192.事前準備②
錬金術師ギルドへの貸し付けの手続きが終わると、12枚の証書を受け取った。
期日を迎えたあと、これを持っていけば貸し付けたお金を利息と一緒に返してくれるそうだ。
これはあとでエミリアさんに渡しておこうかな。
クラリスさんに渡すのでも良いんだけど、彼女はあくまでも使用人だからそこまで責任を負わせたくはないというか。
エミリアさんには責任を持ってもらうというよりも、信頼してるからこそのお願い――っていう感じだ。
「……さてと。錬金術師ギルドでの用事も終わったし、これからどうしよう」
しばらく来られないのであれば、テレーゼさんにも挨拶をしておかないとあとで何を言われるか分からない。
それならばしっかり挨拶をしていくことにしよう。
「――おおぉ、アイナさん! こんなところにどうしたんですか!?」
ダグラスさんにお願いしてテレーゼさんのいる場所まで案内してもらうと、そこは錬金術師ギルドの倉庫のような場所だった。
「しばらく錬金術師ギルドに来られないかもしれないので、一応挨拶をしておこうかなって」
「えぇ!? ど、どこかに行っちゃうんですか!?」
「まぁそんな感じなんですけど、どれくらい掛かるか分からなくて……。
数日かもしれませんし、数か月になるかもしれませんし」
「む、むむむ……! それでは餞別に、ここにあるものを何か持っていってください!!」
「え?」
テレーゼさんは両手で、彼女の足元の荷物を私に示した。
「おい、テレーゼ……。それ、錬金術師ギルドの資産だぞ……」
後ろに控えていたダグラスさんの冷静なツッコミが入る。
「で、ですよね……?
それにテレーゼさん、何かもらっても数日で戻ってくることができたら、ちょっと気まずいんですけど」
「それはそれで私は嬉しいから大丈夫ですよ!」
「いや、だからな? 倉庫のものは錬金術師ギルドの資産なんだが……?」
再度ダグラスさんのツッコミが入る。
テレーゼさんはそれを聞いて、むむむ……といった感じの表情をしていた。
「ところでテレーゼさんは、ここで何をしているんですか?」
「よくぞ聞いて頂けました!
ご覧の通り、『錬金術師ギルドが誇る誰も滅多に開けない倉庫』の整理をしているんです!!」
「……でもテレーゼさんって、受付カウンターの担当ですよね? 何で倉庫整理なんかを?」
私の言葉にヒクッと反応したテレーゼさんの視線は、ダグラスさんの方にチラチラと向けられていた。
……ああ、また何かやらかしたのね。
「良かったな、テレーゼ。
賢明なアイナさんは今の視線だけで察してくれたようだぞ」
「あ、ありがてぇ……」
口調まで変わるテレーゼさん。一体何をしでかしたのだろうか……。
それにしても足元に広がる箱は何だか古ぼけているし、とってもホコリっぽい。
かなり昔のものであることは確かなのだろう。
「あのー。ちょっと興味があるので、ここら辺のものを見ても良いですか?」
「どうぞー!」
「何か欲しいものがあったら持っていってもらっても構わないぞ。
……相場程度の代金は頂くが」
「あはは、もちろんですよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「全部ください」
「はぁ!?」
「えっ!?」
一通り確認したあと、そこにあるものが全部欲しくなった。
何せ初めて見るような素材がたくさんあるし、中には時間が経ったが故の素材もあるし。
「う、うーん……、そうきたか……。
全部となると、俺も少し怖くなるな……」
「え、怖い?」
「ほら、中には相場が無いようなものもあるだろう?
1つ2つなら間違って売ってもまぁ問題にはならないだろうが、そんなものが大量にあった日にゃ……俺の査定が……な?」
「主任! そんな保守的な考えはダメです!
この際、全部アイナさんに持っていってもらいましょう!」
「お前は倉庫整理を早く終わらせたいだけだろう……」
「さ、さすが主任……。そこに気付くとは……」
ごめんなさい、私もそう思いました。
うーん、全部はやっぱりダメかぁ……。
「それじゃ一通り覚えていくので、必要になったときに相談させてください。
――それで、今回はこれを1つだけくださいな」
「うん? それは……球根?」
ダグラスさんはそれを不思議そうに眺めた。
球根のような、玉ねぎのような、茶色の干からびた――植物の丸っこい部位。
「えぇっと、鑑定しますねー」
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【生命の実】
生命の力が封じられた実
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「……これはまた、何か凄い感じの名前だな。
見た目はみすぼらしいのに……」
「往々にして、こういう見た目のものが希少だったりするんですよ」
……多分!
でもこれ、絶対にそういう関係で使う素材だよね。
これから作る神器には『HP・疲労回復』の効果を付ける予定だし、何かこういうものが必要になりそうだし!
私がいない間にどこかに売られてしまったら目も当てられないから、これだけは確保しておきたくなったのだ。
「ふぅむ……いくら鑑定しても相場は出てこないな……。
今までの取引履歴を確認してくるから、ちょっと待っていてくれないか?」
「はい、分かりました!」
「それじゃアイナさん、食堂にでも行ってお話をしましょう!」
「おぉい、テレーゼ! お前は倉庫整理!!」
……ですよね!
とは言っても、私も待っている間はやることが無いわけで。
「それじゃ、私も手伝いますよ。手持無沙汰ですし」
「わぁ、アイナさんマジ女神様!」
「すまないな。それじゃ急いで調べてくるから!」
「主任! ゆっくりで大丈夫ですよー!」
「……速攻で調べてくるからな!」
そう言うと、ダグラスさんは走ってこの場を去っていった。
何だかんだでダグラスさんとテレーゼさんのやり取りを見ているのは楽しいなぁ。
……本人たちはいろいろあるんだろうけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ダグラスさんは本当に急いだようで、15分くらいの時間で戻ってきた。
倉庫整理はあまり進んでおらず、ダグラスさんの姿を見たテレーゼさんは何やら渋い顔をしていた。
15分くらいじゃ私の手伝いもたかが知れているし、気持ちは分からないでもないけど。
「アイナさん、『生命の実』だけど――30年くらい前に金貨100枚での取引があったくらいだったよ」
「30年前に……金貨100枚、ですか」
ずいぶん昔の話だし、金額もなかなかのものだ。
王都の錬金術師ギルドでも滅多に取引されないものなのだから、これは実際に希少な代物なのだろう。
「はぁ……こんな茶色いものが金貨100枚ですかぁ……。
私のお給料の(ごにょごにょ)か月分ですねぇ……」
『生命の実』の値段を聞いて、テレーゼさんが何やらごにょごにょと言っている。
残念ながらちょうどよく、何か月分かを聞き取ることはできなかったけど。
「それじゃ、それで買い取りますね」
「おお、やっぱり買うのか……。そうだな、今回は金貨90枚で良いぞ」
「え、本当ですか? ありがとうございます!」
「いつもお世話になっているしな。偶然出てきたものだし、それくらいの融通は利くだろう。
――それに、貸し付けの方でもノルマ達成できたしな!」
あ、そっちが本音ですか……。
……っていうか、錬金術師ギルドじゃなくて冒険者ギルドに貸し付けをすれば、正直なところ利息でそれ以上の差が出るんだよね。
あれ、そう考えるとそんなにお得でも無い? いや、でもこれは厚意だからなぁ。
うん、ありがたいありがたい。
……ありがたい、はず……。いや、ありがたい!




