210.誰も知らない鍵
深夜に眠れずいろいろとしたものの、朝はいつも通りの時間に起きることができた。
心なしか身体が少し痛いような気もするけど……遅い時間に本を上げ下げしたり、結構動いたせいかな?
そんなことを思いながら少し早めに食堂に行ってみると、クラリスさんがテーブルの準備をしているところだった。
朝の挨拶をした流れで、ついでに鍵のことも聞いてみる。
「――鍵、ですか?」
「うん。書斎で鍵を見つけたんだけど、開けられない扉みたいなものは知らないかなって」
「そういったものは記憶にありませんが、他の者にも聞いて参りましょうか?」
「あんまり急がなくても良いんだけど、それじゃお願いできる?」
「かしこまりました」
ちなみに見つけた鍵は、そこまでは大きく無いものの、結構しっかりとした作りをしている。
さりげなく施された装飾が結構良いセンスをしているというか、私好みだったりするんだよね。
さすがにこんな鍵を作るからには、それなりの扉を開けることができるはず――
「……あ、そうだ。ピエールさんに何か用事は無い?
呼ぶ用事があるなら、聞きたいことがあるんだけど」
聞きたいこと――というのは、書斎の本がどこから来たものなのか、このお屋敷の見取り図のようなものは無いのか、この2点だ。
そもそも見取り図があるなら、隠された部屋の場所が分かるかもしれないしね。……あるなら、だけど。
「そうですね……。特に用事はありませんが、来客用の食器などがもう少しあれば……とは思います。
まだお客様を招くようなことはないようですが、大勢を招くとなったら――」
「あ、そうだ! 近いうちに食事会を開こうと思ってたんだった!」
クラリスさんの言葉を聞いて、唐突に思い出した。
まずいまずい、昨日のことなのにすっかり忘れてしまっていた。
「食事会、ですか?」
「うん。昇格祝いに錬金術師ギルドの人をご招待するっていう話になったの」
「……なるほど? それで、昇格祝いというのは何のことでしょう?」
「えっと、私の錬金術師ランクがS-からSに昇格したの。そのお祝いー」
「えっ!? それはおめでとうございます!」
クラリスさんは驚きながらも、嬉しそうに昇格を祝ってくれた。
やっぱり嬉しいことなんだよね? 私は何というか、いまいち自覚が無いといった感じなんだけど。
「うん、ありがとう。いや、急に昇格したんで私も驚いたよ」
「それはぜひともお祝いをしませんと! 腕によりを掛けて準備をいたしますので!」
「よろしくね。あんまり日にちが離れすぎてもあれだから、えーっと……3日後の夜あたりとかって大丈夫かな?」
「はい、それだけあれば準備も問題無いかと思います。
ちなみにどれくらいのお客様をお呼びするのでしょう?」
「んー。今のところ……2人?
ああ、ジェラードさんにも声を掛けるから3人……」
あれ? 案外少ないな……。そりゃそうか、錬金術師ギルドで初めて出た話だもんね。
「おはようございまーす!」
私とクラリスさんが話していると、そこにエミリアさんが元気に登場してきた。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
「おやや? 何かお話していたんですか?」
「錬金術師ギルドでお食事会をするっていう話になったじゃないですか。
誰を呼ぶかなーって思って」
「ふむふむ、なるほど。そうですね、ダグラスさんとテレーゼさんと、バーバラさんと、レオノーラ様と――」
「え?」
「あとは白兎堂のお婆さんと――」
「いやいや。お婆さんも確かにお世話になりましたけど、人数を無理やり増やそうとしていません?」
「あとは錬金術師ギルドの食堂のおばちゃん!」
「いやいや! いやですよ!」
また胸の話をされるもん!
……じゃなくて関係が薄すぎるし、さすがにそこまでは要らないでしょう!
「えぇー……。できるだけ多い方が良いじゃないですかぁ……」
私の却下に、どこか不満そうに言うエミリアさん。
あんまり関係ない人を呼んでも居心地が悪いですってば。
「アイナ様、ピエール様をご招待するのはいかがでしょう。
いろいろとお世話になっておりますし、これからの顔繋ぎもできると思いますので」
「うーん、なるほど……?」
仕事上だけではなく私的なところでも交流を持つと、その後の仕事がやりやすくなったりするもんね。
それはそれで良いのかな? ああ、それなら聞きたいことはそのときに聞けば良いのか。
「顔繋ぎというのであれば、大司祭様もお呼びしましょう!」
「うぉ、急に偉い人が入ってきた!?」
「王都が誇る大商人に、ルーンセラフィス教の大司祭様……!
これは緊張して臨まなければ……!!」
話の展開に、クラリスさんの手にも力がこもってくる。
「でも大商人と大司祭様あたりは重鎮同士だから良いんですけど、テレーゼさんなんかは錬金術師ギルドの受付嬢ですからね?
さすがにそこら辺は立場が違うというか、何と言うか……」
元の世界で例えて言うなら、会社の社長やら専務たちが参加するパーティに、どこぞの会社の受付嬢を呼ぶようなものでしょ?
絶対に気まずさが出ると思うんだけどなぁ……。
「いえいえ、大司祭様はお優しい方ですから!」
エミリアさんは負けじとフォローをしてくる。
私も実際に会ったことはあるし、そこは疑ってはいないんだけど――
「――んんー、やっぱり無しで!
ダグラスさんとテレーゼさんと、あとはいつもの顔ぶれにしておきましょう」
「えぇー?」
「そうですか……」
エミリアさんはともかくとして、クラリスさんまでもが少し残念そうな顔をする。
偉い人がいた方がもてなし甲斐があるというか、メイド冥利に尽きるのかな……?
「偉い人を呼ぶのはまたの機会ということで!
……とすると、ピエールさんは別件で呼ばないといけないか。
食器の件はクラリスさんにお願いするから、ピエールさんを呼んでくれる?」
「かしこまりました。
ピエール様の予定は分かりませんが、ひとまず翌日の午前中ということでもよろしいですか?」
「うん、それでお願い。ダメそうだったらできるだけ早めで調整してもらえると助かるな」
「はい、そのようにいたします。
――っと、申し訳ありません。そろそろ朝食の準備に戻ってもよろしいでしょうか」
「ああ、ごめんなさい! 準備の方、よろしくね」
「それでは失礼いたします」
クラリスさんが厨房の方に戻るのを見送ってから、食堂のいつもの自分の席に座る。
エミリアさんもそれに続いて席に着いた。
「――そういえばアイナさん、昨晩って何かしてました? 結構遅い時間でしたけど」
「眠れなかったので、夜中にいろいろ書斎でやっていたんですよ。うるさかったですか?」
「いえ、何となく動いている気配を察しただけなので。……それにしても、書斎で何を?」
「眠くなりそうな本を探していたんです。あまり面白くなさそうな本がたくさんあったので」
「あはは、夜中に何をしてるんですかー♪」
……いや、改めて言われるとそれはそうなんだけど、いわゆる夜のテンションだったんだよね。
あのときはあれがベストの行動だと信じて疑わなかったのだ。
「でもおかげで、書斎で謎の鍵を発見したんですよ。これなんですけど――」
「ふむ……? これ、どこの鍵なんですか?」
「それが分からないので、メイドさんたちと、このお屋敷を売ってくれたピエールさんに聞いてみようかなって思ったんですよ。
エミリアさんは何かご存知ないですか?」
「うーん……無いですね!」
「ですよねー。このお屋敷のどこかとも限りませんし、もしかしたらどこの鍵でも無いかも……?」
「でも浪漫に溢れていますよね。扉を開けたら何がそこにあるのか――考えるだけでわくわくします!」
「浪漫……かぁ。そうですね、開けてみたら何も無いかもしれませんし、がっかりするくらいならこのままが良いかもしれませんね」
「いえ、何としてでも探し出しましょう!」
「えっ」
「きっとその部屋? ……の中には宝箱があって、中にはとても良いものが入っていると思います!」
「箱といえば、この鍵も金属の箱の中に入っていたんですよね……」
「厳重ですね! それならなおさら気になります!」
厳重……。うん、そうなんだよね。
そもそもこの鍵、絶対に使われないような感じで封印されていたんだよね。
私はぱぱっと錬金置換で開けちゃったけど、正攻法で開けるなら結構手間が掛かっていたはず。
どこの鍵かは分からないけど、中には何だか見ない方が良さそうなものがあるかもしれない……?
うーん、そう考えると少し怖くなってきたかも……。




