216.他店調査③
ザフラさんに招かれて、彼女のお店の奥にある工房にお邪魔することになった。
工房の広さはお店のスペースの大体4倍くらいかな?
一見広く見えるんだけど、大釜で火をガンガン焚くことを考えるとこれくらいのスペースは要るからね。
とりあえずザフラさんが気にしていた大釜の上を見てみると、想像以上に天井が黒く煤けていた。
いや、天井が一番煤けていると言うのが正しいかな? 何だか全体的に煤けている感じがするし。
それに、何というか――
「くしゅんっ」
――ここの空気は鼻にくる。
「大丈夫ですか?」
「あ、すいません。……あの、何だか空気が粉っぽくありません?」
「え? そ、そうかな……?」
「ちょっと火薬の臭いも残ってますし、他にも――……くしゅんっ」
くしゃみが止まらないので、ひとまずハンカチを出して鼻にあてておく。
なるほど。確かにこんなところでポーションなんて作ったら、空気中の何かの成分が混じってしまいそうだ。
「うぅ、すいません……。お店の方に戻りますか?」
「いえ、大丈夫です。でも……まずは掃除をした方が良いかも?」
「掃除ですか? 確かにしばらくしていませんでしたが――
え? もしかしてそれが原因……?」
「ザフラさんって、昔からポーションが変な味になっていたわけではないですよね?
最初からだったらちょっと分かりませんけど……」
この世界にはミュリエルさんのレアスキルのように、作業の過程で勝手に補正を加えてしまうスキルが存在するからね。
そういうスキルを持っていたらもうどうしようもないんだけど、この工房が問題なのであれば、それ以前にはポーションを普通に作れていたはずなのだ。
「そうですね、以前は普通に作れていたんですけど……。
このお店を初めてしばらく経ったら――……って、やっぱりそれが原因ですか!?」
声を小さくさせながら、見るからに肩を落としていくザフラさん。
「まぁまぁ、原因が分かったのであれば嬉しいことじゃないですか。
少しくらいなら手伝えますし、ぱぱっと掃除をしちゃいましょう!」
「えぇっ!? さすがにそんなことまでして頂くわけにはっ!」
うーん。押し問答をするのも時間がもったいないから、ここは押し切ってしまおう。
汚れの感じからして濡れ雑巾で水拭きしたいところだけど、ウェットティッシュみたいのがあれば手早く進められそうかな?
作ったことはないけど、適当に『アルコール』あたりを起点にして『創造才覚<錬金術>』で調べて――
うんうん、あったあった。それじゃ、れんきーんっ
バチッ
「うひゃ!?」
いつもの感じで錬金術を使うと、近くにいたザフラさんが驚いてしまった。
「あ、すいません。ちょっとアイテムボックスからものを出しただけです」
「え、そうなんですか? 私もアイテムボックスは持ってますけど、そんな音は――」
む、ザフラさんも収納スキルを持っているのか。
詳しく聞かれると誤魔化しにくくなるから、ここはささっとスルーしておこう。
「静電気ですかね?
ところで掃除に便利なものを持っていたのですが、これなんていかがでしょう」
そう言いながら、ザフラさんに作ったばかりのウェットティッシュを渡してみる。
消毒用のアルコール成分と消臭用の薬用成分を配合した優れもの――のつもりなんだけど、一応鑑定もしておこうかな。
それじゃ、かんてーっ
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【ウェットティッシュ(S+級)】
消毒と消臭の力を持ったウェットティッシュ
※追加効果:消毒力×2.0、消臭力×2.0
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うん、いつも通り――だけど、これは良いね!
ウェットティッシュってさりげないところで便利だから、常備しておけば今後も便利に使えそうだ。
私のアイテムボックスに入れておけば乾いたり変な臭いが付いたりなんてことはないから、どこかのタイミングで大量に作っておこうかな。
そんなことを思いながら宙に出した鑑定ウィンドウを見ていると、横からザフラさんのつぶやきが聞こえてきた。
「わぁ……凄い……。さすがSランク錬金術師……ですね……」
「え? でもこれ、そんなに難しくないですよ?」
『創造才覚<錬金術>』の勘どころで作り方を想像すると、この『ウェットティッシュ』は素材さえ揃っていれば特に難しいものでは無さそうだった。
アルコールに薬草を溶かして、柔らかい繊維状の紙に浸すだけ――といった感じだし。
「いえ、そこじゃなくて……。品質がS+級っていうのが凄いなって……」
「あ……」
そういえばそうだった。本来S+級なんてひょこひょこ出てくるものでは無いんだよね……。
「はぁ……。これが錬金術の最先端ですか……。上には上がいるものです……」
「え、えーっと……? ちなみにザフラさんってランクは何ですか?」
「私はD+ランクです。
でもポーションが何とかなれば、多分Cランク台には上がれると思うんです……!」
おお、なるほど……?
私は最初からS-ランクになってしまったから正直そこら辺の線引きは分からないけど、錬金術師ランクってそういう要素もあるんだね?
「私も応援しています!
それじゃぱぱっと掃除をして、試しにポーションを作ってみませんか?」
「はい! 分かりました、先生!!」
――あ、あれ? 何だか先生に昇格しちゃったぞ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ウェットティッシュを大量に使いながら30分も掃除をすると、工房の煤をかなり取ることができた。
その代わり、ごみ箱は黒く汚れたウェットティッシュで溢れてしまったのだけど。
「ふぅ……。ザフラさん、もう大丈夫そうです?
さっきよりも粉っぽい空気が無くなった気がしますし」
「そうですね、何だか空気が澄んだ気がします!
工房には誰も入れていなかったので、正直まったく気付いていませんでした……」
「慣れって怖いですからね……。
さてさて、そろそろ初級ポーションを作ってみましょう」
「分かりました! それでは大釜に火を点けて――ファイア!」
「お?」
ザフラさんが何かを唱えると、大釜の下から火が噴き出してきた。
「えへへ。錬金術のために火の魔法を覚えたんです。アイナ先生はどうしてるんですか?」
あ……、もう完全に先生扱いなの?
私としては同い年くらいの錬金術師仲間が欲しかったんだけど……。
「えぇっと、私はマッチで点けてますね……」
とは言っても、まだ1回しか点けたことはないけど。
基本的にはバチッとやってハイ終了、なものでしてね。
「そうなんですか。てっきり6属性の魔法を全部使えるものかと」
「いやいや、それはさすがにイメージ先行すぎますよ……」
「あはは……。あの、ちなみに参考までに、アイナ先生はどういう魔法を使えるんですか?
高度な錬金術には魔法の知識が必要だって聞きますけど――」
すいません、難しい魔法は自力では使えません。
基本的にはバチッとやってハイ終了、なものでしてね。
「私は水魔法を少々と……あとは補助を使ってそこそこ……程度……かな?」
「ふむふむ、確かに補助があれば自力で使える必要はありませんからね。
……なるほど、Sランクでもそれでいけるんですね……!」
あ、だめ! 私はちょっと特殊だから、あんまり参考にしないで!?
――とは言いたかったものの、あんまり突っ込まれても嫌なので、ここは申し訳ないけどスルーさせて頂くことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――できました!」
1時間ほど経ったあと、ザフラさんは何本かの『初級ポーション』を作り出すことに成功した。
作り立てなので、瓶に触れるとほんのりとした温かさが伝わってくる。
「それじゃ早速、鑑定~っと」
宙に鑑定のウィンドウを出して、ザフラさんと一緒に覗き込む。
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【初級ポーション(B-級)】
HP回復(小)
※追加効果:HP回復×1.2
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「あ、凄い! B-級だっ!」
「おぉー♪」
ちなみに私はS+級で完全に慣れ切ってしまっているけど、一般的に言えばB-級でも十分立派な品質なのだ。
ここら辺の品質が安定して出せるようになれば、どこに行ってもきっと通用するだろう。
「……ということは、本当に掃除をしていなかったのが原因だったんですね……。
うぅ、アイナ先生……。誰にも言わないでおいてください……」
「あはは……、分かりました。
それにしてもこれで、紅蓮の月光のナガラさんも美味しくポーションを飲めますね」
「クレームがあったんですか……」
「いやいや、クレームというか……感想?
でも、それを押してもザフラさんのポーションが良かったそうですよ」
「えっ……? そ、そんなことを言ってたんですか……っ?」
私の言葉に、ザフラさんの顔が赤くなったような気がした。
あ、違う! それ、多分勘違い! 今のは良い意味じゃなくて、『可愛い女の子の作ったポーションじゃなきゃ嫌』っていう悪い意味だから!
ここは勘違いさせたままは絶対によろしくないと思うので――
「たくさん飲むから売り上げに貢献できる――って意味ですからね!」
「……え! そ、そうですか……。そうですよねっ! やだ、私ったら勘違いしちゃって……恥ずかしい……!?」
「まぁまぁ、良い常連さんがいて良かったじゃないですか。いや、常連さんがいると助かりますよね」
とりあえず追撃として、『常連』というワードを強くプッシュしておくことにした。
別に恋愛に発展するならすれば良いんだけど、私の言葉を起点には発展してもらいたくないんだよね。
いや、羨ましいとかそういうのじゃなくて、責任っていうか――……ほら、ね?




