける。
鋭利な刃物で斬られたような直線的な傷を――液体は淡い光となって治していった。
「次は『抗菌薬<375型>』を作成――(バチッ)。……飲ませてあげるからね。もう少し頑張ってね」
子供の口を開け、薬を流し込んでいく。
すべてを飲み終わらせた後に鑑定。
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【状態異常】
衰弱(中)
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うん。『衰弱(中)』なのが気になるけど、これでひとまず大丈夫かな……。
「……おねーちゃん……ありがと……。……すぅ」
ジョージ君は一瞬だけ目を開けてお礼を言った後、すぐに寝入ってしまった。
「ふぅ、これで大丈夫です」
心配していた中年の男性に声を掛ける。
「おお……、おぉ……! ありがとうございます! 本当にありがとうございます!!」
「いえ……。ところでこの子、どうしてこんな怪我を?」
「はい……。実はアイナ様に頼まれた癒し草を採りに行っていたのですが、近場にはあまり生えていなくて……。
少し沼地の方に行って採っていたんですが、そこでこの子が何かを見つけたようで……」
「何か?」
「はい。何を見つけたのかはちょっと分からないのですが、そのことを口に出した瞬間に怪我を……」
……。
癒し草の採集中……。
何か凄い責任を感じる……。
「少し気になりますね。
……でも、それは明日にしましょう。今は疫病をなんとかしないと」
「は、はい! それでは私はこの子を連れて帰りますので……。本当にありがとうございました!」
村人はぺこぺこと頭を下げながら出て行った。
それにしても『何かを見つけた』……『何か』って……なんだろう?
この村で初めての『疫病375型』というのも気になるし――
――ううん、考えていたって始まらないよね。
今は目の前の疫病、まずはこれを何とかしよう!




