195.不思議の国のアイナさん②
次に気が付いたとき、私はどこかの部屋にいた。
その部屋はとても綺麗で、いくつもの扉があり、部屋の中央にあるガラスのテーブルには金の鍵が置かれていた。
「――何だか、これは記憶にあるなぁ……」
そう思いながらまずは金の鍵を手に取る。
確かこれ、この部屋のどこかにある小さな扉の鍵なんだよね?
辺りを見ていると、『不思議の国のアリス』の話も何となく思い出してきた。
ヒントが何も無いままだと全然思い出せなかったけど、何かしらあるのであれば結構思い出せるものだ。
しかし小さい扉を探して部屋をくまなく調べてみたものの、小さい扉を見つけることはできなかった。
「……あれ?
でも、普通の扉の方は開けられないんだよね……?」
試しに金の鍵を扉の鍵穴に差し込んでみると、開きはしなかったものの、鍵のサイズは合っていることが分かった。
それを踏まえて順番に試していくと――
ガチャッ
5つ目の扉で、鍵が外れる音がした。
「――むむむ、これは予想外」
そう思いながらドアノブを回して、部屋の中に入ってみる。
その部屋は暗かったが、それに気付いた瞬間――
……床自体が無いことに気付いた。
「の、のわあぁあああぁ!?」
そして再び落下を始める私の身体。
一体どうなってるんですか、この世界は……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ザッパアアアアアァアアンッ!!
しばらく落下を続けると、強い衝撃とともに水の中に叩き込まれた。
驚きながらも何とか水の上に顔を出して息継ぎをする。
「――ぷはぁっ! ……もー、なんなのよーっ」
愚痴が出るのも仕方が無いというものだ。
ひとまず平泳ぎで近くの陸(?)に向かう。辿り着いたのはコンクリートっぽい材質でできた陸(?)。
水から上がって辺りを眺めてみれば、そこは何というか――綺麗な下水道、みたいな感じの場所だった。
綺麗なら上水道だと思うんだけど、上水道の絵的なイメージがどうにも出てこなかったので、ひとまず綺麗な下水道と言っておこう。
それにしても――
「ひゃあぁ……、せっかくの服が濡れちゃったよ……」
そう呟いてから、さてどうしたものかと考えていると、後ろから突然声が響いた。
「ほう……このような場所に人間の少女とは……。くっくっく、我が生贄にしてくれるぞ……チュウ」
「いやいや、ネズミごときが何を言ってるの……」
そう言いながら振り向くと、視線の先には大きな動物――予想通りネズミだったんだけど、その大ネズミは戦慄していた。
「な、何故我がネズミだと……見る前に分かったのだ……チュウ」
語尾だから! その語尾が古典的だから!!
「ふふふ……、さぁて? ところであなたは何をしているの?」
「ふむ、聡明なる少女よ。生贄にするのは保留にしておいてやるチュウ……。
今はな、この濡れてしまった身体をいかに乾かすか――それを四天王ともども討議をしていたのだチュウ」
四天王……? よくよく見れば、大ネズミの後ろには何匹かの動物が見えた。
インコ、カニ、アヒル、……えぇっともう1匹、あの特徴的な鳥は何だっけ……。……ああ、そうそう、ドードー鳥! ……だっけ?
そのさらに後ろにはギャラリーのような感じで、それはもう様々な顔ぶれが揃っていた。
鳥やら動物やら魚介類やら。
そしてその場にいる全員の身体が、何故かは分からないが濡れているようだった。
「皆の者、着席チュウ! それでは改めて、討議を始めるチュウ!」
大ネズミは場を仕切ると、何やら長い演説のような講演のようなものを始めた。
しばらくは聞いていたものの、それも何だか意味がよく分からなかったので途中で飽きてきてしまった。
……っていうか、さすがに身体が冷えてきちゃったし……。
このずぶ濡れ状態、魔法で何とかならないのかな。水のことだから、水魔法で何とかなりそうなんだけど……。
しばらく考えていると、そう言えば装飾魔法には服を乾かす魔法があると聞いたような気がしてきた。
レオノーラさんに装飾魔法を教わったとき、ふと話に上がったような……。
「ドライング・クロース……だっけ?」
自信なく、そんな風に自分に向けてつぶやくと、服を一気に乾燥させることができた。
「……あ、凄い。できた」
何ということでしょう。現実ではろくに魔法を使えなかった私が、この世界では自由自在に魔法を使うことができているのです!
なるほど、これは夢かもしれないけど、魔法っていうのはやっぱり面白いね。これからもう少し本気で取り組んでみようかな。
服が乾いたことに満足しながら大ネズミたちの方を見てみると、彼らはまだ身体を乾かす方法の討議を行っているようだった。
ふむ、せっかくだし大ネズミたちも乾かしてあげよう。
「すいませーん」
「何だチュウ。今は討議のまっさいチュウ。
意見があれば挙手の上、発言を許そうチュウ」
「はーい!」
「うむ、そこ」
元気よく挙手すると、思いのほか素直に発言権をくれた。
「身体を乾かす魔法を覚えたので、乾かしてあげます!」
「何と……何をバカなことを……」
「よろしいカニ。それならまずはワタシを乾かしてみるが良いカニ」
名乗りを上げたのは四天王の一角、カニだった。
「はい、それじゃ――ドライング・クロース!」
私が魔法を使うと、カニの身体が一気に乾いた。
その光景に、周囲からどよめきが起こる。
「お、おぉ……ワタシの身体が……!」
「何と……! 我が身体もすぐに乾かすのだ……チュウ」
「はいはい。ドライング・クロース!」
魔法を使うと、大ネズミの身体も無事に乾かすことができた。
そのあとも、その場にいる全員をどんどん乾かしていく。
「――聡明な少女よ……今回はとても助かったぞ……。その礼に、何か褒美を取らせよう……チュウ」
「褒美って、何でもくれるんですか?」
「くくくっ、そうだな……。お主にはこの『透色の瞳』をやろう……チュウ」
そう言いながら、大ネズミは小さな透明な球体を手渡してきた。
選択肢は無いのね……。でもこれ、ただのガラス玉っていう感じがするんだけど。
まぁ詳しくは鑑定してみようかな。
えいっ、かんてーっ
――しかし何も起こらなかった……。
……あ、そうか。鑑定スキルは使えないんだっけ……。
「あのー、『透色の瞳』って何ですか?」
「良くは分からんが……何だか透明で丸くって綺麗な玉……チュウ」
大層ご立派な名前が付いているようだけど、でも結局のところはただのガラス玉なのでは……。
まぁ何かの役に立つかもしれないし、ひとまずは受け取っておこう。
「ありがとうございます、大切にしますね!」
「うむ、それが良かろう――」
そんなとき、暗闇の向こうから怪しげな声が響いた。
「あばばばば! あーばばば!!」
「――ッ!!!!」
「「「「ッ!!!!」」」」
その声が聞こえた途端、辺りは一気に騒然となった。
「え? え?」
「まずい、白ウサギがくるチュウ! 全員退避!!」
大ネズミの号令が掛かると、その場にいた動物たちは一目散にどこかへ消えてしまった。
「お主も早く逃げるが良い! チュゥー!!」
「えぇ!? ちょ、ちょっと――」
私の呼び掛けも虚しく、大ネズミまでもがどこかに消えていってしまった。
この場に残っているのは既に私だけ……。
「あばばばば! あーばばば!!」
再び、周囲に白ウサギの声が響く。その声は反響もしていて、何やらやたらと耳につくのだが――
あ、あれー? それにしても白ウサギって、こんなキャラだったっけー!?




