207.とある通達②
「いやー、俺も驚いたよ。今朝、突然話があってなぁ……」
そう言いながらダグラスさんは、1枚のカードを私の目の前のテーブルに置いた。
それを手に取り見てみると、今持っている錬金術師ギルドのカードよりも少しだけ豪華なカードだった。
装飾が少し多い程度なんだけど、ランクのところにはしっかりと『S』と刻まれている。
「おぉ……これは……」
「うん、新しいSランクのカードだ。今持っているカードは回収するからな」
「あ、そうですね。それではよろしくお願いします」
そう言いながら、今まで使っていたS-ランクのカードをダグラスさんに渡す。
何となく寂しいような気もするけど、ここは切り替えて新しいカードをお迎えすることにしよう。
「はい、確かに。
アイナさんは知っていると思うが、S+ランクは3人、Sランクは7人、S-ランクは10人の定員だ。
これで名実ともに、世界の上位10人に入ったことになるぞ!」
「んんー、それは嬉しいんですけど……何でまた急に?」
「いや……、俺も今日の朝に突然ギルドマスターから言われてな。
どうも国の方から強い推薦があったようで……」
「国、ですか?」
「俺も詳しくは分からないんだが、アイナさんは王族やらの依頼をたくさん受けているし……。
あと、調達局の方で一定の成果を上げたって聞いたぞ。何かしたのか?」
「調達局ですか? 1回だけ依頼を受けたことはありますけど、大したものでは無かったですよ?
まぁ、品質はいつも通りでしたが」
「うーん、そうなのか?
……いつも通りの品質っていうことは最高品質だから……、それが認められたのか……?」
「さて……?
ところで私のランクが上がったっていうことは、誰かが下がったってことですよね?
何だか勝手に話が進んでいて申し訳がないというか……」
「あ、そこは気にしなくても良いぞ。
一緒に連絡があったんだが、国に仕えていたSランクの錬金術師が引退したっていうことだから」
「え? 引退ですか?」
「自分の研究に没頭するあまり、他の仕事を全然やっていなかったそうでな……。
その研究も上手くいっていなかったようで、そこら辺を理由に錬金術師を引退するって話だ」
なるほど……?
話を聞く限り、何となくクビにされたような印象も受けるけど――
でも邪推していても仕方がないし、それはそれとして受け止めておこう。
「それでは、遠慮なくSランクを拝命いたします。
……ところで、S-ランクと何か違うんですか? Sランク以上の依頼っていうのがあったり?」
「いや、無いぞ!」
「えぇーっ」
「正直なところ、実質的に差は無い!
冒険者ギルドだったら『英雄』への挑戦権ができたりするんだけどな」
「英雄への……?」
「ああ。冒険者ギルドでSランク以上になると、所有者のいない神器の試練を受けることができるんだ。
神器の装備条件には『英雄であること』っていうのがあってな、それをクリアすれば神器を所有できるようになるって寸法だ。
……今は全部に所有者がいるから、誰も挑戦できないんだが」
「はぁ、そういうのがあるんですね。
神器に認められた人が『英雄』になる……と」
「もちろんそれ以外でも、偉業を達成した者は『英雄』と呼ばれることがあるぞ。
ただ、そういったことをしなくても、神器にさえ認められれば『英雄』になれてしまうのさ」
「へー……?」
「ま、神器の力を使えば偉業を達成することなんて容易いだろうがな。
そもそもその力を手にすること自体が凄いんだから」
「確かに」
「……おっと、話が逸れてしまったな。申し訳ない。
それでは改めて、おめでとう。今後ともよろしくな!」
「あ、はい、よろしくお願いします!」
「よーし、ここからは依頼の方の話をするか!
今あるやつはこれくらいだったぞ」
ダグラスさんがテーブルに出した依頼書を数えてみると、21枚あった。
今回は『賢者の石』とかの依頼はちゃんと抜いてあるようだし、受けられるものなら全部受けていこうかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ただいま戻りました」
「お帰りなさああああいっ!!」
「わふっ」
ダグラスさんと受付に戻ると、テレーゼさんの大声と、突然の大声で驚いたエミリアさんの声が迎えてくれた。
「おーい、テレーゼ。その大声、何とかならんのか……」
「なりません!」
「いや、何とかしろっていう意味だったんだが……」
「それはそれとしてですね」
「するなよ!!」
「アイナさん、通達って何だったんですか?」
ダグラスさんを無視して、遠慮なく聞いてくるテレーゼさん。
彼女らしいと言えば彼女らしいけど、悪い知らせだったら気まずくなるところだよ……?
まぁ、今回は良い知らせだったから問題ないんだけど。
「えーっと、昇格しました」
そう言いながら、受け取ったばかりのカードをエミリアさんとテレーゼさんに見せる。
少しだけエミリアさんに見やすく出したのは内緒だ。やっぱり近い人ほど、先に教えたくなるものだしね。
「わ、凄い! Sランクですか!!」
「うおおおおおお、アイナさん凄おおおおおおいっ!!」
普通に驚くエミリアさんと、大声で驚くテレーゼさん。
うーん、会話中もこのテンションなのは少しつらいかも?
「テレーゼさん、まずは落ち着きましょう」
「えぇ……!? しゅーんっ」
よく分からない言葉と共に、テレーゼさんはクールダウンを試みていた。
故意にシュンとするような掛け声? たまに、よく分からない言動をするよね。
「でも、本当に凄いですよね。これはしっかりお祝いをしないと!」
「お祝いですか!? パーティですか!?」
エミリアさんの言葉に、テレーゼさんが強く食い付いてきた。
いやいや、パーティなんてするほどのことでも――
「お、いいな! アイナさん、パーティをするなら是非俺も呼んでくれよ!」
「あ、主任ばっかりずるい! 私も参加します!!」
「……あの? パーティをするだなんて一言も……」
そう言いながら、救いを求めるようにエミリアさんを見ると――
「良いんじゃないですか? とっても楽しそうです♪」
――味方に背中から攻撃を食らった気がした。
「うーん……、ただの食事会くらいなら、まぁ……。それでも良いですか?」
「私は大丈夫ですよ! アイナさんのお屋敷にも行ってみたかったですし!」
「俺はついでに、アイナさんの工房も見てみたいなぁ。どんなところで作業をしているのか……ってな」
むむ、工房の設備は特に使っていないんだけど!
……招待する前に、大釜くらいは使って使用感を出しておかないといけない?
「それじゃ、今日受けた依頼の報告をしに来たときに食事会の予定をお伝えしますね。
日時は夜ならいつでも大丈夫ですか?」
「うん、それで頼む!」
「仕事が残ってても行きますので!」
テレーゼさんの言葉にダグラスさんが冷たい視線を浴びせたが、テレーゼさんは頑なにダグラスさんの方を見ようとしなかった。
このパターンにも何だか慣れてきちゃったなぁ。
「分かりました、それではまた後日に。
今日はそろそろ帰りますね」
「うん、お疲れ様!」
「また早く来てくださいねー!」
2人に挨拶をしたあと、出口に歩き出しながらこれからの予定をエミリアさんと話す。
「アイナさん、これから白兎堂に行く元気はありますか?」
「あ、はい。大丈夫ですよー」
そう言うや、後ろの受付の方から声が聞こえてきた。
「あれっ!? アイナさんたち、白兎堂に行くんですか!? それなら私も――」
「お前は仕事中だろっ!!」
「ひぇっ!?」
――今日も錬金術師ギルドは平常運転である。錬金術師ギルド……というか、テレーゼさんが、かな?
でも、それなりに離れていたのに……よく聞こえたなぁ……。




