163.うちのメイドさん④
次に入って来たのは5人目のメイドさん。
金髪のツインテールで、少し背の小さな女の子。おお、可愛い。
「失礼します。アイナ様、お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
メイドさんは静かにカップを置いて、私の横に座った。
「――ん?」
「はい、何でしょうか」
そのメイドさんは私をまっすぐに見つめてくる。
うわぁ、この可愛さは破壊力がまずい。私、女の子で良かった。まだ耐えられる。
「ううん、何でも。それじゃ、頂くね」
ひとくち口に含むと、とても美味しい味が口に広がった。
そうそう、私が求めていたのはこれなんだよ、うん。
「前の2人がとんでもないお茶を出したそうで、大変申し訳ございませんでした。
今後はこのようなことが無いように――」
「ああ、いやいや! そんなに畏まらないで大丈夫だよ!」
「……お心遣い、感謝いたします」
メイドさんは畏まって言った。
むむむ、緊張感がどうしてもまだあるなぁ。
「ところであなたのお名前は何ていうの?」
「はい、私はキャスリーンと申します」
「改めまして、私はアイナです。これからよろしくね。
皆に聞いているんだけど、ここで働くにあたって何かあるかな。希望とか、要望とか」
「いえ、特にはございません」
「……あ、そう?」
むむ、話が即終了してしまった。
それにしても可愛い子だ。でも何と言うか、どこか哀愁が漂っているというか……。
それがますます目を引くというか、そんな感じではあるんだけど――
「キャスリーンさんはここにくる前、他のお屋敷にいたの?」
「はい。とある貴族様のお屋敷におりました」
「ふぅん? それで、何でうちにくることに?」
「はい、突然お暇を頂きまして」
「……え? 人数の調整とかかな」
「はい、そのようでした」
ふむ、それじゃ私としてはラッキーってことかな。
何だかキャスリーンさんは完璧なメイドさんの雰囲気をしているし――いや、何故か隣に座っていること以外は。
「ところで、前のお屋敷ではこんな風にご主人様の横に座っていたの?」
「はい。アイナ様もご自由になさって頂いて構いませんので……」
「え? 自由って、何を?」
そう答える私の顔を、不思議そうに眺めるキャスリーンさん。
しばらくして、何かに気付いたように言葉を続けた。
「……大変失礼しました。アイナ様は女性の方ですし、やはり男性がよろしかったですよね……」
そう言いながら、彼女は悲し気に俯いた。
……しかしその台詞と仕草ですべてを察してしまった。ああ、この世界でもそう言うことがやはりあるものか。
それにしても、初めて見る彼女の感情の変化がこれだなんて――
「……ちょっと、脱いでくれるかな? 嫌ならいいけど」
「……はい。嫌だなんて、滅相もございません」
キャスリーンさんは立ち上がり、服を脱ぎ始めた。
その行動に、ためらいはまるで無い。それがさも当然のように。
キャスリーンさんが脱いでいくと、綺麗な色の肌と共に、無数の傷が姿を現した。
痣などは無いものの、これは――
「ごめん、もういいよ」
「あ……。も、申し訳ございません、このような身体で……」
キャスリーンさんは少し声を震わせながら、唇を噛み締めた。
「ううん、ごめんね。つらいことをさせちゃったね。
……あのさ、このお屋敷ではそういうことはしないし、誰にもさせないから。安心して?」
「……え? それでは私は、何のためにこのお屋敷に――」
「え? メイドさんでしょ?」
「はい、メイドの仕事とはそういう――」
「いやいや、違うから! お屋敷のことをしてもらうだけで、そういうのは無いから!」
つい荒らげてしまった私の言葉に、彼女は尚も不思議な顔をする。
今までどんなところにいたんだ……。
「私が、こんな身体だから……ですよね?」
「ああもう、違うから!
キャスリーンさん、その傷はあった方が良いですか? 無い方が良いですか?」
「……無い方が、良いです……」
「では治しちゃいますよ!」
「……え?」
何かに苛立った! というか前の主人に苛立った!
こんな傷、一方的に残した心と身体の傷……!
心の傷はすぐには無理だけど、せめて身体の傷くらいは――
私はアイテムボックスから杖を取り出し、そして安寧の魔石を付ける。
変な音が立つから歩かないようにはして――……『英知接続』からの『創造才覚<錬金術>』!!
――――――――――――ッ!!!
『英知接続』の反動、強烈な頭痛のあとに、私の欲しい情報が現れた。
以前使ったときよりもかなり強い痛み。でも耐えられないほどでは――まだ無い!
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【『皮膚再構成の軟膏』の作成に必要なアイテム】
・竜の血×1
・高級ポーション(S+級)×1
・疫病ウィルス<6822型>
・純水×1
・ワセリン×1
・容器×1
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『皮膚再構成の軟膏』……平たく言うと傷をきれいさっぱり治す薬!
材料が何だかふざけたものばかりだけど、何だこの構成は……。
でも全部いける! それじゃ早速――れんきんっ
バチッ
いつもの音と共に、軟膏の詰まった容器が私の手に現れた。
「あの……アイナ様、いかがなさいましたか……? 顔色が優れないようですけど――」
「こっちよりもそっち!」
「は、はい!? も、申し訳ございません……」
「それじゃ、腕出して」
「はい……」
キャスリーンさんはおずおずと右腕を出した。
腕の下の方には傷はほとんど無いものの、二の腕の上の方から肩にかけてはもうたくさんの傷がある。
それは見ているだけで痛々しくて、胸が裂かれるような思いが生まれる。反動の頭痛がどうのなんて、今は言ってる場合ではない。
「それじゃ、治しちゃうよ!」
「え?」
私も初めて作った薬だから緊張するが、自分の指に取ってキャスリーンさんの肌に擦りこんでみる。
すると熱を発すると共に、傷が綺麗に消えていった。
「――どうかな。体調、おかしいところはない?」
「はい。とても熱いですが、他には――」
そう言いながら、キャスリーンさんは綺麗になった自身の肌を見て驚いた。
そして次の瞬間には、涙をたくさん零し始めた。
「……それじゃ、どんどん治しちゃうね。熱を持つみたいだから、辛くなったら言ってね?」
「は、はい……。……うぇぇ……、ひっく……、ひっく……」
彼女の嗚咽が聞こえる中で、彼女の全身――服に隠される場所に刻まれた傷を治していく。
自分の欲望のために他人を傷付けるなんて、私は赦せない。絶対に赦さない。
そんな憤りを、激しく覚えながら。