180.急なお客様
――そして1週間が過ぎた。
お屋敷のこともひと段落したし、ルークも修行に出ていってしまった。
何と言うか、ここにきて張り詰めていた緊張が一気に緩んでしまった――といったところだろうか。
それにしてもこの1週間、本当に何もしていない。
厳密に言えばクラリスさんから相談を受けて、お屋敷のこともやったりはしていたけど――これは言われてやっただけだし。
やることはやりつつも、自発的には何もしていないというか――
あ、いや。メイドさんたちにカフスボタンをプレゼントしたけど……まぁ、それくらいか。
ちなみにエミリアさんは最近、よく大聖堂の自分の部屋を片付けに行っている。
奥の部屋もようやく3歩入れるようになったと喜んでいたけど、それにしても奥の部屋って一旦どうなっているんだろう……。
そんなことを考えながらぼーっとお屋敷の中を歩いてみると、メイドさんたちが働いているのが見える。
日差しを求めてお屋敷の外を何となく歩いてみると、警備員さんたちが巡回しているのが見える。
何となく気が向いて裏庭に行ってみると、ハーマンさんも一生懸命に仕事をしている。
「――……うん。私もしっかり働かないと」
……となると、たまには錬金術師ギルドに行ってみるのも良いかな?
1週間も空いたから、依頼も少しは溜まっているはず――
「アイナ様!!」
お屋敷の方からの突然の呼び声に振り向くと、ミュリエルさんが走りながらやってきた。
「うん? どうしたの?」
「はい、お客様が見えられまして――
お城の使いということでしたので、ひとまず客室にお通ししたのですが……」
「え? 何かもう嫌な予感しかしないんだけど……」
……一体何の用事だろう?
工房やらお屋敷の使い心地を聞きにきた――とかではさすがに無いよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
客室に行くと、貫録のある壮年の男性が座っていた。
体格もかなり良く、何とも気圧されてしまいそうになる。
「――いらっしゃいませ、お待たせいたしました。
私がアイナ・バートランド・クリスティアです」
「突然の訪問、失礼いたします。
私はヴェルダクレス王国軍、第二装備調達局のアルヴィン・ビル・アボットと申します」
アルヴィンさんは立ち上がり、丁寧に挨拶をしてくれた。
それにしても――え? 王国軍……!?
ちなみに王都ヴェセルブルクはヴェルダクレス王国の首都。
辺境都市クレントスも、漏れなくヴェルダクレス王国の国土になるのだ。
「どうぞお座りください。それで、今日のご用件は……?」
「はい、今日はアイナ様に仕事の依頼をさせて頂きたく、参りました」
「仕事、ですか――」
コンコンコン
「失礼します」
ノックのあと、クラリスさんがお茶を持ってきてくれた。
――お茶出しをしている間の何とも言えない時間。
クラリスさんが客室を出ていくと、ようやく話が進み始める。
「このたび、緊急で爆弾を調達する必要ができまして――その製造を、アイナ様のところでお願いできないかと」
――爆弾!!
うわー、断りたい!
だって人を傷付ける気満々のアイテムでしょう!?
……あれ? いや、人、とは言ってないか。もしかしたら魔物討伐かもしれないし――
「えっと、魔物討伐用ですか? それとも対人用ですか?」
「汎用的に、どちらにでも使えるものが望ましいです」
――そりゃそうだ!
うーんうーん、でもあれだよ。
私が自由に何でもな感じで作っちゃうと、多分とんでもないものができちゃうよね?
それはさすがに渡したくないなぁ……。
「……申し訳ございません。
私は爆弾は専門外ですので、作れても一般的なものになってしまうのですが――」
「なんと!?
……ふぅむ、確かに薬関係と美容関係の実績が多いと聞いておりますからな……。
とは言え、作る物の多くが高品質という評判。それでは一般的なものをお願いいたしましょう」
あー、やっぱり折れてくれなかったか……。
「それではこちらに資料をまとめさせて頂きましたので、ご覧頂けますでしょうか」
アルヴィンさんから手渡してきた資料をもらって眺める。
『初級爆弾』――は作ったことがあるか。
あとは『中級爆弾』『高級爆弾』『爆裂矢』『焼夷弾』……その他諸々っと。はぁ、それにしてもいろいろあるもので。
「――『初級爆弾』と『中級爆弾』でしたらお受けできます。
それ以外は申し訳ありませんが……」
「むむむ、思ったよりも――……っと、いや、失礼。
それではその2つをお願いいたします。数量と報酬はこちらになります」
えぇっと……『初級爆弾』が200個、『中級爆弾』が100個……。
報酬は金貨40枚――っと。
「ちなみに、納期はいつになりますでしょうか」
「実は少し急ぎで必要なものでして……。1週間後には可能でしょうか」
さすがに素材が足りなくなるとは思うけど、ここら辺は錬金術師ギルドでも扱っているから大丈夫かな。
素材さえあれば、納期なんてあって無いようなものだからね。
「はい、問題ありません」
「では1週間後、こちらまで取りに伺います。代金はそのときにということでお願いいたします」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――疲れた」
「お疲れ様です。甘いお茶をお持ちいたしましょうか?」
アルヴィンさんが帰ったあと、そのまま客室でぐったりしているとルーシーさんが声を掛けてきた。
「ありがとう。一般的な甘さでお願いー」
「かしこまりました」
ルーシーさんが客室から出ていったあと、すぐにノックの音が聞こえてきた。
入ってきたのはクラリスさんだったのだが――
「アイナ様、お客様がお見えです。
ジェラード様ですが、お通ししてもよろしいですか?」
「ジェラードさん? うん、よろしくー」
――3分ほどすると、ジェラードが明るい表情でやってきた。
「アイナちゃん、こんにちは♪」
「こんにちはー。今日はお久し振りですけど、どうしたんですか?」
「ぶっちゃけて言うと、調達局の人がここに来たでしょ? そのお話を聞きに♪」
「ぶっちゃけすぎ!!」
「まぁまぁ♪ アイナちゃんの不利になることはしないからさ!」
「でも話すって言っても、特に何も聞いてませんからね?
むしろ大体は作らない方向で話をまとめましたし」
「あ、そうなんだ……。
うぅん、まぁ爆弾はアイナちゃんには似合わないからねぇ……」
「そこまで知ってるなら、本当に言うことが無いんですけど!?」
「あはは♪ 本当はさ、久し振りに近くに寄ったから遊びに来たんだよ。
ところでそろそろ、僕に何か仕事はできたかな?」
「もちろんです! ばっちり用意しておきましたよ!!」
ジェラードにお願いしたい仕事は2件。
1つ目はテレーゼさんから話のあった、彼女の幼馴染にして魔法の天才というシェリル・ヴィオラ・ブリストルさんの件だ。
王城に召し抱えて以来、テレーゼさんが会うことはなくなったそうなのだが――この子の今の状況を調べて欲しいこと。
2つ目はうちのメイドさん、クラリスさんとキャスリーンさんが前に仕えていた場所のこと。
うちの子を酷い目に遭わせるなんて、赦しておけないからね! ……いや、積極的に仕返しをするとかは考えてはいないけど……いつ何があるか分からないし!
「――ふむ、なるほど。
1つ目は……確かどこかで聞いたことがあるような……。うーん、でも思い出せないからまた調べてみるね。
2つ目はまぁ、僕に掛かればすぐだと思うよ!」
「さすが、頼りになります!
そう言えばオリハルコンの調査はどんな感じですか?」
「ああ、うん。王様が所有しているのは間違いないみたい。
でもそれだけでは足りないみたいで、王様の方でもいろいろ探しているみたいだよ」
「うーん、なるほど……。それじゃ、もらおうと思っても難しそうですね。
錬金術師ギルドの依頼でも、王国からの『賢者の石』が10年以上残っているそうですし」
「10年か……。うぅん、なかなか厳しそうだ。
さて、僕への仕事はその2つで良いかな?」
他のことと言えば、リーゼさんのことも気にはなるけど……私からはどうにも聞きにくいかな。
そう言えば1週間前はドタバタしていて、結局ルークに聞くこともできなかったんだよね。
……でも、それなら――
「――あの、リーゼさんのことなんですけど……」
「うん? 懸賞金も結構な額だし、早く捕まると良いね。
アイナちゃんの腹の虫も収まらないでしょ?」
……あれ? ……あれれ?
リーゼさんが裏切った話をしたあと、ジェラードが王都を離れたから――てっきり何かやってると思ったんだけど……。あれぇ?
「何かご存知じゃないんですか……?」
「……まぁ、実のところは僕も少なからず動いてはいるけどさ。
ところでルーク君はいるかな? 少し話しておきたいことがあったんだけど――」
「え? あ、ルークなんですけど、実は――」
ルークが1週間前に修行に出ていったことを伝えると、ジェラードは少し考えるように宙を仰いだ。
「――ふぅん……、修行にねぇ……。まぁ、それも壁ってやつかなぁ。
話を聞く限り、あの状況下では強さっていうか……うぅん、まぁ何ともかんとも、だね♪」
「あ! 何かはぐらかしましたね!?」
途中まで複雑な表情をしていたのに、最後はいつも通りの明るい表情。
隠すならもう少ししっかり隠して欲しいんだけど!?
「あはは♪ まぁここら辺は今度会ったときに話してみるよ♪ アイナちゃんは気にしなーい♪」
「むぅ……」
こうなるとジェラードは本当のところを話してくれないからなぁ。
ルークとジェラード、裏ではどんな話をしているのやら……。