190.シェリルさんの消息
アルヴィンさんたちの姿が見えなくなるまで見送ったあと、不意に声を掛けられた。
「アイナちゃん、こんにちは!」
振り向くと、そこにはにこやかに笑うジェラードが立っていた。
前回もアルヴィンさんのあとに訪れていたから、今回ここに来た経緯は同じなのだろうか。
「こんにちは、今日も調達局を調べていたんですか?」
「いや、まぁ軽く? でももう一旦おしまいかな。
アイナちゃんのところに行き着いたんじゃ、そうそうおかしなことにはならないだろうし」
「それはどうも……。
せっかくですし、お時間あるならお茶でも飲んでいきませんか?」
「うん、ありがとう。
今日は調達局のことじゃなくてさ、アイナちゃんに話があったんだよ」
「あ、そうなんですね」
「ほら、例の頼まれていた件! しっかり調べてきたから♪」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジェラードを客室に通してキャスリーンさんにお茶を持ってきてもらう。
キャスリーンさんが退室したあと、2人になってから本題に入っていった。
「えぇっと、お願いしていたのは2件ですよね。
テレーゼさんの幼馴染の魔法の天才――シェリルさんの今の状況。
あとはうちのメイドさん、クラリスさんとキャスリーンさんが前に仕えていた場所のこと……っと」
「うん、そうそう。
話の流れ的に、シェリルさんの方からお話するね」
……話の流れ? んん、どういうことだろう?
まぁここは素直に聞くことにしよう。
「はい、お願いします」
「えっとね、シェリルさんは今……王城にはいなくて、とある貴族の屋敷にいるみたいなんだ」
「へぇ……? そこで雇われている感じです?」
「いや、うーん……。何というか、軟禁されているみたいなんだよね」
「は、はぁ? ……何か悪いことでもしたんですか?
いや、それなら牢屋ですよね。うーん……?」
早速、よく分からない状況である。
何とも予想外の展開だ。
「最初は王城で働く形だったらしいんだけど、まったく仕事をしなかったそうでね。
そこら辺の経緯から、その貴族に一任されて連れていかれたって感じみたい」
「それ、軟禁する必要はあります? 普通に解雇すれば良かったんじゃないですか?」
「いやいや。自分の利にならなくてもさ、他人の利になる場合があるでしょ?
実力のある魔法使いだから、自分たちの制御できないところには帰したくない……そう考えたんだろうね」
だからといって、それで軟禁っていうのもどうなんだろう……。
こういう人権的なところは、まだ発展が浅いのかな。奴隷制は結構しっかりしてるんだけど。
「……でも軟禁されているとはいえ、無事は無事なんですね。
うん、ひとまずは良かった……のかな?」
「そうだねぇ……。それじゃもう少し話を広げるんだけど――ここからはキャスリーンさんの話も混ざってくるから」
「え? 何でシェリルさんとキャスリーンさんが――」
そこまで言ってから察しがついてしまった。
シェリルさんが今いるのは『貴族の屋敷』。キャスリーンさんが以前働いていたのは『貴族の屋敷』。
つまり――
「うん、お察しの通り。
調べていてさ、何となくアイナちゃんが調査を頼んだ理由は分かったけど……あんまり無茶なことはしないでね?」
「もちろんですよ。積極的に何かやろうとかは考えていませんので」
「そう? でももし裏で何かやるなら、僕はちゃんと応援するからね。
調べていてちょっと……、僕にも思うところはあったし」
少し沈痛な表情を浮かべるジェラード。
私はキャスリーンさんの身体を見て知っているけど、ジェラードは現場を調べて知っているんだよね。
理解の程度は、もしかしたらジェラードの方が深いかもしれないのだ。
「――それで、今はどこにいるんですか?」
「グランベル公爵……この王国のね、魔法に詳しい家系の貴族サマの別邸にいるそうだよ。
別邸とはいっても王都からはすぐの距離だし、しょっちゅう帰っているみたいだけど」
「王都の外なんですね……?」
「珍しいことじゃないさ。
王都の中には本邸もあるけど、お城の近くだからそこまでは広くないしね。……アイナちゃんのこのお屋敷よりは広いけど」
「レオノーラさんに言わせれば、ここは『居住スペース』ですからね……」
「あはは♪ 高貴な方々からすると、そうみたいだねー。
僕としてはこのお屋敷も広すぎるけど」
「私はさすがに慣れてきちゃいましたけど……でも使ってない部屋の方が多いですからね。
……ところで、シェリルさんが酷い目に遭っていないかとかって分かります?」
「そこまでは調べられていないんだけど、キャスリーンさんみたいな扱いはされていないと思うよ。
もともとはシェリルさんの魔法の才能に用があったんだからね。酷いことをすれば、それはもう絶対に手に入らないわけだし」
「無理やりに言うことを聞かせるとかは……?」
「それを最初にやってダメだったのさ。
でもずっと手元に置いておけば何か変わるかもしれない。
例えばいつか、大切な人ができたときに――その人を盾にして、言うことを聞かせるとかね」
「んんん……。酷いですね……」
「偉い人は、庶民なんかよりも大きなものを見据えているから。
一人のしあわせよりも全体の利益――まぁ巡り巡って自分の利益になるんだけど」
その考えは分かるところもある。
偉い人はただふんぞりかえっているわけではなく(いや、そういう人もいるとは思うけど)、偉くない人よりも『責任』というものを多く持っているのだ。
……とは言ってもどこかに一線はあるわけで、今回の一線は私としては行き過ぎなものに思えた。
「――はぁ。最初は情報操作の魔法を使ってもらうために探す……くらいのつもりだったんですけどね。
何だか大きい話になってきました……」
「実力や才能がある人はそれだけ、その分だけしがらみができちゃうものだからね。
本人が望もうが、望むまいが」
「ちなみに、シェリルさんに会うことってできますかね……?
情報操作の魔法を――とかではなくて、ここまで聞いたら一回会ってみたいというか……。できればテレーゼさんとも再会して欲しいですし」
「んー、難しいんじゃないかな……。
でも、それに見合うものを交渉材料としてグランベル公爵に出すことができれば、もしかしたら……?」
「むむむ……。それじゃ何か、見合うものを探しておいて頂けますか?」
「うん、了解。
あ、ちなみに育毛剤はダメだからね。髪は自慢するレベルでしっかり生えているから」
「えー? この世界、上手くできていませんねぇ……」
「あはは♪ それじゃシェリルさんとキャスリーンさんの件は、今日はこれでおしまいね。
一応、グランベル公爵の本邸と別邸の地図はあとで渡すよ」
「そうですね、何があるか分かりませんし。ありがとうございます」
「次はクラリスさんが前に仕えていた場所だね。
これはガルネス子爵という貴族サマのお屋敷で、王都の中にあるよ」
「ふむふむ。……そこでは何か、酷いことがあったりしました?」
「いや、そういう話は無かったかな」
……あれ? そうするとクラリスさんに付けられてた十字の傷跡は?
『罪の証』
確かあのとき、クラリスさんはそんなことを言っていたっけ。
それが何かは聞かなかったけど、でもクラリスさんが『正しかった』ということは聞いている。
「うーん……。それじゃ、何か事件とかがあったのかなぁ……」
「事件? ああ、うん。クラリスさんから何か聞いていたの?」
「え? いえ、何も聞いていませんけど――」
「そうなんだ? ……そっか、守秘義務とかがあるもんね。
なんだかお金の横領問題が以前にあったそうだよ。関係者も何人か処分されたみたい」
「うわぁ……。こっちはこっちで、何というか別の問題が……」
「その中には、当時お金の管理を補佐していたクラリスさんも入っているんだ。
……アイナちゃんも、クラリスさんにはお金の管理を任せているんだよね?」
大丈夫? といった顔でジェラードが聞いてくる。
でも、私はクラリスさんの涙を知っているわけで――
「冤罪とか、責任を被せられたとかでしょう?」
「そういう話もあるけど、真相は探っていないよ。これももっと調べておく?」
「うーん……。それは大丈夫です。私はクラリスさんを信じるので」
「ふむ……。あのさ、アイナちゃんは――」
「甘い、ですか?」
「え? ……あ、うん」
「言いたいことは分かります。ご心配ありがとうございます。
でもちょっと、今は身近な人を疑いたくないんですよ。疑い始めると、どこまでも堕ちていきそうで」
「……それは怖いなぁ。うん、実に怖い。考え直して欲しいレベルで怖い」
「むむ……? んー……ああ、少し語弊がありましたね。
今は幸いなことに金回りは良いですし、お金のことで人を疑いたくないんです。
――ってことです!」
「んー、そっか。それなら何となくは分かるかも……」
「それは良かった!」
言い方ひとつ、話し方ひとつでずいぶん話が変わってしまうものだ。
でも私には甘っちょろさがあるから、普段は引き締めていかないといけない。
信じるところは信じる、疑うところは疑う!
当たり前のことだけど、これからは心に強く刻んでいこう。
そんなことを心の中で決心していると、ジェラードの独り言が微かに聞こえてきた。
「――まったく、リーゼは赦しておけないな……」