異世界冒険録～神器のアルケミスト～

第5章 王都ヴェセルブルク

198．不思議の国のアイナさん⑤

「――ああ、忙しい忙しい」

　３体のガルルンたちに近付くと、まずはそんな声が聞こえてきた。

　その姿と言葉のギャップに少し笑ってしまいそうになるが、そこは何とか堪えることができた。

「急げや急げ！　早くこの薔薇を赤く染めなければ、僕たちの首がはねられてしまうぞ！」

　辺りを見回すと白い薔薇が咲いてはいるものの、それと同じくらいの黒く焦げた薔薇が見える。

　不思議に思いながらガルルンたちを眺めていると――

「ファイアッ」

　ボッ！

　――何やら火の魔法で薔薇を燃やしている。

　……？？？

　一体何をしているんだろう？

「あのー、すいません」

「どちら様？　僕たちは今、忙しいんだよー」

「通りすがりの者なんですけど、今は何をしているんですか？」

「見て分からない？」

　うん、分からない。

　だから声を掛けたんだけど。

「えっとね、女王様から赤い薔薇を植えろって命令されていたんだけど、白い薔薇が咲いちゃったんだ」

「ふむふむ」

「だから女王様がここを通る前に、何とか赤色に染めなければいけないんだよ」

「ふむふむ」

「だからこうして火の魔法を使っているんだ！」

「ちょっと待って！？」

「「「え？」」」

　私の制止に、ガルルンたちは声を揃えて不思議そうな反応をした。

「何でそこで、火の魔法が出てくるんですか！」

「え？　火は赤いから」

「燃やせば赤くなるだろう？」

「他にどうしろっていうの？」

　思いがけないトンデモ理論に、私の方がびっくりしてしまう。

　ガルルン茸という奇跡のキノコを生み出したガルルン教のガルルンたちが、まさかまさか、こんなにおバカな子たちだったとは。

「火なんてつけたら燃えちゃうでしょう……。

　ほら、今まで赤くなった薔薇なんてありませんよね？」

　そう言いながら、黒く焦げた薔薇を指し示す。

「「「ほ、本当だ！！」」」

　確かこれ、『不思議の国のアリス』だったら赤いペンキで薔薇を塗っているんだよね。

　それはそれでどうかと思うけど、ここのガルルンたちよりは賢いわけで……。

「――ペンキみたいなものは無いんですか？」

「ペンキ？　ペンキってなに？」

「それはお前、あれだよ。氷の世界に住むっていう――」

「それはペンギン」

　思わずツッコミを入れる。

「……ああ、ペンキというのはもしかして、染料的な何かかな？」

「そうですそうです。赤い染料があるなら、この薔薇は白いし、簡単に色が着くんじゃないですか？」

「ふむふむ、なるほど。君は実に賢いね」

　いやいや、これだけで賢いだなんて。

　でもこのガルルンたちはおバカな子ではあるものの、素直で可愛いところがある。

　何とも話していて楽しいものだ。

「それじゃ僕が赤い雨を降らせるね。

　深紅の雨よ、ここに祝福を――クリムゾン・ブレッシング！」

「――え？」

　１体のガルルンが突然魔法を使った。

　不安な予感がして空を仰いで見れば、遥か上空から赤い雨が降ってくる。

「いやいや！　そんなことしたら――」

◇　◇　◇　◇　◇

　10分もすると、辺りは見事なまでに赤色で一色になっていた。

　私はそれを回避しようとしたものの、隠れられるような建物も樹もなく、何とか顔を染められないようにするだけで精一杯だった。

「どう？　どう？　薔薇が赤くなったよー」

「うん。実に良い赤色だ」

「これなら女王様にもバレないことだろう！」

　ガルルンたちは思い思いに喜び合っている。

　……全員、上から下まで真っ赤だけどね！

「――でも、花以外の……葉っぱや茎や、地面までも……赤色になりましたよ？」

　私の言葉を聞くも、ガルルンたちはあまり気にしていないようだった。

「大丈夫、大丈夫。薔薇は赤いんだから！」

「葉っぱが緑色の薔薇を植えろ――だなんて言われてないから！」

「君はちょっと、細かいことを気にしすぎなんじゃないかな！」

　三者三様、思い思いの言葉を私に向ける。

　いやいや、さすがにポジティブすぎじゃないかな……。

「うーん……。でもなぁ……」

「大丈夫だよ！　女王様はそういった意味では寛大だから！」

　寛大……？　もしかして、この子たち以上におバカな子っていうこと……？

「そんなに心配なら、もう少しここにいると良いよ。

　女王様が通る予定だから、お会いしてみなよ」

　うーん、確かに女王様と会わないと話が進まないかもしれない……？

　それならば、どこかしらで会うことになるのであれば、さっさとここで会ってしまうことにしよう。

「分かりました。それじゃ待ちますか」

　――とは言え、先ほどの赤い雨で私も結構赤くなってしまっている。

　さすがに『女王様』と会うのに、これはあり得ないよね……。

　服を乾かす魔法――ドライング・クロースは使えることだし、洗う魔法は使えないものかな。

　レオノーラさんに装飾魔法を教わったときのことを思い出してみると、そう言えば名前だけは聞いたことがあるような――

「えぇっと……ウォッシング・クロース……だっけ？」

　ドライング・クロースと同じ感覚で自分の服に向けて唱えてみると、一瞬にして赤い汚れが消え去った。

　それを見ていたガルルンたちは、驚きながら私に声を掛けてくる。

「わー、凄いね！　ねぇねぇ、僕たちも綺麗にできる？」

　３体のガルルンたちは、今は揃いも揃って全身が真っ赤である。

　せっかくだし綺麗にしてあげることにしよう。

「やってみますね。ウォッシング・クロース！」

　……しかし、魔法の効果は発揮されなかった。

「あれー？　できないの？」

「むむむ？　……もしかして、服限定なのかな……」

　確かに私の服は綺麗になったものの、髪などはやはり赤く汚れたままだ。

　全部の汚れを落とすだなんて、さすがにそこまで万能ではないか。

「それじゃ仕方ないね。僕がやるよー」

　そう言うとガルルンの１体は空を仰いで両手を上げて――

「聖なる雨よ、ここに祝福を――ホーリー・レイン！」

　――雨を降らせた。

　空は晴れているので、いわゆる天気雨の状態だ。

　ほどほどの雨量があり、ガルルンたちは雨を浴びながら赤い色を落としている。

「……せっかくだし、私も落とそうかな」

　雨を手ですくうように受け止めてみると、どこか優しい雰囲気のする綺麗な水だった。

　これ、装飾魔法よりもよっぽど高位の魔法なんじゃないかなぁ……。

　そんなことを思いながら赤い色を落としていると、遠くの方から声が聞こえてきた。

「あ、女王様たちがいらっしゃるぞ！　おい、雨をそろそろ止めるんだ」

「おっけー」

　ガルルンの１体が空に向かって再び何かを唱えると、雨はすぐに止まった。

　彼らの赤い色はすっかり落ちているし、私は濡れながらも何とか赤い色は落とすことができた。

　となればこのあとは――

「ドライング・クロース！」

　――魔法で服を乾かせばもう元通り。

　少し身だしなみ的なところは気になるけど、鏡なんかは無いし、そこは諦めることにしよう。

　遠くの声はだんだんと近付いてきて、その一団の姿も視界に入ってきた。

「――うわぁ。これはまた、たくさんのガルルンがおいでで……」

　その数は30体といったところか。

　２体のガルルンを筆頭に、たくさんのガルルンたちが列を作っている。

　――それにしても何だか、他の生き物が支配する惑星に迷い込んじゃったみたい。

　そんな映画も、元の世界にあったよね。