179.ささやかながら
次の日の昼前に、奴隷の皆さんがうちのお屋敷にやってきた。
奴隷の皆さん――というのも何だかアレなので、今後は使用人の皆さんと呼ぶことにしよう。
さて、このお屋敷には使用人のための部屋が4つある。
1つ目はメイドさんたちの共同部屋。5人のメイドさんたちはここで暮らしている。
2つ目はメイド長の執務室。
メイド長にはお金の管理も任せているので、お屋敷の運営に必要なお金はここの金庫に入っている。
つまり使用人の部屋とは言え、結構重要な部屋だったりするのだ。
そして今使っていない3つ目の部屋はエイムズ家の皆さんに、4つ目の部屋は警備の人の共同部屋に割り当てることにした。
共同部屋の中には一応仕切りがあるし、最低限のプライバシーは保てるだろう作りにはなっている。
……何と言うか、ネットカフェの延長って言う感じかな?
警備の人の共同部屋が男女混合になってしまうのは少し気になるものの、奴隷界隈では普通のことらしい。
うぅん、元の世界の常識を持ってきてはいけないのだろう。まぁ大丈夫って言うなら大丈夫なんだよね。
今日来た9人にはひとまず部屋に荷物を置いてきてもらって、そのあと食堂に集まってもらった。
食堂にはいつもの通り長いテーブルが置いてあるものの、椅子は取り払われて部屋の隅に並べられている。
そしてテーブルの上には、うちのメイドさんたちが腕によりをかけて作ったパーティメニューが並べられている。
つまり今回は、ささやかながらに立食の歓迎パーティをしようかなと――そんな趣向である。
「――はい! 皆さん、注目っ!」
部屋の一番奥で手を一回叩いて注目を集める。
この場にいるのは私とルーク、エミリアさん。メイドさんが5人。エイムズ家の4人と、警備の5人の――
……何と17人! うぅん、何とも大所帯になってしまったものだ。
「今日はささやかではありますが、歓迎会を開かせて頂きます。
メイドの皆さんも、準備をありがとうございました。ここからはセルフサービスにしますので、一緒に食べていってくださいね」
『え? そうなんですか?』と言った感じで驚くメイドの皆さん。
でも、たまにはこういうのも良いでしょ?
「それでは飲み食いしながら、自己紹介をそれぞれお願いしますね」
そう言った途端、とりあえずエイムズ家のダリル君とララちゃんが料理に手を出し始めた。
ハーマンさんとダフニーさんは止めようとしながら私を気に掛ける素振りを見せたが、『そのままどうぞ』という感じで素振りを返す。
子供のこういうところ、私は結構好きだからね。
「では改めまして私から――
この屋敷の主、アイナ・バートランド・クリスティアです。
S-ランクの錬金術師ですので、そちらでご相談がありましたらお気軽にどうぞ」
次はルークに――と思ったら、ルークはエミリアさんに先を促した。
ルークって、さり気なくこの序列を気にするときがあるんだよね。ルークは私の下だから、私の純粋な仲間であるエミリアさんよりも下――って言うのかな。
「では2番目に失礼いたします。
私はエミリア。大聖堂に仕える司祭なのですが、旅をしていたアイナさんと知り合いまして、ずっとご一緒させて頂いています」
「私はルークです。
アイナ様とは辺境都市クレントスでお会いしまして、以後お世話になっております」
次は知り合った順ということで、クラリスさんに振ることに。
「初めまして、皆さま。このお屋敷のメイド長を任せて頂いている、クラリスと申します。
日々の業務でお話することが多くなるかと思いますが、何卒よろしくお願いいたします」
「私はマーガレットと申します!
えーっと、えーっと、あの――……はい!!」
「私はミュリエルと申します。身体を動かすのが得意なので、そういう困りごとがあればお申し付けください!」
「私はルーシーと申します。細かい仕事が得意ですので、何かありましたらご相談ください」
「私はキャスリーンと申します。アイナ様には大変お世話になっております! 今後とも頑張らせて頂きます……っ!!」
キャスリーンさんはキラキラした目で私を見ている。
いやいや、私にじゃなくて、新しい人に向けて言ってくださいね?
「初めまして、私は庭木職人のハーマンと申します。
横の3人は私の家族なのですが、これから一家でお世話になることになりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「ハーマンの妻、ダフニーと申します。
しばらく病気を患っていたのですが、このたびアイナ様に治して頂きまして……。
その上、一家揃って雇って頂けて、本当に、本当に感謝に堪えません……ぐすっ」
「ダリルです! ララのおにーちゃんをしてます!」
「ララです! ダリルおにーちゃんのいもうとです!」
おお、やっぱり子供は可愛いなぁ……。心がほっこりしてくるよね!
そして次は警備の人の順番に。
「アタシはディアドラって言います。
警備のメンバーのリーダーを任せてもらったので、何かあれば教えてください。
こいつらが何かしでかしたらとっちめ――……あ、対応しますので」
「俺の名前はカーティス!!
世界一の冒険家の夢は破れたけれど、この屋敷で世界一の警備員になるぜ!!!」
……どうやって? って言うツッコミは無粋だろうなぁ。言わないでおこう。
「僕はランドルです。エミリアさんとは違う信仰かと思いますが、聖職者をやっていました。
簡単ではありますが魔法も使うことができますので、お役に立てることがあれば教えてください」
「わ、私はサブリナです!
女性が多いようですので、警備のことで男性メンバーに言いにくいことがあれば私――か、ディアドラさんまでお願いしますっ!!」
「………………レオボルト」
――はい、これで全員が自己紹介したかな? うーん、それにしてもこれだけの人数が並ぶのは壮観なものだ。
「皆さん、自己紹介をありがとうございました。
それでは食事を続けながら、引き続きご歓談をお楽しみください!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部屋の片隅でオレンジジュースをまったり飲みながら部屋の様子を眺める。
とりあえずレオボルトさんが、別の片隅で一人で何かを飲んでいるのが目に付いた。
うーん、ブレないなぁ……。いや、急に明るいキャラを出してきたら、それはそれで違和感があるんだけど。
部屋の真ん中くらいでは、クラリスさんとディアドラさんが話していた。
メイド長と、警備のリーダー。今後やり取りする機会は多いだろうから、そういった関係の組み合わせなんだろうな。
その近くではキャスリーンさんとダフニーさんが話していて、その横ではハーマンさんが一緒に話を聞いていた。
その下ではダリル君とララちゃんがキャスリーンさんを見上げている。
しかしあのダリル君の目は――憧れのお姉さんに想いを抱いている感じの目じゃない?
キャスリーンさんはとっても可愛い人だし、それも無理も無いかな。ふふふ、何だか心が凄く和んできた。
ミュリエルさんは一人で食事をとりながら、どこか宙を見ながら何かを考えている。
……あれも料理勉強の一環なのだろうか。味は舌で覚える! ……みたいな。
残りの人はカーティスさんを中心にして、賑やかに語られる彼の冒険譚を聞いているようだった。
それにしてもこうして見ていると、何ともいろいろな人がこのお屋敷に集まってきたものだ――
「――アイナさん、何を呆けているんですか?」
カーティスさんの輪に入っていたエミリアさんが、いつの間にかこちらに来ていた。
「いえ、人がたくさん増えたなーって。そんなことをまったり思っていました」
「あはは。本当に……ですね。
1か月前はまだ王都にも着いていませんでしたし、まさかこの短期間でこんな状態になるなんて――不思議なものですね」
「ああ、まだそんなに時間が経っていないんですよね。
どうにも王都に来てからやることが多くて……。でもこれでようやく落ち着きますし、これからはやっと例のアレですよ!」
「例のアレですね!」
一応伏せて言ってみたものの、エミリアさんには問題無く通じていた。
例のアレ――つまり神器作成である。
「あ、そうだ。警備の人が入ってきたあと……これからの話なのですが」
「え? はい」
「ルークが一時的にパーティから外れることになりました。
最近は冒険をしているわけでも無いので、影響はあまり大きくは無いと思うんですけど……」
「あ、そうなんですか? 何でまた……?」
「リーゼさんの一件で、もっと強くなりたいということで――
しばらく修行のために外れるって感じです」
「ふむぅ、なるほど……。
それでは私がルークさんの分まで、アイナさんをお護りしないといけませんね!」
エミリアさんがガシッと私の手を取ったとき、後ろからルークの声がした。
「はい、ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします」
「ひゃぅ!?」
「いつの間に!?」
「いえ……。エミリアさんがアイナ様のところに行ったので、少し気になってしまって。
今日の午後に警備の方にお屋敷を案内しますので、明日の朝から出掛けさせて頂きますね。
……早速で申し訳ございません」
「いえいえ。ところで、明日の夕飯はどうする?」
「……アイナさん、それって何だかお母さんみたい……」
「なっ!?」
……確かに自分の記憶を紐解けば、昔そんなことを言われた記憶もあるような。
それにしても、この台詞は全世界共通のものなのか……。
「――そうですね、毎日戻ってきたいところではありますが、修行に集中したいと思いますので……しばらくここには戻らないことにします」
「うーん、了解。……でも、大きな動きがあったら教えてね?」
「分かりました。そのときはご報告に上がります」
――新しい人が一気に増えたものの、今までいてくれた人が減ってしまう。
いずれは戻ってくるのだけれど、やっぱりこういう変化があると時間の流れを感じてしまうものだよね。
考えるほどに、どうにもしんみりとして困ったものだ。




