2.はじめての街
丘の上から見えていた、辺境都市クレントスの大きな門に到着する。
大きな門とは言え、人通りはまばらだった。
街の大きさ的に考えれば、門は他にもたくさんあるのだろう。
「ようこそ、辺境都市クレントスへ。身分証の提示をお願いします」
門を通り抜けようとすると、若く優しそうな騎士の青年が声を掛けてきた。
騎士……と普通に言ったが、元の世界ではもちろん騎士に会ったことなど無い。
「こんにちは、身分証……ですね」
思わず口に出しながら、無意識に腰の鞄に手を伸ばす。
そう言えば身分証みたいなカードが鞄の中に入っていたよね?
鞄をまさぐり、一枚のカードを取り出す。
出て来たのは免許証くらいの大きさの、白金色の綺麗なカード。
右上に小さな青い宝石が埋め込まれていて、私には慣れない高貴な雰囲気を漂わせている。
これって身分証かな?
でも表面に神様からもらった名前の『アイナ・バートランド・クリスティア』が書いてあるし、間違いなくこれだよね?
「えっと……これで、大丈夫ですか?」
心配しながらカードを騎士に差し出す。
「うん? えっと……このカードは――……お、おい?」
騎士は別の騎士を呼び、少し遠くで何やら話し込んでいる。
しばらくすると、心無しか緊張している感じで戻って来た。
「大変失礼いたしました! カードをお返しいたします! まったく問題ありません! 良いご滞在を!!」
騎士の青年はカードを仰々しいほどに丁寧に返してくれ、街中へと私を促した。
その様子が何だかおかしくなってしまい、私もつい満面の笑みを浮かべてしまう。
「ありがとうございます。騎士様も、良い一日を」
挨拶をしてから、促された通り街中に進む。
……何だよ、『騎士様も、良い一日を』って! どこかのご令嬢かよ!!
そんなツッコミを激しく自分にしていたのは、他の誰にも内緒である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、まずは宿を探そう。
何せこの世界は、元の世界よりもファンタジー感に満ち溢れている。つまり、元の世界よりも恐らく不便なのだ。
夜になっても宿が取れていない……というのは、さすがに初日からは避けたかった。
「とはいっても、土地勘も世界勘もまったく無いからなぁ……」
そうつぶやきながらのんびり街中を歩いていると、大きな声で楽しそうに遊ぶ男の子と女の子を見つけた。
どこの世界でも子供は(多分)純粋なものだ。ちょっと話を聞いてみようかな?
「キミたち、ちょっと良いかなー?」
「え? なぁに、おねーちゃん」
「なんですかー?」
可愛い! どこの世界でも子供は可愛い! これは真理だね!
子供たちの前まで歩み寄り、しゃがんで目の高さを合わせる。
「こんにちは。お姉さんね、この街に初めて来たんだけど、泊まるところを探してるの。
宿屋みたいなところ、知らないかなー」
「お泊りするのー?」
「それだったら、この先にルイサおばちゃんの宿屋があるよー?」
お、あっさり見つかりそう。
とりあえずこの世界の常識も持ち合わせていないし、行ってみて良さげだったら今日はそこに決めてしまおう。
「そうなんだ。遊んでるところごめんなさいなんだけど、案内してくれるかな?」
「ロナちゃん、いーい?」
「うん! おねーさん、こっちです!」
ロナちゃんが私の手を握って引っ張る。か、可愛い……!
負け時と男の子も、残った私の手を握ってくる。くぅ、こっちも可愛い……!
「ぼくの名前はアーサーだよ! よろしくね!」
元気に自己紹介するアーサー君。
アーサー……と言えば、元の世界には『アーサー王伝説』ってあったよね。勇ましい名前だぁ……。
「……おねーちゃん、どうしたの? ぼくの名前……おかしかった?」
気が付けば、心配そうに私の顔を覗き込んで来るアーサー君。あれ、そんな変な顔しちゃってたかな……?
「あ、ごめんね! お姉さんの住んでたところにね、『アーサー王伝説』っていうのがあってね。かっこいい名前だなって思ってたの」
「え! それ本当? ぼく、王様と同じ名前なの!?」
「そうそう、だから驚いちゃったの。ごめんね」
実際のところ純血の日本人で『アーサー』という名前であれば、いわゆるキラキラネームというやつになってしまうかもしれない。
でもアーサー君は異世界の子供だけあって、顔付きと名前が実際に合ってるんだよね。
「よかったね、アーサー! 冒険者になるのが夢だもんね!」
「うん! ぼく、絶対に強くなるからね!」
おお、冒険者というのも存在するのか。やっぱり魔物とかもいるのかな?
……私は魔物と戦うのなんて嫌だけど。
「あ、おねーさん! ここがルイサおばちゃんの宿屋です!」
ふむふむ、これが宿屋か。入口にあるシンボリックな表記は、宿屋という意味かな?
「教えてくれてありがとう! じゃ、私ちょっといってく「ルイサおばちゃん、こんにちはー!」」
私が別れの挨拶をしようとすると、アーサー君がそれを遮って入口に向かって挨拶をした。
私はというと、そのままアーサー君に引っ張られて建物の中に連行されていくしかなかったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おや、アーサーじゃないか。うん? こちらの方は、知り合いかい?」
中に入ると、ふくよかな四十ほどの女性が応対をしてきた。
「宿屋を探していたのですが……、アーサー君に案内してもらいまして」
「そうかい。アーサー、ありがとね。それじゃおばちゃん、このお姉さんの案内をするからね」
「うん、よろしくね! おねーちゃん、ばいばーい!」
「おねーさん、ごゆっくりです!」
アーサー君とロナちゃんはそう言い残し、元気よく去っていった。
あの子供ならではの元気さ。何か大人が無くしたものがあるよね、うん。
「改めて、いらっしゃいませ。それで、本当にうちで良いのかい? アーサーたちがあんな調子だと、断り切れなかっただろう?」
ルイサさんは少し困った感じで微笑む。
「あ、いえいえ! 特に問題無ければこのままお世話になろうかと!」
「そうかい? うちは普通の部屋で銀貨7枚、良い部屋で金貨1枚だよ。普通の部屋の方で良いかい?」
……! そういえばここは宿屋。もちろん対価……つまり、お金が必要となる。
「すいません、ちょっと待ってください」
そう言いながら慌ててお財布の中身を見る。
初めて見る硬貨が何種類か入っていた。
金色、銀色、銅色、鉄色……。金貨というからには金色の硬貨だろう。
それは20枚入っていた。
「普通の部屋と良い部屋って、結構違います?」
「そうだね、良い部屋の方は貴族様を迎えることも出来るようにしているのさ。広さだけは少し物足りないけど、置いてるものは良いものばかりだよ。あとはお風呂付きだから、綺麗好きにはたまらないよ」
……お風呂! 元の世界では日本人は普通に湯船に入るものだけど、外国人はあんまり入らないんだよね。それなのにまさか異世界にお風呂があるとは!?
何よりもその一点に、興味が出てしまう。
「では良い部屋でお願いします」
「金貨1枚だけど大丈夫かい? それじゃここに名前を書いてもらって……あと、あれば冒険者カードか住民カードを見せてもらえるかい?」
冒険者カードか住民カード? さっきの街門で見せたカードでも大丈夫かな?
「このカードでも大丈夫ですか?」
「うん……? お……、プラチナカードなんてずいぶん久し振りに見るね……。ははぁ、それじゃ良い部屋を選ぶよねぇ」
何かを感心するようにつぶやき、カードを丁寧に返してもらう。
プラチナカード? このカード、何か特別なのかな?
「それじゃ、案内を呼ぶから待ってておくれ」
そう言うとルイサさんは、脚を引きずるようにしてカウンター奥の部屋に入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
案内されたのは二階の奥の、立派なお部屋。
いわゆるホテルのスイートルーム ……みたいな感じではあったが、さすがに元の世界のテレビで見たようなものよりは数段落ちる。
「そもそも文明レベルが違うしね。でも、お風呂があるのはありがたいや」
お風呂自体は私の知ってるものと色々違うのだけど、湯船にはしっかり浸かれそう。
この部屋が金貨1枚。金貨は20枚あったから、単純計算だと20泊出来る……のだが、こんなところで全財産を食い潰しても仕方が無い。
とりあえず2、3日くらいここに泊まって、その間に今後のことを決めようかな。
「……となれば、もう少し街中を散策してみようかな。まだ夕方にもなってないし」
陽の高さからして、今は13時といったところだろうか。
適当に街中に繰り出して、お昼ごはんでも食べることにしよう。