161.うちのメイドさん②
私とクラリスさんは業務的な話を終え、続けて雑談をしていた。
「――それにしても、お屋敷を持つっていうといろいろあるものだね」
「はい、規模が大きいほどやることが増えます。
アイナ様は今までどちらにいらっしゃったんですか?」
「今まで? クレントスから王都に来たんだけど、ほとんどは宿屋暮らしだったかな」
「そうでしたか、なかなか気が休まらなさそうですね……。
それではアイナ様が十分にくつろげますよう、私共も気を引き締めて参ります」
「うん、ありがとう。
ところでクラリスさんは以前、どういうお屋敷にいたの?」
「あ……ピエール様から伺っておりませんか?」
「特には……」
一瞬、クラリスさんからためらいの空気が感じられた。
んん? 聞いたらまずいことだったかな……?
「……お名前は出せないのですが、とある貴族様のお屋敷におりました。
事情によりお暇を頂いた直後に、ピエール様からこのお屋敷の打診がありまして……」
「おお、タイミングが良かったのかな」
「そうですね……そう、思います」
うん? 何だか言い方が少し引っ掛かるけど――
「心配ごとがあったら何でも言ってね? できるだけのことはするから」
「は、はい! そのお心遣いだけで十分嬉しいです!
……それではそろそろ、私は別の業務に戻ってもよろしいでしょうか」
「ああ、ごめんね。時間を取ってしまって。
あ、そうだ。ついでに他のメイドさんとも少しお話したいんだけど――誰か呼んでもらえるかな?」
「分かりました。ちなみに最終的には全員呼ぶということでよろしいですか?」
「できればお願いー」
「かしこまりました。
それでは順番に来るように伝えますので、アイナ様はこちらでお待ちください」
「うん、よろしくー」
クラリスさんはお辞儀をして書斎を出ていった。
1人書斎に残され、宙を見てつぶやく。それにしても――
「ほぼ初対面の人にタメぐちって……疲れるわ……」
基本的に敬語で話す人間のつらいところである。
どうも距離感が掴めないというか――最初からタメぐちでいける人って、やっぱり尊敬しちゃうな。性格的なところなんだろうけど。
……それにしても、ちゃんと話せているかな? 実はそれが一番心配だったりして。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくすると、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞー」
ソファーに座りながら返事をすると、2人目のメイドさんが登場した。
「失礼します。クラリスさんから呼ばれて参りました。
それと、お茶をお持ちいたしました」
「わぁ、ありがとう。
えぇっと、あなたのお名前は――」
「わぁあ! 失礼しました、私はマーガレットと申します!」
「ああいや、そんなに慌てることでも……」
ガチャンッ
「あっ!」
ほら、お茶をこぼした。
「気にしないでいいよー」
私はそう言いながらアイテムボックスから布巾を出してテーブルを拭く。
「あああ、アイナ様! そんな仕事は私がッ!!」
「えぇ? でもマイ布巾だから大丈夫だよー」
マーガレットさんがあわあわしている中、何事もなくテーブルを拭き終わる。
「も、申し訳ございません! すぐにお茶の替えを――」
「それは次のメイドさんで良いから、今はマーガレットさんとお話をしたいなって」
「あ、そうでしたか! 申し訳ございません!」
いや、だから何ですぐ謝るの……。
マーガレットさんは赤茶色の髪の毛で、少し長めのボブ。
書斎に入ってきて以来あわててばかりいるけど、ぱっと見では普通に明るい女の子っていう感じかな。
「改めまして、アイナです。これからよろしくね」
「は、はい! お噂はかねがね――」
「え、噂……?」
「は、はい! とてもご高名な錬金術師でいらっしゃって、遠い村では数百の命を救ってきたとか。
またこの王都の暮らす王族様とも懇意にされていて、国王陛下よりこのお屋敷を賜ったという――」
……合ってるような、合ってないような……。
何となく、ピエールさんが吹き込んだ話に聞こえるけど……。
「あはは、そんなに大したものじゃないからあんまり緊張しないで良いよ」
「大したものじゃないだなんて……。私と同世代なのに、こんなにも凄いのに――」
それはそうなんだけど、大体はもらいものの力のおかげだから、あんまり偉そうにできないんだよなぁ……。
私からしてみれば、同世代なのに朝から晩まで働いているメイドさんたちの方がよっぽど立派に見えるよ。
「とりあえず今回は軽くお話をしたかっただけなの。
そうそう、ここで働くにあたって何かあったら気軽に言ってね」
「は、はい! えーっと……えーっと……。あ、そうだ! 石鹸ください!!」
「………………え?」
せ、石鹸……?
「あああああ、すいません私ったら! あの、アイナ様が美容関係のものを作っているとピエール様から伺いまして――
あ、その、混乱しているだけなので、特に大丈夫です、はい!」
……マーガレットさんはテンパりやすい……っと。
でもピエールさんが推挙するくらいだから、仕事はできるんだよね? 接客よりも裏方が得意なのかな。
まぁそれはそれとして――
「えぇっと、それじゃ石鹸。あとは乳液とヘアオイルも付けておくね」
私はマーガレットさんの要望にプラスアルファをして、いろいろとテーブルに置いた。
「えぇっ!?」
「あ、要らない?」
「い、要ります! 要りますとも! わーい!」
……うん。接客はダメそうだな、これは。
でも感情をまっすぐに出してくれるのは、それはそれで気持ち良いか。
「でもマーガレットさんだけにあげるのもアレだから、メイドの皆さんとお屋敷で使う用は別に用意しておこうかな」
「おお、神よ……。もとい、アイナ様よ……」
ああもう、こういうお茶目な人は好きなんだけどね。
「――ところでマーガレットさんって、接客は得意?」
瞬間、マーガレットさんはびくっと身体を震わせた。
「あの……八百屋さんとは懇意にしております……。あとはお肉屋さんと、道具屋さんも……」
「それ、接客される側……」
「ぐふぅ。アイナ様、ツッコミも完璧でございますね……!」
「いや、これしきで完璧を認定されてもね……」
世の中にはもっと難解なボケが存在するのだ。これしきで完璧とは――いやいや、そういう話じゃなくて。
「お察しの通り、私は一般の方からの受けはそこまで悪くはないのですが、貴族様からの受けが壊滅的でして……。
あ、でもそれ以外の仕事はお任せください! 接客以外は万能タイプです!」
「うん……。貴族の出入りは今のところ予定は無いけど、でも今後はどうなるか分からないから――」
「はい! それまでに特訓しておきます!」
「よろしくね。それじゃ次のメイドさんを呼んでくれるかな?」
「え、もうですか!? 私、何か粗相をしましたか!?」
「いやいや、そうじゃなくて。今日は簡単に自己紹介の予定だったから、みんなこれくらいの時間で考えてるよ」
「安心しました!
それでは次の者を呼んで参ります。あと、お茶を持たせますので!」
そう言うと、マーガレットさんはお辞儀をして書斎を出ていった。
……ふむ、昨日の初対面のときは完全無欠のメイド軍団に見えたけど、実際のところはそうでもないんだなぁ。
いや、どちらかと言えばとっつきやすそうで良いんだけど、第一印象なんて当てにならないものだね。