188.ある日のお茶会
昼食後、私とエミリアさんは冒険者ギルドに向かった。
ガルーナ村に、ガルルン茸を送る依頼をするためだ。
依頼の手続き自体は問題無く終わり、さてこれからどうしようかというところで――
「このあと、特に用事が無ければ大聖堂に寄ってみませんか?」
――というエミリアさんの提案があった。
「大聖堂に、ですか?」
「はい。レオノーラ様もアイナさんに会いたがっていましたし」
「あれ、それは嬉しいですね。特に用事は無いし、私は大丈夫ですよ」
「それでは早速向かいましょう!
アイナさんが来たときに出したいっていうお菓子があるらしいんですよー」
「……え? 目的はそっち?」
「ち、違いますよ! 違います!」
2回言わなくても、分かっていますって。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大聖堂のエミリアさんの部屋に行くと、以前来たときとは特に変わっていない様子だった。
しかし奥の部屋は順調に片付いているそうなので、奥の部屋にあったものは部屋を移動しているだけではなく、ちゃんと処分をされているということだろう。
奥の部屋に何があるのかは知らないけど、引き続き頑張ってもらいたいものだ。
……でも、ちょっとくらいは見てみたいかな?
とは言っても扉の前にはさりげなく布が被さってるし、見たらバレるだろうなぁ……。
そんなことを考えていると、エミリアさんがレオノーラさんを連れてきた。
「こんにちは。お久し振りね、アイナさん」
「お久し振りです、レオノーラさん」
「今日は素敵なお菓子を用意したのよ。エミリア様が恨めしそうな目で見るから、早く来てくれて助かったわ」
「あはは……」
早速のレオノーラさん節に何となく懐かしさを覚える。
最後に会ったのは『循環の迷宮』に行く前だったかな?
そのあとは何だかんだですれ違ってしまい、ずっと会えなかったんだよね。
お茶とお菓子の準備を終えて、3人でテーブルに着く。
話はレオノーラさんから始まった。
「――『循環の迷宮』では大変だったそうね。ひとまず皆さん、ご無事でなによりだったわ」
「ありがとうございます。まぁ、そうですね――」
「ところでアイナさん、お店の方はどうかしら?」
レオノーラさんは話を振った割に、早々に話題を切り替えてきた。
『循環の迷宮』での出来事は最後が面白くないものだから、一応のお見舞いを言った――くらいに収めたのだろう。
「えっと、お店はまだ開いていませんね。工房やお店と一緒にお屋敷をもらって、そっちでいろいろあったので」
「お屋敷? ……ああ、居住スペースのことね」
「……おぉう。あれが居住スペースですか」
「え? だって部屋数、20くらいなんでしょう?」
レオノーラさんが不思議そうに答える。
そうか、あのお屋敷はレオノーラさん基準では『お屋敷』では無いのか……。
ちらっとエミリアさんを見ると、一応フォローをしてくれた。
「一般的にあの大きさは十分に『お屋敷』ですから!
大丈夫ですよ、アイナさん!」
「へぇ、そうなの……?」
エミリアさんのフォローにも少し不思議そうな反応をするレオノーラさん。
これが王族の価値観というものなのだろうか……?
「そ、それでですね。あとは使用人を雇ったり、錬金術師の仕事をしていたりって感じです」
「あら、いろいろなさっていたのね。
それじゃお店はもう少し先なのかしら。知り合いにも結構、楽しみにしている方が多いのよ」
「知り合いって王族の方ですか? 錬金術師ギルド経由のものは順次対応しているのですが……」
「そうなんだけどね、やっぱり見ながら選びたいっていうのもあるのよ。
自分で依頼すると、新しい発見が無いでしょう?」
「うーん、確かにそういうところはそうですね」
ウィンドウショッピングとか、雑多に大量なものを販売している雑貨屋とかを思い描くと分かりやすいかな。
そういう場所では、確かに何とも言えない『探す楽しさ』があるよね。
――しばらく話を続けたあと、エミリアさんが少し席を外すことになった。
レオノーラさんと2人きりになるというのもなかなか珍しいことだ。
「ところでアイナさん、最近エミリア様はどうかしら?」
「どう、と言いますと? 特に変わった様子はありませんけど……」
「オティーリエ様が王都から離れているんだけど、何か変わりは無いかなって」
「あ、そうなんですか?
うーん、私はお会いしたことないですけど、エミリアさんはずいぶん苦手にしているようですからね……」
エミリアさんからその話は聞いていたものの、何となく聞いていない振りをすることにした。
レオノーラさんとオティーリエさんは仲が良いそうだし、あまり下手なことは言えないからね。
実際には『やったぁー!!』とか言って、めちゃくちゃ喜んでいたんだけど。
「まぁ、特に変わりが無いなら良いわ。
裏で『やったぁー!!』とか言って、めちゃくちゃ喜んでいそうだけど」
……っ!!
もしかして読心術……っ!!?
「まさか、エミリアさんがー。あはは……」
「私としては、お2人とも仲良くして頂きたいんだけどね。
でもやっぱりオティーリエ様は……独特と言うか、エミリア様の気持ちも分かるには分かるのだけど」
「レオノーラさんは、オティーリエさんと仲が良いんですよね?」
「ええ、大聖堂に来る前から――小さい頃から一緒だったし。
やっぱりそういうのも影響があるのかしら」
「そうですねぇ……」
「――さて、少し真面目な話になるんだけど」
「え、はい!?」
「ここだけの話に留めておいて欲しいんだけど。もちろんエミリア様にも内緒。
……約束できて?」
突然、真面目な表情になるレオノーラさん。
彼女を囲む雰囲気が今までとは一気に変わった感じがした。
「はい。な、何でしょうか……」
「実はオティーリエ様なんだけど、王族に伝わる試練を受けに王都を離れているの」
「えっと……はい」
それはエミリアさんから聞いている話だ。
レオノーラさんには知らない振りをしているけど。
「そのことに関してね、何かアイナさんが関係しているそうなのよ……。
具体的にはお話できないんだけど、試練の話になったときにアイナさんの名前が出たと聞いたわ」
「え、えぇ……?」
オティーリエさんが試練を受けることと、私に何の関係が……?
それも、王族の中での話でしょ?
「だからね、王族やオティーリエ様からの接触には注意した方が良いわ。
あの試練の内容なんて、アイナさんにはまったく関係ないはずなんだから――」
「……試練の内容って、どういうものなんですか?」
「ごめんなさい、それはさすがにお教えできないの。
でもね、アイナさんみたいな一般の方には本当に関係の無い話なのよ」
「うーん……。レオノーラさんは、何でそれを私に教えてくれるんですか?」
レオノーラさんは王族だ。
王族の中で話している内容を、一般の私に教えてくれる義理なんて無いだろう。
「アイナさんは、エミリア様の大切な方でしょう?
それなら私も大切にしたいわ。……まぁ、オティーリエ様とエミリア様の間で飛んでいるコウモリのようなものだけど」
そう言うと、レオノーラさんはため息のように息を吐いた。
彼女は彼女なりに、きっと2人の間を取り持ちたいのだろう。……エミリアさんの様子を見るに、それは難しそうだけど。
「ご忠告、ありがとうございます。できるだけ気を付けますね」
「本当にね。『循環の迷宮』のときみたいに油断したらダメよ」
「うわぁ、そこでそれを蒸し返しますか!」
「ふふふ♪」
私の返事に、レオノーラさんは優しく笑っていた。
口調は少し強いんだけど、やっぱり笑うと可愛い人だなぁ。さすが王族っていう感じだ。
「――ただいま戻りました!
あれ? レオノーラ様、楽しそうですね! 何のお話をしていたんですかー?」
「エミリア様のあんな話やこんな話よ」
「えぇっ、何ですかそれ!?」
そのあとも楽しく話をした――ものの、やはり気になるのはオティーリエさんのこと。
私とは接点なんて無いはずなんだけど、レオノーラさんの話は一体どういうことなんだろう……。
……まぁ、とりあえずオティーリエさんが戻ってくるまではどうしようも無いか。
でも私にも、何だか苦手意識が芽生えてしまったのは正直なところかな。