211.人数調整
「アイナさん、お願いがあります!」
夕食のとき、そんなことをエミリアさんから突然言われた。
改まってお願いだなんて、結構珍しいかも?
「えーっと……? あんまり無茶なことでなければ大丈夫ですけど……」
「ありがとうございます!
アイナさんが錬金術師ギルドに行ってる間に、私は大聖堂に行っていたじゃないですか」
「はい」
今日の昼過ぎ、私は錬金術師ギルドに行っていた。
昨日受けた依頼の報告をするのと、食事会の日時をダグラスさんとテレーゼさんに知らせるのが目的だ。
エミリアさんはその間、部屋の掃除をするということで大聖堂に行っていたのだが――
「いつも通り片付けをしていたらですね、レオノーラ様が来てくれたんです」
「それもいつも通りですね」
「そしたらですね、アイナさんのSランク昇格をご存知だったんですよ!」
え、何でレオノーラさんが?
……とは思ったものの、そもそも今回の昇格は国の方から推薦があったようだし、王族なら知っていてもおかしくは無いのかな?
「耳が早いですね?」
「私も驚きました! その話の流れで、一部の人を呼んで食事会をするっていうお話をしたんです」
「はい。
……あ、ダグラスさんとテレーゼさんにはお伝えしてきて、予定は当初の通りで確定しましたよ」
「分かりました! それでですね、まずはレオノーラ様のお顔を思い浮かべて欲しいのですが」
「うん? えーっと……ツンツンしてて可愛い……。はい、思い浮かべました」
「そしたらですね、そんなレオノーラ様に食事会のお話をしてみてください!」
「んんー? そうですね……、何だかさりげなくキツイ言葉の中に、『行ってあげるわ』的な返事をされました」
「さすがアイナさん! レオノーラ様のことを分かっていますね!」
「あはは、そうですねー。もう何回か会ってお喋りしてますし、キツイところはキツイですけど、私はもう慣れましたし」
見た目の可愛さと、比較的にはとっつきやすいツンデレ感。
好意を持って接していれば、特に難しい性格だということも無いんだよね。
「……というわけで、そういうことでお願いして良いですか?」
え、そういうこと……?
今は私の想像上のレオノーラさんに食事会のことを話してこうなったんだけど……つまり実際のレオノーラさんにもそう言われたっていうことかな?
「エミリアさん、ちょっとまわりくどいですよ……!?」
「ふえぇ……。これもいつも通り、強引に決められてしまったもので……」
そう言うエミリアさんは少ししょんぼりしてしまったが、レオノーラさんだけが増える分には特に問題も無いだろう。
王族とはいえ同世代なら、テレーゼさんは気後れすることなくガンガンいきそうだし。
ダグラスさんはちょっと心配だけど、話に入りづらいようであれば私がフォローすることにしよう。
「分かりました、特には問題ありませんので招待してください。
えぇっと――」
ふと、後ろに給仕で控えているメイドさんに目を移す。
今いるのはルーシーさんとキャスリーンさんの2人だけだから――
「――クラリスさんには私から伝えておきますね」
「はい! それでは明日、改めてレオノーラ様に伝えに行ってきます!」
「私はピエールさんと会う約束があるので、また別行動になりそうですね。
明後日はジェラードさんが来ますし、それはご一緒しましょう」
「ぜひぜひ!」
それにしても食事会にレオノーラさんが追加で参加するだなんて――
特に改まってするお願いではない気もしたが、一安心したエミリアさんは食時の手をいつも通りの感じで進め始めていた。
私は見慣れているものの、やはり良い食べっぷりである。
「……そういえばエミリアさん、食事の量はどうします?」
「はっ!?」
テレーゼさんはエミリアさんの食べっぷりを錬金術師ギルドの食堂で見たことがあるし、ダグラスさんも……苦笑いをするか絶賛するかで流してくれるだろう。
でもレオノーラさんは怒りそうだよね。もともとは大司祭様あたりから、暴食をするなって言われているわけだし。
「――きっと、美味しいお料理が出てきますよね……?」
エミリアさんはふるふると震えながら聞いてきた。
「そ、そうですね……。クラリスさんは『腕によりを掛けて準備する』って言っていましたけど……」
「…………」
「す、少し取っておいてもらいましょうか……」
「……ありがとうございます……」
レオノーラさんが食事会に来ることになって、影響が一番出るのがまさかエミリアさんになろうとは。
……エミリアさん本人も驚きの展開だっただろう、きっと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事のあと、食堂に残ってクラリスさんとお話をする。
まずは食事会に1人増えることを伝えた。
「――というわけで、大聖堂の司祭様が1人増えるんだけど大丈夫?」
「はい、問題ありません。エミリアさんのお知り合いの方なんですね」
「うん、結構昔からの知り合いみたい。
……あ、そうそう。王族の方らしいから、一応覚えておいてね」
「えっ!?」
クラリスさんはそれを聞くと驚きの声を上げたが、次の瞬間には嬉しそうな表情に変わっていた。
「ど、どうしたの?」
「いえ! より一層、準備に力を入れなければと思いまして……!!」
ああ、そういう……。
確かに昨日の時点で、大商人のピエールさんや大司祭様を呼びたがっていたもんね。
やっぱり凄い人や偉い人をもてなしたいという欲求はあるようで……。
「基本的にはお任せするからよろしくね。
何か相談ごとがあれば気軽に言ってくれて良いから」
「はい、ありがとうございます!」
クラリスさんは自信を持って、胸を張りながらそう言った。
「それじゃ食事会のことはお願いするとして――
今朝お話した、鍵のことって何か分かったかな?」
「いえ……。使用人の全員に聞いてみたのですが、特に情報はありませんでした」
「むむー、そっかぁ……」
私は特に探していないけど、お屋敷の中を熟知しているメイドさんと、周辺を熟知している警備メンバーが知らないのであれば、本当に何も無いのだろう。
お屋敷の外の話になってくるのであれば、ピエールさんの伝手を辿るしかないか。
「――ところでミュリエルさんの様子はどう?」
先日、思いがけず発覚したミュリエルさんの調理事件(?)。
罰は工房の掃除だけにしておいたけど、あれから会ってないんだよね。
「はい、その節は寛大なご配慮をありがとうございました。
アイナ様とお話をしたあと、私からも少しばかりお話をさせて頂きまして――」
……あ、やっぱりしたんだ?
恐らくは『お話』という名の『お説教』……。
「――そのあとは通常業務に戻しました。
厨房での仕事も調理以外はやっていますが、調理器具を渋い表情で見ていたのが少し印象的でしたね」
「あぁー……。練習するならするで問題ないから……変なトラウマにならないと良いんだけど……。
……そうそう、ミュリエルさんってレアスキル持ちなんだけど、知ってた?」
「え? レアスキルを、ですか……?」
そういえば以前、クラリスさんにその話をしようとしていたのに今の今まですっかり忘れてしまっていた。
クラリスさんは知らないようだから、このまま話をしてしまおう。
「うん。クラリスさん、こんなレアスキルを持っていたんだけど――」
そう言いながら、私は以前鑑定した結果のウィンドウを宙に出した。
----------------------------------------
レアスキル:
・工程ランダム補正<調理>:Lv37
----------------------------------------
【工程ランダム補正<調理>】
『調理』スキルを使用中、特殊な補正を得る。
レベルが高いほど、より大きな補正を得る。
----------------------------------------
「こ、これは……」
「ランダムに補正するっていうから、良くも悪くも補正しちゃうのかなって。
ミュリエルさんのメシマズって、ここからきてるんじゃないかなぁ……?」
「なるほど……。手順通りにやっても何故か不味くなるので、不思議には思っていたのですが……」
クラリスさんは少し難しい顔をしていた。
いくら教えたところでこんな難物があるのであれば、今後どうすれば――といった感じだろうか。
「不味いは不味いで、一部に需要があるみたいだったけどね……」
一部というのは警備メンバーのレオボルトさんだ。今のところ、それ以外の需要は見つかっていないけど。
「プライベートならいざ知らず、仕事としては難しいので……。
しかし彼女からは料理に対する愛情を感じることができますので、私も何かしら考えてみることにします」
クラリスさんは一呼吸置いてから、穏やかにそう言った。
――それにしてもミュリエルさん、上司には恵まれているよね。
私も元の世界で、こんな上司に恵まれてみたかったなぁ。
……そんなことを思いながら、私はクラリスさんとの話を終えることにした。




