159.工房の引き渡し②
ピエールさんに案内されながら、豪邸の庭へと入ってみる。
無駄にプールなんかは無いものの、日本の都会基準で考えればやはりかなり大きい。
海外の豪邸と比べてしまえば多少狭くはあるのだけど。
「ふむふむ、アイナ様。お考えは分かりマスゾ。
豪邸にしては庭が狭い――そうお思いなのデショウ?」
「えぇ!? そ、そんなことは思っていませんよ!?」
「確かに郊外の物件よりも庭はあまり広く取ることができていないノデスガ――その分、建物はしっかりしてオリマス」
「アイナさん、もっと広いところをお望みだったんですね……」
「違いますってば!」
ついに沈黙を破ったエミリアさんにツッコミを入れると、彼女は両手で口を押さえながらいたずらっぽく笑った。
くぅ、どうしてくれよう。
「――ささ、それでは中をご案内いたしマショウ」
「はい、よろしくお願いします」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」
――は?
建物に入ると、玄関に並んでいたメイドさんたちから一斉に挨拶をされた。
……ここはメイド喫茶かな? 行ったことは無いけど。
「えぇっと、この人たちは……?」
「はい、この屋敷の雑務を担当する者たちでゴザイマス。
アイナ様はまだお若いということもありマシタので、同年代くらいの女性を揃えておきマシタ。
実力、性格ともに申し分ない者たちでゴザイマスヨ」
「ええ? 全員女性!?」
私は全然問題無いんだけど、ルークが大丈夫かな。
結構可愛い人たちばかりだから、何か逆に居心地が悪いかも――
「ふむふむ、アイナ様。お考えは分かりマスゾ。
使用人が女性ばかりでは居心地が悪い――そうお思いなのデショウ?」
「ちょ!? 微妙に読み間違いをしないでください!
ルークがちょっとアレかな、と思っただけで……!!」
私の言葉にピエールさんはルークを見た。
「ほう……? こちらの男性の方、そういったご趣味がお有りだったのデスネ……。
失礼、私としたことがそこまでは読めマセンで……」
「そ、そんな趣味はありませんよ!?」
ルークが慌てて否定する。
ピエールさんはさっきからいろいろ察してくれるんだけど、微妙に読み違えるんだよなぁ……。
そんなことを考えながらピエールさんとルークを見ていると、メイドさんたちから少し緊張が解けた雰囲気を感じることができた。
どんな人が来るか分からないから、こういうときって緊張するよね。
最初にこんなコントばりの展開を見せてしまったから、どう思われたかは分からないけど。
「――それではメイドの諸君。今日は引き渡しのみだから、引き続き清掃にあたるように」
「「「「「はい」」」」」
ピエールさんの指示のもと、メイドさんたちはそれぞれ散っていった。
「アイナ様、いかがデショウ? それなりの広さがある物件デスので、あらかじめメイドをご用意させて頂きマシタ」
「……そうですね、この広さは人手が要りますよね……。
ちなみにどれくらいの部屋があるんですか?」
「はい、こちらの物件は24部屋ゴザイマス。
とは言え4部屋は使用人が使うようになっておりマスので、実際は20部屋とお考えクダサイ」
「ああ、住み込みで働いてもらうんですね」
「それはこれからの契約次第でゴザイマスが、一般的にはそうデスナ。
加えて言いマスト、あのメイドたちは基本的には屋内の雑務がメインとなりマス。
庭仕事のためには奴隷などを使うと良いデスゾ」
「奴隷――……」
そういえば以前、エミリアさんも話していたっけ。
でもこの国は奴隷に関してはしっかりした制度があるから、そんな残酷なものでは無いという話だったかな。
「その辺りの手配もご要望があれば対応させてイタダキマス。
ピエール商会を今後ともぜひご活用クダサイ」
「分かりました。では引き続き案内をお願いします」
「承りマシタ。それではまずコチラに――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ピエールさんに案内を受けたあと、手続きを終えてようやく宿屋に戻ることができた。
時間は夜、いつもの宿屋。さっきまでの豪華な空間が嘘のようだ。
「――いやぁ、凄かったですね」
「そうですね! アイナさんも貴族の仲間入りに近いかも……?」
「それは凄いです……。アイナ様が貴族に――」
エミリアさんとルークはほわーっとした感じで何かを空想している。
「いやいや、私は貴族なんかに興味は無いんだけど……。
今までみたいな感じで気楽に過ごしたいし――」
「あんな豪邸を買って、今まで通りというのはできるのでしょうか……。
あ、気を抜く用の別荘を買ってみるとかはいかがでしょう」
「いやいや、それはどうかと……。
『買って』と言えば――まさか工房から店舗、さらに豪邸まで本当にもらえるとは思っていませんでしたよ。
てっきり賃貸なのかなと思っていたんですが」
ピエールさんの手続きの中で再三確認したのだが、名義や所有権が本当に私に移ったらしい。
小さいマンションで賃貸暮らしをしていた社会人の、初めて持った我が家がこれとは――人生分からないものだ。
いや、前回の人生はもう終わってるんだけど。
「それにしてもアイナさん、確かにガルーナ村でたくさんの人を救いましたけど……それだけでこんなにしてくれるものなのでしょうか?」
不意にエミリアさんが質問を投げ掛ける。
人の命は尊いものとはいえ、確かにここまでの褒賞は多過ぎる気がした。
「アイナ様はS-ランクの錬金術師なので、この王都の中に囲い込んでおきたい……ということかと思います」
「囲い込み……。
うーん、まぁ確かにそうかもねぇ……」
『囲い込み』と言うと少し悪い印象があるかもしれないが、『場所を提供するから活躍してね』という意味で捉えれば満更悪いことでも無い気がする。
言われる通りに仕事をしろっていうなら話は別だけど、特にそこら辺は何も言われていないし――
まぁ神器作成と両立できるなら、私としては問題無いかな。
――神器作成。
そう言えば王都に来た当初のやることリストの項目も、今やほとんど達成しているんだよね。
そろそろ本格的に本命を動かしても良い頃合いかもしれない。
でも最初に、ジェラードを含めた4人の前でそれを宣言したいんだよね。
ジェラードは今どこかに行っているから、戻って来るの待ちになっちゃうんだけど――
……よし、ジェラードが戻ってきたら早々に宣言して、必要なことを進め始めよう。
そうなると今まで怖くてできなかった、私の作りたい神器の素材を調べなければいけない。
ユニークスキル『創造才覚<錬金術>』と『英知接続』を組み合わせて神器の素材を調べる――
これをやると肉体的にくる反動が怖いんだけど、さすがにもう覚悟を決めないといけないか。
結局『安寧の魔石』も最初に手に入れたものから増えていないし。
……そういえば『私の作りたい神器』っていうのもどういうものか決めなきゃいけないよね。
外観は『なんちゃって神器』の剣の通りなんだけど、どんな強さを持たせるかで素材が変わるだろうし――
「……イナさーん。アイナさーん?」
「えっ?」
「大丈夫ですか? ぼーっとしちゃって。
さすがに疲れちゃいました?」
「ああ、すいません。ちょっと先のことを考えてしまって」
「そうですね、今後はいろいろと変わっていきそうですから……。
引っ越しは明日で良いんですよね。それなら今日はもう、早めに寝てしまいましょうか」
「そうしますか。明日は朝からお屋敷にいきますし――
ルークもそれで良いかな?」
「はい、問題ありません。
アイナ様が一番お疲れでしょうし、そのようにいたしましょう」
2人の気遣いを受けて、今日はもう休むことにした。
明日からは今までとまったく違う環境になるけど大丈夫かな? 期待半分、不安半分――と言ったところか。