19.夜の帳②
5分くらい悩み抜いた挙句、ピコンと閃いた。
「そうだ! もしかしたら魔物の体内に抗体があるかも!?」
「え? こうたい……ですか? 何ですか、それは?」
「病気を抑えようとする――えぇっと、元気になろうとする力! ルーク、倒した魔物ってどうしたの?」
「はい、すぐそこに。暗くてよく見えませんが、あそこに放置しています」
ルークは暗がりを指で指し示す。しかし、夜の暗さでまるで何も見えなかった。
「むぅ。ちょっと一緒に来てもらって良い?」
「はい、では私が前を歩きますね。アイナ様は足元にお気を付けて」
私はルークと一緒に暗がりに進み、魔物の側に近寄る。
近寄って分かったのだが、そこには体長3メートルはあろうかという大蛇が横たわっていた。
「うわぁ……こんなの、よく倒したね……」
「大きさの割に思いのほか動きは速かったのですが、多勢に無勢でしたね」
ルークは何ということ無しに言う。さすが場馴れしているって感じだ。
「ところで魔物って倒したらどうするものなの? そのまま放っておくの?」
「ケースバイケースですが、魔物の部位が何かに使えるのであれば解体してその部位を確保します。
残った部位や、そもそも解体をしない場合は地面に埋めるのが一般的です」
話を聞いてみると、魔物の身体は腐ると瘴気や邪気を生み出すようになるらしい。
そのまま放置しておくとアンデッド化してしまうこともあり、その対応としては埋めるのが最も一般的だという。
死霊使いなどは地中に埋めてあろうがお構いなしに死霊術で復活させてくるらしいのだが、自然発生的なものはゼロに近くなるのだとか。
「へぇ……、アンデッド化ねぇ……」
とってもファンタジーな世界である。一度見てみたいとは思ったが、ちょっと怖そうだからすぐに見たくなくなった。
「この大蛇も明日の朝に埋めていこうと思っていたんですが――」
「そうだね。こんなに暗いんじゃ、夜の内に埋めるのも一仕事だもんね」
そう言いながら私は大蛇にさらに近付く。
もし大蛇の中に疫病の抗体があれば――、抗体は無くても何らか薬の素材になるものがあれば――……とは思うものの、大蛇を前に何をどうすれば良いのか分からない。
でも、何となく血の中にありそうなんだよなぁ……。
「ね、ねぇルーク?」
「はい、何でしょう」
「この瓶に大蛇の血液……取ってくれない?」
「血液、ですか? はぁ、少々お待ちください」
ルークは不思議そうに私の手から瓶を受け取ると、剣で大蛇に傷を付けて血液を採集してくれた。
「こちらでよろしいですか?」
「うん、ありがとう。……うわぁ、毒々しい色……」
見れば青黒い血液。瓶に入っているとはいえ、あまり触っていたくないくらいだ。
……なんて悠長なことも言ってられないし、とりあえず鑑定っ!
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【汚染された大蛇の血液】
様々な病原体で汚染された大蛇の血液。
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鑑定の結果がまた少し怖い。
……様々って、どんな感じなのかな……?
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【様々な病原体】
疫病375型、疫病8172型、疫病8173型、疫病8174型
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……。
この大蛇、病気持ちすぎッ!!
……っていうのは置いておいて、この血液で何か作れるものは無いかな? もしくは何かヒントになるもの……。
私はユニークスキル『創造才覚<錬金術>』に意識を傾ける。
えぇっと、あ。何か作れそう――
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【抗菌薬<375型>】
疫病375型を永続的に治癒する薬
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【抗菌薬<8172型>】
疫病8172型を永続的に治癒する薬
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【抗菌薬<8173型>】
疫病8173型を永続的に治癒する薬
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【抗菌薬<8174型>】
疫病8174型を永続的に治癒する薬
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――って、そのものズバリが来たッ!!
「出でよ抗菌薬ッ!」
バチッ!
いつもと違う感じの掛け声で即座に薬を作り出す。はい鑑定!
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【抗菌薬<8172型>(S+級)】
疫病8172型を永続的に治癒する薬
※追加効果:即効性(大)
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よしよし、良い出来!
私は早速ルークに声を掛ける。
「ルーク、薬が出来たよ! さっきの人に飲ませに行こう!」
「え、本当ですか!? さ、さすがアイナ様!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「すいません、そちらの方の状態はいかがですか?」
私が戻ると、怪我人の息は荒く、とても苦しそうだった。
「ああ、毒治癒ポーションの効果がやっぱり出なくてな……。かなり苦しがっているんだが、一体どうしたら良いのか――」
「薬を調合してきましたので、ちょっと失礼しますね!」
「え、薬? この症状、毒じゃないのか?」
驚く用心棒の一人を制し、呼吸が荒くなった怪我人の口に薬を流し込む。
「むぐ……。ごほっ、ごほっ……。はぁ、はぁ……すぅ……」
飲ませてしばらくすると、怪我人も心なしか表情が和らいだ気がした。
これでどうかな……鑑定っ。
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【状態異常】
衰弱(小)
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疫病が消えて、衰弱になった。
衰弱……かぁ。後は休んでおけば大丈夫かな……?
「ちょっと衰弱してますが、病気の方は治しましたのでもう大丈夫かと思います。
後はポーションで傷を治しておきますね」
「おお……ぶ、無事なのか……? え? それよりも今、病気って言ったか? ……病気だったのかい?」
「はい、あの大蛇が悪い病気を持っていたみたいで。病気というか、疫病で――」
……あれ? そういえばこれって確か、空気感染するとかだったよね?
一応、ここにいるみんなも鑑定しておこうかな。
……。
…………。
………………。
「――って、全員感染してるじゃないですか!! ちなみに私も!!」
「「「な、なんだってー!!!?」」」
このあと速攻で薬を作ってみんなに飲ませたよ。もちろん私もね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ようやくひと段落。
念のため大蛇と戦っていない人も鑑定したけど、疫病に掛かっていないことは全員確認済み。
一応みんなに事情を話して、それでも心配する人には薬を渡した。何かぎゃーぎゃー言う人もいて面倒だったし。
「――いやぁ、それにしても嬢ちゃんは凄かったなぁ!」
怪我人の横でひたすら看病をしていた用心棒の一人が豪快に笑って言う。
「いえいえ、そんな――」
「はい、アイナ様はとてもすごい錬金術師なのです。ここにいらっしゃらなかったら、全員どうなっていたことか――」
……ちょちょ!? ルーク、何言ってるの!?
「ははぁ、嬢ちゃんは錬金術師だったのか。それにしても状況を見て即座に薬を作るなんて、本当に信じられねぇよ!」
「そうでしょう、そうでしょうとも!」
ルークが満足そうに頷く。
こらこら、そろそろいい加減にしなさい?
――と。それはそれとして、ちょっと気になったことがあったんだ。
「ところでどなたか、あの大蛇が何か知っていたんですか? 戦ってる途中で『何でこんなところに』って聞こえてきたんですけど」
「ああ、あの大蛇はここから北のガルーナ村近くの沼地に住んでいる魔物でな。結構な強さなんだが、沼地から出て来ること自体が珍しいんだ」
「へぇ~、そうなんですかぁ……」
……うん? 何か引っ掛かるぞ?
「ガルーナ村の近くって……。その村って、もしかして疫病が流行ってたりしません……よね?」
私の投げかけた素朴な質問に周りの空気が一気に凍り付く。
あれ。もしかしたら、もしかする……の、かな?




