21.ガルーナ村
ガルーナ村の入口。木で作られた門に、高々と赤い布が結び付けられる形で掲げられていた。
辺りは静まり返っているため、風に煽られる布の音が小さく聞こえてくる。
「……うん? あの布ってなに?」
「あれは……危険だから無関係の者は近付くな、という意味の旗です」
「ってことはこの村……本当に疫病が?」
「そうですね。もちろん他の理由かもしれないのですが、私たちがここまで来た理由を考えれば……」
「それじゃ急がないと! 早く様子を見に――」
「アイナ様、お待ちを!」
村の中に駆け出そうとした瞬間、ルークに肩を掴まれ静止させられる。
「え……? ど、どうしたの?」
「仮に疫病だとするなら、村の中は危険です!」
「あ、そうなんだけど……私の作った薬を飲んでたら、とりあえず大丈夫だよ?」
「え……? あ、そうでしたか! 失礼しました!!」
ルークは慌てて私の肩から手を除ける。
「ううん、むしろ私の説明不足だったよね。それに、おかしいと思ったところでちゃんと止めてくれるのはとってもありがたいよ」
実際のところ、おかしいと思っていてもそのままにする人って世の中には多いからね。
危険の多い世界だし、私に従ってくれながらもただのイエスマンじゃないルークは本当に心強いのだ。
「――でも、本当にその通りだね。慎重にいくことにするよ」
そう言いながら辺りに鑑定スキルを使う。
取得情報を調整して病原体に限定する。私の職業は錬金術師だけど、ここまで来ると鑑定士として生きていくのもありかと思っちゃうくらい。
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【ガルーナ村近辺で検出される病原体】
疫病8172型、疫病8173型、疫病8174型
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……数分使って検出されたのはこの3種類のみ。すべてが大蛇の血液に含まれていたものだから、これなら対応は可能だ。
でも3種類同時発生なんて、一体どうなってるの……?
「ルーク、大丈夫だったよ。でも、もし新しい病原体も流行ってたらマズイことになってたかもしれない。さっきは止めてくれて、ありがとう」
私は私でちょっと自信過剰だった。ここは素直に反省、反省……。
「いえ、何事も無ければまったく問題ありません! さて、それではどうしましょう」
「そうだね――」
周囲を見回しても誰もいない。まさに静寂に包まれた村、といった感じだ。
「とりあえず民家をまわってみる?」
「はい、それでは一番近くの――あの民家からにしましょうか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「すいません、どなたかいらっしゃいますか!?」
ルークが民家の扉を叩く。
少しうるさいくらいに叩いてるけど、場合が場合だけに何か問題があっても許してくれるよね。
しばらく待つが、中から返事は無い。
「返事はありませんが、扉は……開いていますね」
ルークは扉を少し開けて示してくれる。
「うーん、申し訳無いけど入ってみよう!」
私が言うと、ルークは即座に扉を開けた。
「どなたかいらっしゃいま――……アイナ様、少々外でお待ちを」
ルークは突然私の身体の向きを反転させ、民家の外に私を追い出した。
「む……?」
しばらくするとルークが民家から出てきて、静かに首を横に振った。
ああ……、人はいたけどもう遅かった――そういうことなんだね。
「えっと……うん、ありがとう。もしかして、この村全部……そうなのかな?」
不意に恐ろしくなり、最悪の事態を考えてしまう。
考えた瞬間、顔を上げているのも恐ろしくなってしまった。
「一軒ずつ当たるのは効率が悪いですね……。それでしたら、大声で誰かいないか呼んでみましょう」
なるほど。それは良い考えだ。
あ、でも私はちょっと……声が出そうにないや……。
困りながら、ルークをちらっと見る。
「お任せください。大声には自信があるんです」
私を安心させるためか、こんなときではあるがルークは笑顔を向けてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――どなたかいらっしゃいますか!!!!? 私たちはこの村の疫病を解決出来る者です!!!!! 返事をしてください!!!!!」
……確かに大きい声。めちゃくちゃ響く……けど、とっても助かる!
声の余韻がどうにか消えた後、村の奥から初老の男性がよろよろと杖をつきながら歩いてきた。
「ごほっ、ごほっ……。あ、あなたたちはいったい……?」
ルークの顔を見上げると、彼は同意するかのように頷いた。それじゃ、ここからは私の出番だね。
「初めまして、私は旅の錬金術師でアイナと言います。こっちはルーク」
ルークはその言葉を受けて、黙って会釈をする。
「おお……錬金術師殿か……! そ、それではバイロンはどこに……?」
「え? バイロン?」
バイロンってなに?
そう思っていると、初老の男性が続ける。
「なんと……? バイロン……ああ失礼、この村の者なのですが……、一昨日に村の外に助けを呼びに行ったのです……」
ああ、なるほど。バイロンさんが私たちを連れてきたと思ったんだけど、当の本人がいないからどういうことだ――ってことね。
「そうでしたか。私共は旅の途中、この村の近くに住むという大蛇に襲われまして。その大蛇が疫病を持っていましたので、この村は大丈夫かと立ち寄ったのです」
「おお……なんと、なんとありがたい……」
初老の男性は震えながら嗚咽を漏らす。
「ごほっ、……失礼。私はこの村の長、ランドンと申します……。分かる限りでこの村の半分の者が……既に命を落としております……」
「は、半分!?」
「はい……。残った者ももう満足に動けず……。
アイナ様には折角ご足労頂いたのですが、おひとりではこれから疫病の薬を作る時間など……もう残されておりますまい。
この村のことは忘れて、お帰りくだされ……」
疫病が猛威を振るう中、確かに時間は無いのだが……、でも、私には薬を作る時間が(ほとんど)必要無いんだな!
ええい、説明はもう時間の無駄だ! 出来るだけさっさと治していこう!
というわけでとりあえずランドンさんを鑑定っ!
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【状態異常】
疫病8172型、疫病8173型、疫病8174型
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――って、疫病3つ持ちかーい! どうなってるの本当にー!
えーっと、とりあえず手持ちの薬は無いから――ああもう、ここで作っちゃえ!
「出でよ (バチッ)、抗菌 (バチッ)、薬 (バチッ)!」
音を響かせながら薬を3つ出す――と思わせつつ作る。
「え……? い、今のは……?」
「私、収納スキル持ちなんです。この薬はアイテムボックスから出したのです(うそ)」
「あ、そ、そうでしたか……。……え? く、薬……ですか……?」
ランドンさんの顔に驚きが混じる。
「ランドンさんはこれ3つ飲んでください! あ、他の方のことは考えないで良いです、全員分出しますから!」
「は……? な、何を――」
意味を理解しきれず、ランドンさんは薬の瓶と私を交互に見る。
「いいから飲む!!」
「は、はいっ!!?」
私のテンション高めのお願いに怯んだランドンさんは、すぐさま薬を飲み干した。
それじゃ、一応鑑定っ!!
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【状態異常】
衰弱(小)
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……よし、疫病が無くなって衰弱になったね。
「はい、ランドンさんは今ので治りました!」
「……え?」
「体力が戻りきってないでしょうけど、それは休息を取れば大丈夫ですので!」
「……た、確かに、急に苦しさはなくなったような……。いや、無くなりました……っ!?」
「それではお身体はまだ辛いと思うのですが、治療場所の提供と、治療が必要な方を集めるのを手伝って頂けますか?」
「は……はいっ!!」
村人の半分を治すのか。
具体的に何人なんだろうなー……とどこかで考えてしまったが、ここまで来たら細かいことはどうでも良い。
出来るだけ助けてくれるわー!!




