16.誓いの儀式
時間は夜。場所は宿屋の外。
周囲は暗く、小さなランタンの灯が頼りなく周囲を照らすのみ。
ちょっとした広場まで出ると人通りは無く、静まった空気が場を支配していた。
「はー、夜は結構涼しいですね。んー、でもこれくらいが気持ち良いのかな?」
屋内から屋外に出たときの解放感を感じながら、ルークさんに話し掛ける。
「そうですね。今は過ごしやすい季節ですし、夜もまた良いものですね」
「あはは♪ そうですねー。……さてと、あんまり遠くに行き過ぎでもアレですし、ここら辺でも良いですか?」
「はい、わざわざお時間を取って頂きまして、ありがとうございます」
ルークさんは微笑みながら、丁寧にお礼をしてくれた。
「いえいえ。それで、さっきの話ですけど……ルークさんはこれから、どこに向かうんですか?」
「えっとですね、分かりません」
えぇ……? 目的の無い一人旅なの???
何だかさっきから要領を得ないなぁ……。
「私もどう切り出して良いものか……。あの、最初からお話をさせて頂けますか?」
「あ、はい。どうぞ?」
神妙な顔をするルークさん。少し緊張しているのか、持ってきた剣の鞘をぎゅっと握りしめていた。
鎧姿では無くても、剣は普段から持ち歩いてるんだね、さすが騎士様。……まぁ、こっちの世界じゃ急に襲われることもあるからかな。
「アイナ様は、私と初めて会ったときのことを覚えていますか?」
「もちろん、それは覚えてますよ。この世界……じゃなくて、この国に来て初めて話した人だし」
「え……? そうですか……。うーん、『この国』で初めて、ですか……」
聞き返されて、軽率な返事をしたことを後悔する。
『この街』ではなく『この国』。他国から辺境都市クレントスを訪れるまでの旅路で、国内で誰とも話さないなんて通常ではあり得るはずがない。
『この世界』と言うのは誤魔化したが、『この国』を見逃してしまうとは……うっかりしていた。
「あ、あのー。えっと、そうじゃなくて――」
「あ、別に良いんです。アイナ様は不思議な方ですし、恐らく本当のことなんでしょう。それに、私がお話したいのはそこじゃないんです」
「え……? そ、そうですか? それじゃ続けてください」
「はい。初めて会ったとき、私はクレントスの東の街門で守衛をしていました。アイナ様に身分証を求めると、プラチナカードを提示して頂きまして……」
そうだね。そのときはプラチナカードってよく分からなかったんだけど、その後にとんでもないアイテムだと知ったよ……。
「私も生まれて初めて実物を見たものですから、ちょっと変な対応をしてしまったかもしれません。……ははは、その節は失礼しました」
「いえいえ、まったくそんな感じはしませんでしたよ!」
「そうですか? ありがとうございます。それで次にお会いしたのが……アイナ様が早朝に、怪我をして……いや、そのときはもう治されていたんですよね。酷くボロボロの状態で……」
はいはい、ヴィクトリアの従魔に襲われた次の日の朝ね。あれはもうトラウマだよ……。
「いやぁ、あれは酷い目に遭いましたよ、ほんと。あはは……」
遠い目で空の月を見る私。
そうそう、月といえば、元の世界の月よりも青み掛かってて綺麗なんだよね。こういうところでも、異世界だってことを突き付けられるよ。
「本当に心配で……。何でこんな女の子が……それにお優しそうな方が、どうしてこんな酷い目に遭わなければいけないのかと……私も私なりに、ショックを受けてしまいました」
ふむー、ごめんね。申し訳無いです……。
「その後、ずっと気に掛かっていたのですが……ちょっとした伝手で、アイナ様が落ち込んでいらっしゃると伺いまして……。それであの日、えっと……アイーシャさんのところに行った日ですね。気分転換に、外にお誘いしようとしたんです」
ふむふむ。ルイサさんとアイーシャさんの脚を治して、英雄シルヴェスターの雄姿を見に行った日だね。
なるほど。急に誘ってくれるから何かと思ったら、そういう背景があったのか。
「あはは。それじゃ本当に、デートのお誘いでは無かったんですね」
「も、もちろんです! 私なんぞがアイナ様をお誘い出来るわけ……」
ああもう! 出たよ、プラチナカード効果!
い、いやでも別に、こっちの世界で恋愛なんて期待してないし!
……ううん、そうじゃない。多分ここでは恋愛なんて、一生しないと思うよ。だって――
少し切ない思いを描いていると、ルークさんは続けた。
「少し話は変わるんですが……。あの、ルイサさんなんですが……脚を悪くして、10年くらい前はすごい塞ぎ込んでいたんです。おじちゃん……いえ、旦那さんを亡くした直後でもありましたし。私もまだ子供でしたが、あの塞ぎ込み様はすごくて……今でも忘れることは出来ません」
えぇ……? ルイサさん、とても明るい女性だったんだけど……そんな時代もあったのか。
人を雰囲気とか見た目で判断しちゃダメだね。
「でもあの日、アイナ様はルイサさんの脚を治したんです。私もちょっと、すいません、正直信じられなかったんですが……ルイサさんの様子と、実際にアイーシャさんの治るところを目にしてしまったわけで……」
「あはは……。ルイサさん、本当に大変だったんですね。でも私は偶然治せる技術を持っていたってだけで、まぁ、巡り合わせ? ですよ」
「いやいや! 巡り合わせって……そんな簡単なものじゃないですよ……?」
ルークさんは少し気が抜けた感じで突っ込んでくる。そして言葉を続ける。
「……そうですね。いや、そういうところも、なんです。本当にすごいことをして誰かを救っているのに、それを何ともないように言ってのける……。とても、とても素晴らしいと思います」
うーん……。実際のところ、持ってる技術で出来ちゃったから、正直実感が無いんだよね……。こんなに尊敬されて申し訳無いんだけど……。
「長々と話をしましたが、これからが本題です」
「え? あ、はい」
ルークさんが私を真正面に捉え、真面目な顔で鞘から剣をスラリと抜いた。
「へ……?」
突然見せられた鈍く光る剣の刃を前に、変な声が出てしまう。
だが、ルークさんはそのまま跪き、剣を私に両手で差し出してきた。
「このルーク、貴女を心より尊敬申し上げております。どうか私に、貴女を護る誓いを立てさせてください――」
えええええ!? と、突然、何ですか!!!!?
「ちょちょちょ、ちょっと待って! 急にそんな話――」
「……ダメでしょうか?」
「ええぇ、ダメっていうか――」
いや、これはもう愛の告白より重いよね、多分。
だからちょっと、軽率に返事は出来ないわけで……。
「あの、その誓いっていつまで有効なんですか?」
「もちろん一生、生涯を賭してお護りいたします」
「一生? 私の? ルークさんの?」
「アイナ様より先に私が死ぬことはありません。ご安心ください」
「えっと……言い難いんですけど、私、不老不死だから……先に死なないですよ?」
「……え?」
予想外の言葉だったのか(そりゃ予想外だろうけど)、跪いた姿勢から、ルークさんは顔だけ上げてこちらを仰ぎ見る。
「えぇっと……鑑定のウィンドウ出しますね、えぃ」
私は自分のステータスを宙に映した。
もちろん要所要所は良い感じで隠しながら。
「えっと、これです。見えます? レアスキルの『不老不死』」
ルークさんはしばらくそれをポカンと眺めていたが――
「……ははは、アイナ様は本当に規格外のお方だ。いや、もう何があっても驚きませんよ!」
笑いながら、何かを諦めたのか力強く言うルークさん。
そして再び頭を垂れ、言葉を続ける。
「貴女が不老不死であろうと関係ありません。私が生涯、貴女をお護りいたします」
……うーん、決意は固いみたい……。それに自分から諦めるということは無さそう?
でも、こんなにまで信頼してくれる人がいるっていうのは嬉しいし、何だか心強いな。
知り合って間もないけど、良い人なのは知っているし――
ルークさんの決意に絆されたのか、私の心も動く。
「えっと……これっていわゆる、騎士の『誓いの儀式』ですよね? 私、詳しく知らないんですけど……」
「剣を取り、刃を私の肩に乗せ、宣誓の言葉を頂ければ幸いです」
「えっと……、宣誓の言葉なんて、知りませんよ?」
「心に浮かんだもので大丈夫です。厳密なものよりも、アイナ様のお言葉を頂戴出来ると」
えぇ……? うーん、ちょっと厨二病っぽくカッコイイ言葉も使ってみたいけど、失敗したり噛んだら最悪だよね……。
こ、ここはシンプルに行こう。
でもせめて、フルネームは入れたいかな。
ルークさんのフルネームって……えい、鑑定っ! 『ルーク・ノヴァス・スプリングフィールド』……さりげにカッコイイな……。
鑑定結果を確認した私はルークさんの手から剣を取り、少し持ち替えてからルークさんの肩に刃を乗せた。
緊張で声が出るか心配だったけど、咳払いを一回したら大丈夫そうだった。
それでは――
「ルーク・ノヴァス・スプリングフィールド。私を生涯護り抜くことを誓いなさい」
「――我が生涯を賭して、神々の名と、アイナ様の名において、ここに誓います」
突然始まった厳粛な儀式は、ただのふたことで慎ましく完結したのだった。




