177.新しい使用人②
その後、ピエールさんの用意した馬車に乗って街を移動する。
街の中心部から外れる方へ30分も揺られていくと、『ピエール商会』という看板が掲げられた広い場所に着いた。
結構な数の人たちが話をしたり、荷物を運んだり、集まったりしている。
「――おお、ここがピエールさんの本拠地ですか」
「いえいえ、ここは単なる流通の中継地点の1つでゴザイマス」
「えぇ……? ……つまり、ここだけじゃないってことですか……。凄いですね……」
「お褒め頂きありがとうゴザイマス。
それでは奴隷の斡旋はあちらの建物にナリマスので、もうしばらくこのままでお願いイタシマス」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後さらに5分ほど馬車に揺られたあと、馬車を降りてある建物に連れられていく。
『奴隷の斡旋』とは言うものの、そこはそれなりに綺麗な建物だった。
そしてある部屋に通されると、中には大人の男女と子供の男女が1人ずつ、合計4人が座っていた。
「――アイナ様、こちらが今回ご紹介するエイムズ家の皆さまデス。
エイムズ家の皆さま、こちらお話していたアイナ・バートランド・クリスティア様でゴザイマス」
ピエールさんからの紹介に続き、私も自己紹介をする。
「はじめまして、アイナと申します」
「本日はお目通りの機会を頂きまして、誠にありがとうございます!
私はハーマン、そして妻のダフニー、子供のダリルとララでございます」
ハーマンさんがそう言うと、その言葉に続いて3人がお辞儀をした。
うん、なかなか感じの良さそうな人たちじゃないかな?
「ハーマンさんは庭木職人をされておりマシテ、一通りの仕事は問題無く行うことがデキマス。
特に問題が無ければこのまま契約へと進ませて頂きマスガ――」
「……コホッ」
話の途中、ダフニーさんが軽く咳をした。
「そういえば、ダフニーさんってご病気なんでしたっけ……?」
「は、はい! ですが今は小康状態を保っておりまして……っ!!」
私の言葉に反応したのはハーマンさんだった。
あれ、ずいぶんと焦っている……? それに、他の3人も急に恐縮した感じになっちゃったけど――
「アイナ様。問題があるようデシタラ、他の奴隷にいたしマスカナ?」
ピエールさんの言葉に、ダリル君とララちゃんがダフニーさんのスカートを心配そうに掴んだ。
――ああ、なるほど。病気を理由に契約できないことを恐れたのか。
「あ、いえいえ。軽い気持ちで聞いただけですよ!」
そう言いながらダフニーさんを鑑定する。
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【状態異常】
呼吸器障害(中)
血流不全(小)
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……ふむ、初めて見るものかな。
えーっと……『創造才覚<錬金術>』――っと。
んー、これはいけそうだ。
せっかくのご縁だし、ちゃちゃっと治してあげよう。
れんきーんっ
バチッ バチッ
「ほわっ!?
アイナ様、こちらの瓶は何でゴザイマスかな?」
突然私の手元に現れた2つの瓶を見て、ピエールさんが驚いた。
「私、アイテムボックス持ちなんですよ。
ちょうどダフニーさんに効きそうなお薬がありましたので、出してみました」
「ほぉ……。さすが、有名な錬金術師サマでゴザイマス」
「――というわけで、もしよろしければ飲んでみてください」
そう言いながらダフニーさんに瓶を2つ渡す。
彼女は彼女で、ハーマンさんと心配そうに目線を交わしていた。
「あ、あの……、アイナ様……。私共は薬代をお支払いする余裕がありませんで……」
おずおずと言うハーマンさん。
そう言えば薬代を払うために借金をしていたんだっけ。
「無料で良いですよ。これからお世話になりますので」
「な、なんと……? ありがとうございます。
それでは後で――」
「あ、結果が気になるのでここで飲んじゃってください」
「え? 結果……?」
……ん? 何かおかしいこと言ったかな?
「あなた……せっかくのアイナ様のお申し出ですので、頂くことにしますね」
「そ、そうか……?」
心配そうなハーマンさんを横目に、ダフニーさんは2つの薬を両方飲み干した。
それじゃ、かんてーっ
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【状態異常】
なし
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……うん、ばっちり!
「はい、治りましたのでもう大丈夫です。それでは契約をお願いしますね」
「は……?」
「……おかーさん、治ったの?」
「……もうだいじょうぶなの?」
私の言葉に、不思議そうに声を出すエイムズ家の3人。
ダフニーさんは自身の胸を押さえながら、少し深呼吸をしてから――
「……うそ……、苦しいのが取れました……」
ぼそっとつぶやいた。
「――ふむ。エイムズ家の皆さま、こちらのアイナ様はS-級の錬金術師サマなのデス。
世界の最高峰の、貴重な薬を頂けマシタナ」
さり気なく私のアピールをするピエールさん。
実際のところ、こういう展開を読んでこの家族をあてたでしょ……。私も何となく、そう思いながら乗っちゃったけど。
「おお……実力のある錬金術師様とは伺っていましたが、まさかそこまでの方だったなんて……。
ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
「アイナ様……。この病気、一生治らないものと思っておりました……。
このご恩に報いるためにも、精一杯働かせて頂きます……!」
「はい、よろしくお願いしますね」
うん、やっぱり感謝されるというのは気持ちの良いものだね。
でも、それにしても――
「ところで、今まではどういう薬を買っていたのですか?」
「あ、はい……。
誠に申し上げにくいのですが、錬金術では有効な薬を作れないと言われてしまったので……霊験あらたかな祈祷を捧げた特殊な――」
――ああ、そういう感じか。
ジェラードの右腕のときも、効かない薬を延々と買わされていたんだよね。
弱みに付け込む人なんて、どこにでもいるものなんだなぁ。
「……なるほど、今まで大変でしたね。
これからはもう大丈夫ですので、ご安心ください」
「はいっ! ありがとうございます! これから、よろしくお願いいたします!!」
ハーマンさんの大きな声とお辞儀に、他の3人も続けてお辞儀をした。
それを見て満足そうに頷くピエールさん。
――……いや、何であなたが満足そうなんですか。