191.事前準備①
「エミリアさん、そろそろかと思うんですよ」
「む、そろそろですか……」
夕食後、そんな風に話をエミリアさんに切り出してみる。
とりあえず返事はしたものの、エミリアさんは何の話かよく分かっていないようだ。
まぁ察しろというのも無理な流れではあったんだけど。
「えーっと、神器作成の素材を調べるアレです」
周囲を見回して、メイドさんがいないことを確認してから改めて伝える。
「ああ……そうですね。やりたいことがあるなら、しっかりやらないと。
でもやっぱり、私としては心配ですよー……」
先日作った『皮膚再構成の軟膏』のときは反動で丸1日寝込んでしまい、エミリアさんにも心配を掛けてしまった。
恐らくはそれを念頭に心配してくれているのだろう。
でも今はようやく依頼関連がひと段落ついたところだし、大きな問題を抱えているわけでも無い。
全部が解決済みというわけでは無いのだけど、それでも今がちょうど良い頃合いに感じられる。
それにレオノーラさんから聞いたオティーリエさんの話も気になるし、彼女が王都にいない間にさっさと済ませておいた方が良い気もするのだ。
「ご心配ありがとうございます。
でもここまで来たんで、やらせてください!」
「もちろん、それを否定するつもりは無いんです。
んー……。でも、分かりました。寝ている間のことは私にお任せください!」
「本当に、何だかいつもすいません」
「あはは、もう慣れっこですよー?」
思い返せばガルーナ村での疫病騒ぎのときも、先日の反動のときも、エミリアさんには寝込むたびに毎回看病をしてもらっている。
「いつもいつもお世話になっているので、たまにはお礼をさせてください!」
「いえいえ、私はこのお屋敷にお世話になっている身ですから。お気遣いは要りませんよ」
「ある意味では、私が強引に引き留めているような感じでもあるんですけどね……」
「毎月お金も頂いてますし、あとは『エコー』付きのイヤリングなんかももらっていますし?」
「それはそれとして、ですね!」
「うーん……。それでは、神器作成が終わったときにでも考えてみましょう」
「おっと、そのタイミングですか。何だか怖いですね」
「ふふふ、覚悟しておいてくださいねー♪」
神器を作ったあとは恐らく私もハイテンションになっているだろう。
そんなときに何かお願いをされたら何でも受けてしまいそうだ……。いや、怖い怖い。
「わ、分かりました……。
それで具体的にはまた寝込むと思うんですが、最近知り合いも増えてきたので……上手いことお願いします」
「どれくらい寝込むことになるんでしょう?」
「それは分からないんですよ。……さすがに1年とかは無いと思いますけど」
「そんなに寝込まれたら私、寂しくて死んじゃいますよ!」
……ウサギかな?
「そうですね……。
数日から1週間、もしくは2週間から3週間、あるいは1か月から12か月の可能性も……」
「それってつまり『1年以内』と同じことですよね!?」
「う、聡い」
「でも、私は1年でも待ちますよ。大丈夫です、安心してください。
……ただそうすると、さすがに私も大聖堂に戻らないといけませんので――」
「ああ、そうですよね……」
「そしたらアイナさんをルーンセラフィス教の治療院に入れて、私が面倒をみることにしましょう」
「ええ、何ですかそれ」
「私のお仕事中にアイナさんの面倒がみれて、一石二鳥というやつです!」
「むむ、できるだけ早く起きることにします。
いや、1日くらいで目が覚めるということも普通にあり得ますし」
「それならそれに越したことは無いですよ!
――それで神器の素材調べですが、具体的にはいつやる予定ですか?」
「さすがに今日これからっていうのはアレなので、明日か明後日の夜あたりとか……?」
「なるほど……。それじゃ、私もいろいろ準備しておきますね」
「準備ですか?」
「せっかくなので、アイナさんの部屋で何か勉強でもしようかなと。
新しい魔法なんていうのも良いですし、まだまだ教義について勉強しなければいけないところもありますし」
魔法の勉強かぁ……。目が覚めたとき、エミリアさんが新しい魔法を10個も20個も覚えていたら申し訳が立たないところだ。
エミリアさんの準備を無駄にするためにも、私も早く目覚めなければいけないなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、エミリアさんは朝から外に出掛けていった。
何でも大聖堂と図書館に行ってくるとのこと。
私はと言えば、ひとまずクラリスさんに簡単に事情を話しておくことにした。
神器云々はもちろん伏せておいたけど、しばらく寝込む旨を良い感じで伝えることができた。
「――かしこまりました。
私は存じ上げておりませんが、そういうスキルもあるのですね」
「うん。死にはしないだろうし、心配しないで大丈夫だから。
エミリアさんにも負担を掛けちゃうから、できるだけフォローをお願いしても良いかな」
「もちろんです。
……あの、こういうときに申し訳ないのですが……」
「え? うん、何でも言って」
「アイナ様が長期間お目覚めになりませんと、お屋敷の運営資金が枯渇してしまうので……こちらの検討をお願いしたく……」
――あ、そうだよね……。
1年分くらいのお金なら私のアイテムボックスに入っているけど、さすがに先に渡すにしては大金すぎるか。
私の部屋にお金を隠しておいて、エミリアさんにそれを渡してもらうっていうのも不用心だし……。
「お金の手持ちはあるんだけど、どうするかはちょっと考えておくね」
「申し訳ありませんがよろしくお願いします。
それ以外のことは、私共がしっかり対応しますのでご安心ください」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――お、アイナさん! 今日は依頼の受注かな?」
何となく錬金術師ギルドに行ってみると、今日は最初からダグラスさんに会うことができた。
テレーゼさんは他のところで別作業をしているらしい。
「いえ、今日はちょっと困り事というか――相談事に?」
「それは珍しいな。それじゃ俺が聞こうか?」
「あ、よろしいですか?」
「もちろんさ。俺はアイナさんの担当みたいなものだからな!」
私の担当……! それは何とも心強い響きだ。
私は応接室に通してもらって、そこでフェイクを入れながらダグラスさんに説明をした。
事情があって王都を離れること。(スキルの説明をするとややこしくなりそうだからね!)
その期間はどれくらいになるか分からないこと。(数日かもしれないし、1年かもしれないし)
お屋敷の運営資金は既に確保しているが、全額はさすがに置いていけないこと。
「――そんな感じなんですが、何か良い方法はありますかね……」
「うーん、アイナさんはしばらくいなくなるのか……。
依頼がまた滞る――のは置いておいて、寂しくなっちまうなぁ」
「いえいえ、そんな」
「テレーゼも毎日そわそわしてるからな?
さて、相談の話だが……やり様としてはとりあえず3つ思い当たったぞ」
「おお、そんなに!」
「どれもそんなに変わらないけどな。
銀行に預けるか、冒険者ギルドに貸し付けるか、錬金術師ギルドに貸し付けるか……だ」
あ、銀行ってこの世界にもあるんだ?
それじゃ銀行っていうのが一番イメージしやすいけど、残りの2つは何だろう?
「冒険者ギルドや錬金術師ギルドに貸し付けるって、何ですか?」
「そのままだぞ?
ギルドも商業活動をしているわけだから、手持ちのお金が多ければ多いほど良いんだ。
基本的にはいつでも受け付けているし、貸し出し期間も設定できる。
だからこう……毎月返済日が来るように設定しておけば、毎月お金を受け取れるってわけだ。それに、少しだけ利息が付くしな」
「おぉ……それは良いですね!」
「ちなみに利息は残念ながら、錬金術師ギルドよりも冒険者ギルドの方が少しだけ高いぞ。安定感もあるしな」
「いやいや、さすがに私は錬金術師ギルドにしますよ」
もしそうするのであれば――
と言い終わる前に、ダグラスさんは身を乗り出してきた。
「ほ、本当か!? さすがアイナさんだ! よし、そうしよう! 書類を用意するから待っていてくれ!」
「な、何でそんなに喜ぶんですか?
もしかして貸し付けにもノルマとかが――」
私の問いに、満面の笑みで何度も頷くダグラスさん。
――ああ、そういうのがやっぱりあるんだ……。
仕事って大変ですよね……。うん、分かる分かる……。