214.他店調査①
「――さて、何をしたものか」
食事会は明日の夜。
錬金術師ギルドで受けた依頼もすべて報告済みだ。
エミリアさんもルークもジェラードもいないし、他の知り合いも特にいない。
テレーゼさんやバーバラさんは仕事中だから、遊びに行くというわけにもいかない。
……お屋敷の中でうろうろしていても仕方がないし、ちょっと外にでも行ってみることにしようかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日も良い天気。それにしても雨は一向に降らないものだ。
「――さて、何をしたものか」
口から出てくるのはさっきと同じ言葉。
外の空気は気持ちが良いけれど、だからといってやることが生まれてくるわけでもない。
何となくお屋敷のまわりを歩きながら、私のお店(予定)の入口の前でふと立ち止まってみる。
そういえばこのお店、もらってからもう一か月以上は経つんだよね。
未だに開店していないっていうのは一体どういうこと……?
「いやいや、いろいろ忙しかったし?」
自分で聞いてみて、自分で答えてみる。
私の旅は神器作成が本命だからね。そっちは少しずつ進んでいるから、全体を通して見れば何の問題もないのだ。
でも錬金術師の物語といえば、普通は工房やお店を中心に進んでいくものだよね?
私なんて、神器とお屋敷を中心に進んじゃってるよ。
……錬金術師としては多分、ヤクザな生き方なんだろうなぁ。
「――というと逆に、普通の錬金術師が気になるかも……?」
そういえば私って、錬金術師の知り合いが未だにゼロなんだよね。
錬金術師ギルドにはよく行くものの、テレーゼさんとダグラスさんのところだけで完結してしまっているわけで。
食堂のおばちゃんとバーバラさんとも少しは喋るとはいえ、彼女たちも錬金術師ではないからノーカンだ。
そうとなれば、普通の錬金術のお店に行ってみたくなってきたかな。
せっかくだし、いわゆるゲームものっぽく女の子が一人で切り盛りしているようなところを探してみることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
錬金術師ギルドに行けばそういうお店も教えてくれる――とは思ったものの、何だか今さら聞きにくいので自分で探すことにした。
錬金術師といえばポーション!
ポーションといえば冒険者!
冒険者といえば冒険者ギルド!
――そんな安易な理由から、私は冒険者ギルドを訪れた。
王都の冒険者ギルドにはたまに来ていたけど、今までは受付カウンターと掲示板のところしかいってなかったんだよね。
もう少し奥の方に冒険者がたむろする――もとい、待機する部屋があるので、今回はそこに行ってみることにした。
案内に従って建物の中を進んでいくと、突然大きな部屋が現れた。
休憩所と食堂を兼ねた大部屋……といった感じかな?
雑談している人が大勢いて、中にはお酒を飲んでいる人もいる感じ――って、まだ昼過ぎなんだけど。
「――ねぇ、君。ここに何か用なの?」
「えっ?」
しばらくきょろきょろとしていると、突然後ろから声を掛けられた。
慌てて振り向くと、そこにはいかにも冒険者といった感じの少年が立っている。
「こんなところに来るような子には見えないけど、迷ったのかな?」
そう言われて改めて自分を見てみれば、確かに攻撃職でも魔法職でも支援職でもない服装に見えるからね。
あとついでに、私には『凄み』みたいなものは未実装だから、いまいち冒険者ギルドには似つかわしくない雰囲気なのだろう。
「いえ、今日は冒険者の方にお話を聞きたいなって思いまして……」
「冒険者に? ははは、それなら俺が答えてあげるよ!
――とは言っても、3か月前にデビューした新人だけどね」
「そうなんですか。お一人で冒険を?」
「ううん、仲間と一緒だよ。ほら、あそこのテーブルに座ってる3人!」
少年が指差す方を見てみれば、少年1人と少女2人がこちらを見ていた。
少年は前衛職、少女たちは後衛職といった出で立ちだ。
仲良し4人組に入っていく勇気はあまり持っていないけど、錬金術のお店を聞くだけだし、ひとまずは行ってみることにしようかな。
「おぉ、リーダー! ナンパ成功!?」
「ち、ちがっ! そんなんじゃねーよ!」
そんなことを言う少年2人対して――
「ねぇねぇ、ここに座って!」
「わー、こんな可愛い子が冒険者ギルドのこんな場所に来るなんてねー!」
――少女2人はかしましいものである。
「初めまして。少しだけお邪魔しますね」
「うん、座って座って! それでこの子さ、何だか聞きたいことがあるんだって!」
「そんなことよりお名前は何ていうの?」
……初っ端から『そんなことより』って!?
「えっと、私はアイナと言います。錬金術師をやっているんですが――」
「あ、そうなの!? 俺たちポーションをよく使うからさ、錬金術師さんには頭が上がらないんだよね!」
「ナガラは毎回、ポーションがぶ飲み状態だしね!」
「もう、ポーション中毒状態ってか!」
私の自己紹介はそのまま4人に巻き取られ、しばらくポーション談議に花が咲いてしまった。
そんな中、私が把握したのは4人の名前。それぞれ、リーダーさん、ナガラさん、マリモさん、メンヒルさん……というらしい。
リーダーのリーダーさんはリーダという名前が本名で、そんな本名をしているために本当にリーダーにされてしまったのだという。
ちなみにリーダーさんの両親は冒険者人生の中でリーダーを任せられたことが一度もなく、そこら辺の思いを込めてリーダーさんの名前をリーダーにしてしまったらしい。
……いや、何だかややこしいね?
「――っと、そうそう! それでアイナちゃんは冒険者に聞きたいことがあるんだよね!」
「あ、はい」
凄まじい勢いの会話に入れず少し諦めていたところで、リーダーさんから華麗な会話のパスが飛んできた。
「仲間探しならうちはどう? うちのパーティの名前は紅蓮の月光っていうんだ。カッコイイだろ!?」
えぇっと……。控えめに言って、私の視界の見えるか見えないかギリギリの見えないところを攻めているって感じです。
でもここは『本音と建前』っていうアレを使うべきところか。
「とっても素敵な名前ですね!
でも今回は仲間探しじゃなくて、錬金術のお店を探しているんです」
「あ、そうなの? 錬金術師なのに、錬金術のお店を?」
「はい。私も工房を構えようと思っているんですけど、その参考にしようかなって」
「ふーん? それならザフラちゃんのところが良いんじゃない? アイナちゃんと年齢も同じくらいだろうし」
おぉ、それそれ! そういう情報が欲しかった!
「そうだねー……。ところでアイナちゃんって、専門は何なの?」
「専門ですか? 大体はこなしますけど、薬関係が得意ですね」
「それじゃリーダー、ポーションはアイナちゃんのところで買おうよ」
「そうだな」
「賛成」
「やっと解放されるのね……」
……んん?
「えっと、そのザフラさんって何か問題があるんですか……?」
「いやぁ、ザフラちゃんのポーションって何だか苦いんだよ」
「は……?」
「ザフラちゃんは爆弾とか冒険の道具を得意にしているからさ、そこら辺の素材が混じっちゃってるんじゃないかと思うんだけど……」
「たまに鉄の味がするしね」
「一瞬、『これは血か!?』って思っちゃうんだよね!」
「だからさ、冒険の道具はザフラちゃん、ポーションはアイナちゃんって棲み分けにすれば、みんなしあわせになるってわけだ!」
「他のお店でポーションを買うわけにはいかないんですか……?」
「ナガラがね、『可愛い女の子の作ったポーションじゃなきゃ嫌だ!』って言うのよ」
……え、それは正直キモ……あ、何でもないです。
「あの、すいません……。私のお店はいつになるか分からないんですけど……」
「そうなの? でも俺たち、王都を中心に活動してるからさ!
お店を開くことになったら教えにきてね」
「仕事の無いときは大体ここにいるから、よろしくね!」
「はい、そのときが来たらお知らせにきますね。
――あ、そうだ。相談に乗って頂いたお礼に、ポーションを差し上げます!」
そう言いながらアイテムボックスから初級ポーションを4つ出して、4人の前に置いた。
「おお……まさかのアイテムボックス持ち!?」
「え? ポーションくれるの!? ありがとう!!」
「――おお! このポーション、鉄の味がしないぞ!!」
「おおぃ!? 何でいきなり飲んでるんだよ!?」
最後のツッコミには完全に同感である。
冒険者ギルドを出て時間を確かめてみると、16時を過ぎていた。
ザフラさんのお店の場所は聞いたものの、これから行ってもゆっくりはできないかな?
何だかあの4人組のパワーに圧されて疲れちゃったし、行くのは明日にしよう。うん、そうしよう。




