187.それは神の奇跡のような③
朝、柔らかな陽射しが窓から入ってくる。
何とも暖かく、そのままずっと寝ていたい気持ちはあるものの――今日もしっかり起きることにしよう。
ベッドから出てまずは大きく伸びをする。
んー……、今日も一日頑張ろう!!
さてと、まずは着替えて――
「……ん?」
視界の隅に、昨日作った『伝説キノコの菌床』が目に入る。
何となく遠目ながら、昨日とは違った雰囲気のような気がしてならない。
近くに寄って見てみると、菌床の上に小さなキノコができていた。
「お、おぉ……?」
え? もしかして、あれだけで上手くいっちゃった?
ひとまず鑑定しておこう。かんてーっ
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【ガルルン茸】
神の慈悲により人間に与えられた祝福のキノコ。
疫病への抵抗力を上げる薬を作ることができる
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………あれ?
一行目、何だか昨日と変わってない……? って言うかこれ、エミリアさんが創作してた文章パクってない……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――エミリアさん、お話があります」
朝食後、食堂を出てからエミリアさんを呼び止める。
そしてそのまま私の部屋に連行する。
「アイナさん、どうしたんですか?」
部屋に置いていた菌床を改めて確認すると、さっきよりも心持ちキノコが大きくなったようにも見えた。
「これをご覧ください」
「わっ、キノコ! ……もしかしてこれ、ガルルン茸ですか?」
「はい、昨晩ちょっと菌床――キノコを育てるやつを作ってみたんですが、昨日の今日でこれです」
「さすがアイナさん!」
「……といういつもの流れは置いておいてですね。
私がお見せしたいのはこちらなのです」
そう言いながら私は鑑定スキルを使い、宙にウィンドウを出した。
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【ガルルン茸】
神の慈悲により人間に与えられた祝福のキノコ。
疫病への抵抗力を上げる薬を作ることができる
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「鑑定なら昨日見ましたけど――……て、えぇっ!?」
「『神の慈悲により人間に与えられた祝福のキノコ』――って、何か見覚えありません?」
「……はい。何だか私、前半のところは昨日口走ったような……してないような?」
「してましたね!」
「ですよね!
……あれ、それが何で鑑定に出てくるんですか?」
「私も分かりませんけど、昨日エミリアさんが言ったあれですかね?
『大いなる存在』がそれっぽい名前を付ける――ってやつ。それが説明文にも反映される……?」
「えぇ……?」
「でもこれで、エミリアさんもガルルン教ですね!」
「むぐっ」
「ところでこの『神』って何でしょうね?
単にエミリアさんの創作に乗っただけなのか、本当に神様のご慈悲なのか……」
「これは難しいところですね……!
ルーンセラフィス教に照らし合わせて考えれば、絶対神アドラルーンと六属性の神々のいずれかになるのですが……何せガルルンですからね」
「はい、何せガルルンです」
「一応異教になるので、その名前を柔軟に取り入れるものか……。
もしかして本当にガルルン神がいらっしゃるのかも……?」
ガルルン神……ッ!!
そもそも最初からガルルン神がいて、私は知らず知らずのうちにその使命に巻き込まれた……?
いや、そもそも私が転生のときに会った神様の名前が『ガルルン』だったのかも……?
――それは何かイヤだなぁ。
「多分、絶対神アドラルーンがちょっとしたお茶目でガルルンの名前を使っただけでしょう。
うん、やっぱり深くは考えないことにしますか」
「絶対神アドラルーンが……ちょっとしたお茶目……。
私にはちょっと想像が付きませんね……」
仮に私が会った神様が絶対神アドラルーンだったとしたら――……少しくらいお茶目なことをしても、そんなにはおかしくなかったかも?
いかにも神様って感じではあったけど、何ていうか優しそうだったしね。めちゃくちゃおじいちゃん言葉だったし。
でもエミリアさんのイメージはと言うと、恐らくはきっととても厳粛な感じなのだろう。
何せ『絶対神』だからね。名前からして厳ついのだから、これは仕方ない。
「まぁ今度会ったときにでも聞いてみましょう。会えたらですが」
「あはは、そういうことにしておきましょう!
でも私、神様にお会いしたら多分失神しちゃいますよー」
「そう言うものですか?」
「そう言うものですよ!」
……ふむ、そう言うものなのか……。
でもそれって、怖いから失神――とかじゃなくて、感激して失神――みたいなことなんだよね?
そういう存在がいるっていうのはある意味、羨ましいかなぁ。
私なんて特にそういうものはないし――
あ、もしガルルン神っていう、ガルルンの見た目そのままの神様がいたら感激してしまうかもしれない?
でもそのときは失神するんじゃなくて、やっぱりパンチを入れちゃいそうだよなぁ……。
ガルルン神にはぜひ、そのパンチを優しく受け止めて頂きたいものだ。
「――さてと、そんなわけでガルルン茸は順調に進みそうです!
これ、ガルーナ村に送って育ててもらおうかなーって思うんですよ」
「なるほど。ガルーナ村の特産が増えますね……!」
「これと木彫りの置物で相乗効果を……! あとは美味しい野菜で疲れを癒して――」
「あれ、結構盛りだくさんになってきましたね。私、いま凄くガルーナ村に戻ってみたいです」
「そうすると、私とお別れになりますね!」
「ではやめておきます!」
「はい!」
エミリアさんと一緒にいられるのは、私が王都を発つまで。
そう言えばすぐに戻ってくる予定でも、それは『発つ』にカウントされるのだろうか。
……多分、カウントされちゃうんだろうなぁ……。
「それではガルルン茸はガルーナ村に送って育ててもらいましょう。
一応、死滅するのは避けたいから一部は私のアイテムボックスに保管しておくことにして……。
あとは『野菜用の栄養剤』を作って、手紙を書いて――」
「結構やることは多いですね。
それでは午後にでも冒険者ギルドに行ってみますか?」
「そうですね、そうしましょう。エミリアさんも付き合ってもらって良いですか?」
「はい、もちろんです!
いやぁ、それにしてもガルルン教が進み始めましたねー」
「ガルルン教というか、ガルルン茸というか……。
あ、メルタテオスのガルルン教のブースにも、このキノコを展示したいですね」
「キノコを展示……。木彫りの置物の横に、キノコを展示……」
ぶつぶつと考えながら言うエミリアさん。
そんなにおかしいかな――と思って私も想像してみると、何とも微妙な光景が想像できた。
「――やっぱり止めましょう。あのブースは、引き続きシンプル・イズ・ベストで」
「キノコを置いてしまうと、置物単体の良さが無くなってしまいますからね……。
では今回はガルーナ村にガルルン茸を送るというだけで!」
「はい! それじゃ、午前中に準備をしておきますので昼食後に向かいましょう」
「分かりましたー。そのあと、ガルルン教の法衣を作りに服屋さんに行きましょうね!」
「行きません!」
「行きましょう!」
「行きません!」
「行きましょう!」
「エミリアさんも作るのであれば!」
「むぐっ」
ふふふ、ルーンセラフィス教の司祭がガルルン教の法衣を作るわけにもいくまい。
さて、とりあえずそれは置いておいて、早速いろいろと準備をすることにしようかな。
よーし、頑張るぞー。