200.不思議の国のアイナさん⑦
『不思議の国のアリス』のような世界を通り抜けて、私が訪れたのは光の中。
そこで待っていたのは――
「――……ここで、エミリアさんの登場ですか」
ガルーナ村で出会い、そして今まで一緒に過ごしてきた少女。彼女がそこにいたのだ。
「初めまして、アイナさん。
……この姿が不思議ですか? お話をするにあたって、姿があった方が良いと思いまして……あなたの仲間の姿を借りたのです」
その少女は優しく、説明するように言った。
「はぁ、そういうことでしたか……。でも、彼女がそんな服を着ているのは見たことがありませんけど」
私の知っているエミリアさんは、普段はルーンセラフィス教の法衣を着ている。
しかし今、目の前にいる少女は大きな三角帽子を被り、黒を基調としたローブを纏った――いわゆる、魔法使いのような恰好をしていた。
「あら、そうなのですか。
私が“視た”世界では、あなたはこの魔法使いの少女ととても仲が良かったのですが……。
時間軸が少し、おかしかったのかしら」
「時間軸……? もしかしたら、並行世界のエミリアさん?」
並行世界――いわゆるパラレルワールドのことだ。
この私がいる世界ではエミリアさんはプリーストなんだけど、他の私がいる世界では魔法使いなのかもしれない……?
「いいえ、それは『世界線』の話ですね。私が言っているのは『時間軸』――つまり、過去や未来の話です」
……???
私と仲が良かったっていうことは、当然のことながら私も一緒にそこにいたんだよね?
でも私は今まで、エミリアさんのこんな姿を見たことは無いわけで。
そしてそれは並行世界などではなく、この私の世界のどこかの時間――
――つまり、それは私たちの未来。
「未来……?」
「申し訳ありません、余計に混乱させてしまいましたね。
この姿はあくまでもあなたとお話をするためのもの。これは本題では無いのです」
「いやいや、めちゃくちゃ気になるんですけど!」
「その話は、置いておきますね」
「えぇーっ!?」
その答えに、私はとても不満だった。
思わずそんな声を上げてしまったのも無理はないだろう。
何といっても、エミリアさんがそんな姿をしている未来がまったく想像できないのだ。
格好だけならまだしも、目の前の少女はエミリアさんを『魔法使いの少女』と言っていた。
そしてそれは、確実に私たちの未来だという――
「――さて、改めまして、アイナさん。
私はあなたの言う『英知』の表層意識です」
「『英知』……っていうと、『英知接続』の接続先……?」
「はい、その通りです。あなたは神器の素材を調べるため、ここに意識を繋げてきました。
その過程で、あなたの記憶とここの力が交錯して、不思議な世界に迷い込むことになったのです。
今回はかなり深い情報を得るため、このようになったとご理解ください」
「ああ、そうなんですね。何だかやたらとカオスな感じでした……」
「私はすべて“視て”いました。
あの世界はあなたの記憶が基礎となっていましたが、それでも『英知』の一部が入り混じっていたのです。
そこで、あなたは『何か』を手に入れましたよね?」
……何か? そう言われて思い出せるのは1つしかない。
「『透色の瞳』……ですか?」
私はポケットから丸いガラス玉を出して、目の前の少女に差し出した。
「この中には『調和』と『自由意志』と『力』が刻まれています。
そしてこの『透色の瞳』は、真理を表わす可能性――」
少女がそう言うと『透色の瞳』は光となって、彼女の手の上で再び玉の形になった。
その光は澄んだ色をいろいろと混ぜ合わせたような感じで、見ているだけで心が洗われていくようだ。
そして何よりも――
「綺麗……」
その一言に尽きた。
「あなたの求める神器の素材。それはいくつかの選択肢がありました。
あなたが得たのは、そのいくつかのうちの1つ。今回手に入れたものがあれば、求める神器へと辿り着けるでしょう」
「えぇ……? キノコとかネコとか白ウサギとかが、そんなご立派なものだったなんて……」
「あの姿はあくまでもあなたの記憶から作り上げられたもの。
実際には、この光の中で輝く姿がそれです」
「そうなんですか……。あれ? もしかしてその3つが無かったら、神器の素材は分からなかったんですか?」
「はい。でもご安心ください。
記憶を消されて、また最初から始めるだけでしたので」
「記憶を消されて……? あの、もしかして、私――何回か繰り返しています?」
そう尋ねると、少女は意地悪そうに笑った。
「まぁ、それは良いでしょう」
「えぇ!? 教えてくださいよっ!!」
「結果として、あなたは神器の素材を知る権利を得ました。
そして今回この世界で得たものは、これからのあなたの手助けとなるでしょう」
「むぅ……。この世界で何を得たのかは分かりませんが……」
「――さて、そろそろ時間のようですね。
アイナさん、今日はお話できて楽しかったですよ」
少女がそう言うと、周りの光は少しずつ暗くなっていった。
明らかに終わりを告げる雰囲気――
「私はもっと聞きたいことがあったのですが!」
「ふふふ、特別サービスはいたしません。
知りたいことがあれば、また私に会いにきてください。今回は『神器の素材』のために会ったのですから」
「そんなぁ……」
「それではまたいつか。
――神器は世界に示す力。良い未来であれ、悪い未来であれ、様々な可能性を導くもの。
あなたの行く末が、あなたの望むものでありますように――」
その言葉と共に、周りの暗転と共に、私の意識も消えるように薄らいでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ぷはぁっ!?」
ゴツッ!!
「痛っ!?」
息苦しさを感じながら慌てて起き上がると、額に固いものがぶつかった。
突然の痛みに思わず額を押さえていると、下の方から声が聞こえてくる。
「あいたたた……」
何となく霞む目で声のする方を見てみれば、エミリアさんが額を押さえながら痛そうにかがんでいた。
このエミリアさんは、ルーンセラフィス教の法衣を着ているいつものエミリアさんだ。
「ああ、すいません! 大丈夫ですか!?」
私が声を掛けると、彼女は痛そうにしながらこちらを振り向いた。
恐らくは私の額とエミリアさんの額がごっつんこしたのだろう。
「あ、アイナさん……! 突然起きないで――……じゃないですね、お帰りなさい!」
「……ただいま、です」
痛そうに涙を浮かべるエミリアさん。突然起き上がって申し訳ない……。
「アイナさん、寝汗を凄くかいていたから拭こうと思っていたんですよ。そしたら急にガバッと!」
「あぁー、確かに酷い寝汗ですね。最後の方は、割と平穏に終わったと思ったんだけどなぁ……」
「最後の方……?」
「何だか変な夢を見ていたんですよ……。あとでお話しますね」
それにしても寝汗がどうにも気持ち悪い。
面倒なので、このまま乾かしてしまおう。
「ドライング・クロース」
私が魔法を使うと、寝汗をすべて乾かすことができた。
あ、ウォッシング・クロースの方が良かったかな? そんなことをパジャマに鼻を近付けながら考えていると――
「え、えぇ!? アイナさん、そんな魔法をいつ覚えたんですか!?」
「え?」
――うーん? ……あ、確かに! こっちの世界でドライング・クロースが使えてる?
となると、もしかしてアクア・ブラストも使えるようになってるのかな!?
ついに私も、攻撃魔法が使える錬金術師としてデビューを果たせる……?
「……いや、不思議なこともあるもので」
「えぇ!? ふ、不思議すぎますよ!」
そういえば、不思議なことと言えば――
「ところでエミリアさんって、プリーストの魔法以外の魔法って使えますか? いわゆる魔法使いが使うような」
「え? んー、そうですね。プリースト以外の魔法だと、時間や場所を調べたりとか、装飾魔法くらいですね。
……それが何か?」
「あ、いえ。何となく、です」
さすがに『英知』の少女の姿については言わない方が良いだろう。
私だってわけが分からないのだから、エミリアさんに言ったところでどうしようもない。
「――そうだ! みなさんに、アイナさんが起きたことを伝えてきますね!
それとしばらく食事もしていませんし、ご飯の用意もお願いしないと!」
「ありがとうございます、お願いします。
……ところで私、どれくらい寝てました?」
「ちょうど1週間ですよ!」
「あれ、思ったより早い?」
「あはは、私もびっくりしました♪ でもそれよりも、とっても嬉しいですー」
そう言いながら、エミリアさんは部屋を小走りで出ていってしまった。
ひとまずは、寝込む時間が短くて済んだのは何よりだったかな。
でもあの世界で番人シリーズを上手く集められなかったら、もしかして無限ループに陥っていたかもしれないんだよね……。
そう考えると、何だかちょっと怖いなぁ。
しかし今は帰って来られたことを喜ぼう。
神器の素材を確認するのは――少しゆっくりしてからにしようかな。少しくらいは日常に戻りたいっていうか。
頭の中の結果ウィンドウ、一回閉じておこっと。




