203.朝の出来事①
――はて?
窓から外を見てみると、ようやく夜空が白み始めたくらいの時間。
どうやらいつもより早く目が覚めてしまったようだ。
「……んー、もう朝かぁ……。
まだ寝ていたいところだけど、ちょっと身体がしんどいかな……」
これは身体の方が睡眠を拒否しているパターンだ。
1週間寝込んでいた上に、昨日も睡眠時間がめちゃくちゃだったし。……仕方ないと言えば仕方ないか。
寝ていられないというのであれば、ひとまずは起きて何かをすることにしよう。
今日からはいろいろと動く予定だしね。
何かをやるとなったら、一日なんていうのは経つのが早いものなのだ。
「――せっかくだし、少しそこら辺を歩いてみよう」
起床したところで身体はやっぱりだるいままなので、軽い運動ということでお屋敷の中を歩いてみることにした。
早朝の時間帯はあんまり歩いたことがないんだよね。
とりあえず廊下に出てみると空気は冷たく、静寂に包まれていた。
そんな中、外から差し込む薄暗い光が、何となく特別な時間のようなものを演出している。
「結構こういう雰囲気、好きなんだよね」
そんなことを呟きながら、2階の空き部屋に入ってうろうろしてみたり、窓から外を眺めて格好付けてみたり、軽くストレッチ運動みたいなことをしてみたり。
我ながら何とも意味不明な時間を過ごしてみる。
少し新鮮な気分を味わったところで、次は1階へ行ってみることにした。
階段を下りて、さて何をしようかと考えていると――
「――あれ? アイナ様、おはようございます」
「ふぇっ!?」
突然の声に驚いて振り向くと、そこにはディアドラさんが立っていた。
ディアドラさんというのは警備メンバーのリーダーの女性だ。
「あ、突然失礼しました。驚かせてしまいまして……」
「いえいえ! ディアドラさん、おはよー。夜の警備、お疲れ様」
「ありがとうございます。今晩も何もありませんでしたので、ご安心ください。
……それにしても先日まで大変でしたのに、こんな早くに起きても大丈夫なんですか?」
「いやー。逆に寝過ぎちゃって、もうこれ以上寝られなかったというか……」
そう言うと、ディアドラさんは納得した表情を浮かべた。
誰にでもそういうことはあるよね。
「これから外出をされるようでしたらお見送りしますが、いかがいたしますか?」
「あ、外には出ないから大丈夫。1階を少しまわったら部屋に戻ろうかなって。
……ところでこの時間は、さすがに警備の人くらいしかいないのかな?」
「そうですね。もう少しすればメイドの方たちが厨房に集まるかと思いますが、まだ早いですね」
「おー。そういえば厨房ってあんまり行ったことがないんだよね。……ちょっと覘いてこようかな」
「それも良いかもしれませんね。先ほど通ったときは静かなものでしたよ」
「ふむふむ、それじゃ行ってみるねー」
「はい、お気を付けて」
ディアドラさんに軽く挨拶したあと、私はのんびりと厨房に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……」
厨房の前に来ると、中から誰かの気配がした。
誰かいるのかな? でも、明かりはついていないよね……? 来たばかりなのかな?
そんなことを思いながら静かに中を覘いてみると、裏庭への扉のところで人影を見つけた。
扉を挟んで、中に1人、外に1人がいるという格好だ。
辺りはまだ静かで、耳を澄ませば何とかその声を聞くことができた。
「――それでは、これをお持ちください……」
「……」
「――あ、いえ。お屋敷の中でお金のやり取りはできませんので……」
「……」
「――はい! それでは後日、そのように……」
「……」
バタンッ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――んん? んんん?
いつの間にか、静かになった厨房には私一人が取り残された。
どうやら話をしていた2人は裏庭の方へと出ていってしまったようだ。
それにしても外の人の声はよく聞こえなかったけど、中で話していたのは――メイドのミュリエルさんだったような?
こんな早い時間に何をしていたんだろう。それに、外にいた人は――
「――えっ!? あ、アイナ様!?」
「ふぇっ!?」
急に掛けられた声の方を振り向くと、そこにはクラリスさんが立っていた。
この反応をしてしまったのは、本日既に2回目である。
「おはようございます、こんな時間にどうされたのですか?
……あ、もしかして、早めの食事ですか?」
「ううん、そうじゃなくて――何だか眠れなかったからうろうろしてたんだけど、厨房ってあまり来たことがなかったかなって」
「確かに、アイナ様をここで見たのは初日以来ですね」
「だよねー。……ところでさっき、ここに誰かいたんだけど……」
「誰か……? 警備の方でしょうか?」
「んー。裏庭への扉のところで、誰かが2人で喋ってたみたいなんだよね。
1人はミュリエルさんの声だった気がするんだけど……」
「……ミュリエルさん、ですか?
そういえば最近、朝早い時間に部屋からいなくなることがありますね……」
「それじゃやっぱりミュリエルさんだったのかぁ……。
あと、もう1人の人に何かを渡していたみたいだったんだよね。会話の中で『お金』の話が出ていたし……」
そこまで言うと、クラリスさんの眉がピクッと動いた。
クラリスさんは前のお屋敷でお金の横領問題があったそうだし、こういう話には人一倍反応しちゃうか。
そんなことを考えていると――
「おはようございます――って、うわぁ!?
アイナ様、こんな時間にどうしたんですか!?」
――元気いっぱいのミュリエルさんが現れた。
「あ……おはよう。ちょっと目が覚めちゃって、少し散歩をしていたの」
「そうでしたか、ここのところ大変でしたからね。
それでは私は朝食の準備に入らせて頂きます! あ、調理はしないのでご安心ください!」
「あ、うん……」
ミュリエルさんはメシマズのメイドさんだから、調理は禁止されているのだ。
仕事の合間に練習はしているみたいだけど、まだまだ賄いにもできないくらいのレベルらしい。
いつも頑張ってるし、しっかりやってくれているようだけど――まさか、裏で悪いことはやっていないよね……?
ミュリエルさんをちらっと見ると、は厨房の明かりをつけて、調理器具の準備を始めたところだった。
信じたいけど、どうしたものか。
そう思いながらクラリスさんを見れば、何やら静かで重いオーラを発している。
「……アイナ様。この件は一旦私がお預かりします。
朝食のあとにヒアリングをして参りますので……ッ!!」
――おおぅ、怖い……。
それじゃここはクラリスさんに任せて、あとで報告をもらうことにしよう。
私が積極的に動かなくても、自浄作用が働くのはやっぱり助かるなぁ。
ミュリエルさんは今、楽しそうに食材の準備をしている。
悪いことはしていないとは信じているけど――それなら一体何をしていたのか、っていうことになるよね。
「……それじゃクラリスさん、お願いね。
午後は出かけるから、報告をもらうのは午前中か夜だと助かるな」
「可能な限り午前中に、速やかに報告させて頂きます……ッ!!」
――あ、はい。
私がぼへーっとしていられるのはクラリスさんのおかげです。
いつもありがとう。




