17.割と重要な問題
部屋の窓から朝日が射し込む。その暖かい光の中で私は目が覚めた。
「ふわぁ~、朝だー……」
時間としては朝7時頃。乗り合い馬車の出発時間は9時。
準備をしてから食事を取ってもそれなりにゆとりのある時間だ。
ぼんやりしながら身支度を済ませ、食堂に向かうべく部屋を出る。
「おはようございます、アイナ様」
「う、うわああああぁあああっ!?」
出た瞬間、既に身支度を済ませたルークさんに声を掛けられる。
まさかのタイミングでの登場に、油断していた私はとても驚いたわけで。
「え? あ、アイナ様? どうされました?」
ルークさんは慌てて言葉を繋ぐ。
「あ、いえ、ごめんなさい。いや、誰もいないと思っていたので、ちょっと驚いてしまって」
胸に手を当て、呼吸を整えながらルークさんに答える。
「そうでしたか、申し訳ありません。……では、明日からはもう少し離れたところで警護させて頂きます」
……え? 警護?
「えぇっと、ルークさん? 警護って、何のこと?」
「アイナ様が怪しい連中に襲われないように、部屋の前で警戒に当たっていたのです」
「……え? 何で?」
野営ならともかく、宿屋の中でそういうの要る?
というか――
「もしかしてルークさん、一晩中そこにいたんですか?」
「ははは、そんなわけないじゃないですか」
ルークさんは笑いながら否定する。
ですよねー、良かったー。
「当然のことながら、宿屋の外も2時間に1回、見回りましたよ」
ちょ、ちょっと待てーっ!!!!
「な、何でそんなことやってるんですか!?」
「それはもちろん、アイナ様をお護りするために――」
ルークさんは少しきょとんとしながら言葉を続ける。
「えっと、私を一生? 護ってくれるのは良いんですが、これはちょっと違う気がします!」
「そ、そうですか!?」
「多分、もうちょっと大局的な観点かと思います! ほら、敵対勢力に対峙しているときとか、私の周りがみんな敵になっちゃったときとか!」
「日々の警護は入らないんですか……? うーん、それでは明日からは違うことをしていますね」
「ちゃんと寝てくださいよ!」
「分かっています、ご安心ください!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、宿屋の食堂で朝食を取る。
メニューは野菜が少し入ったスープとパン、それにベーコンみたいなお肉。
私には十分な量なんだけど、ルークさんには足りるのかな?
「ルークさんって、その量で足りるんですか?」
「……もう少し……あ、いえ、腹八分と言いますし、大丈夫です」
うーん、おかわりも無さそうだし、昼食でたくさん食べてもらおうかなー……と思ったところで、あることに気付いて問い掛ける。
「そういえば、ルークさんと私って結局どういう関係なんでしょう?」
「アイナ様は私の主です。私はアイナ様の従者です。つまり、主従関係になります」
「ですよね、うん。昨日の流れからして、そうなりますよね」
私はとても納得のいったように頷いた。
「それが何か?」
「ああ、いえ。これからの旅費とか食費ってどうするのかなと思いまして」
「――ッ!!」
私の言葉に、ルークさんはびくっとする。
「私が主ってことなら、ルークさんの分もしっかり出さないとなって、そういうことですよ!」
「は、はい。ありがとうございます。いえ、しばらくの分なら蓄えはあるのですが、これからずっととなると……はい」
ルークさんはどこか緊張した面持ちで答える。
「そういえば今更ですけど、クレントスには戻らなくて良いんですか? お仕事、ありますよね」
「あの、実は……辞めてきました」
「えぇ?」
――とは言ったものの、昨日の決心を見ているのであれば納得の行動ではある。
「でも同僚の方が、出発の日に『ルークさんは非番』って言ってたんですけど……」
「ああ、あれはちょっと口裏を合わせてもらっていて……。余計な情報がアイナ様の耳に入らないように……ですね」
なるほどなるほど。
結局のところ、ルークさんはその日までに色々捨てちゃったんだね。私なんかのために。
色々と複雑な気分だけど、そこまでしてくれるなら私も報いてあげないと。
「うん、大丈夫です。そこまでしてくれてありがとうございます。ルークさんの食い扶持くらい、私が稼ぎますから!」
「おお……」
ルークさんは救いの手が差し伸べられたような、感動の声を漏らす。
「ついでと言ってはなんですが、私のお願いを聞いてくれませんか?」
「お願い? なんでしょう?」
「私はアイナ様の従者です。つまり、下の者になるわけです。私に対して敬語と『さん付け』を止めて頂けないでしょうか」
むむ……、そう来たか……。
「えぇっと、どうにも慣れないんですけど――」
「始めなければ慣れません! どうか、よろしくお願いします」
うぅーん、でもルークさんの言うことも一理あるからなぁ……。
「え、えぇっと。それじゃ、ルーク……、で、良いの……かな?」
たどたどしく言う私の言葉に、ルークさん……もとい、ルークの顔がぱぁっと明るくなる。
まぁ、そういう関係になっちゃったわけだし仕方ないか。そう思って諦めることにした。
「はい、ありがとうございます! 今後はそれでお願いします!」
「あー。でも、必要があれば敬語を使いま……使うからね? ほら、立場を誤魔化すときとか!」
「そういう場合は問題無いかと思います!」
そんなときのことまで考えてるとはさすがアイナ様! みたいな顔で、ルークはうんうんと頷いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴトゴトゴト……。
馬車は細かく揺れながら、街道を走る。
「ルーク、これからのお話をしたいんだけど、良いかな?」
「はい、喜んで」
私はクレントスで買った地図を出して、ルークと一緒に覗き込む。
「王都まで一気に行くつもりだったんだけど、えーっと……お金のアレコレで、一旦ここの……鉱山都市ミラエルツに滞在しようかと思うの」
旅費と食費が倍になるのは流石に想定外だったため、途中の街で金策をしたくなったのだ。
それに鉱山都市って言うくらいだから、色々な金属をゲットできるかもしれないし。
「なるほど、とても良い考えだと思います。ここは鍛冶屋も多いですし、装備を整えるにも良い場所ですよ」
「へー、ルークは行ったことあるの?」
「はい、仕事で年に1回くらいは行っていました。少しがさつな連中が多いので、アイナ様には気を付けて頂きたいですが」
「あはは……。うん、気を付けるよ」
鉱山都市ミラエルツに着くのは明後日の夕方頃。
今日の夜は野営らしいから、そこがちょっと踏ん張りどころかな。




