157.身近なあれ
「――えぇっと、この部屋は……?」
いつも通り依頼の報告をしようとすると、ダグラスさんは錬金術師ギルド内の一室を案内してくれた。
そこは調度品なども置かれていて、ちょっとした応接間のような部屋だった。
「アイナさんも有名になってきたから――っていうのもあるんだけど、あまり人目に触れられるのもどうかと思ってな。
今回からはこの部屋で話をしたいんだ」
「ああ、確かに王族からの依頼なんてものもありますしね」
「今までの場所の方が俺も楽だったからな……。
でもさすがにそうも言ってられないから、これからはこっちでお願いな」
「はい。私としてはこの部屋の方が落ち着きますし、大丈夫ですよ。
……でも、ここで納品まで受け付けるんですか? 運ぶのが大変じゃありません?」
「ふふふ、実はこの部屋には秘密があってな……。そこの本棚の後ろが隠し扉になっているんだ」
そう言うとダグラスさんは本棚を横にスライドさせて動かした。
本棚が無くなった場所からは、飾り気の無い扉が姿を現す。
「……おお」
「ふふふ。そしてこの扉は――いつもの依頼報告のカウンターに繋がっているんだ」
「なるほど。それにしても、よくもまぁそんな仕組みがありましたね……」
「何でも、かなり昔に気難しい錬金術師がいたそうでな。
そもそもはその時代に作られたものらしいんだ」
「はぁ……困った方もいたものですね。
それではその錬金術師に苦労させられた職員さんに感謝を捧げながら、ありがたく使わせて頂きましょう」
「そうだな。偉大なる先輩に感謝、感謝だ。
――さてと。それで今日の用件は、依頼の報告で良いのかな?」
「はい、王族からの依頼分だけ終わらせてきました。……えぇっと、全部で57件の方ですね」
「お、おう……。相変わらず仕事が早いな……。
それじゃどんどん鑑定させてもらうから、この辺りに出してもらえるか?」
「はい、分かりました。
あ、そうだ。量が多くなってきましたので、アイテムを入れた箱の方に付箋を貼っておきました。
依頼書の番号が書いてありますので、それと突き合わせて見ていってください」
「分かった――……って、『付箋』ってなんだ?」
「え?」
とりあえずアイテムボックスから箱を1つ出して、ダグラスさんに見せてみる。
「この小さい紙です。ちょっとしたメモを貼り付けておくと便利なんですよ」
社会人ご用達の便利な事務用品、付箋。
他にも勉強のときに、教科書とか参考書にも挟んだりするよね。
「おいおい……。そんなの貼り付けたら箱がダメになっちまうじゃないか」
「あ、大丈夫ですよ。粘着力は弱いので。
――ほら」
出した箱に付いていた付箋を剥がして、その場所をダグラスさんに見せる。
「お……? 本当だ、紙の箱なのに破れたりめくれたりしていないな……」
「ついでに何回かは使えますよ。はい、ぴたっと」
そう言いながらまた箱に付箋を貼り付ける。
ダグラスさんはそれをまじまじと見たあと、少しいじってから自分で剥がしてみせた。
「――おお。何だこれ、めちゃくちゃ便利じゃないか……。
え? これ、アイナさんが作ったのか?」
元の世界の付箋を真似したけど、『粘着力の弱い糊』を作ったのは私だから――つまり私が作ったということで大丈夫だよね。
さすがに世界を跨いで特許権はないよね? あれ、実用新案って言うんだっけ? ……まぁいいか。
「参考にしたものはあるのですが、これは私が作りました。
まぁ糊だけですけどね、実際には」
「……ふぅん……。これ、欲しいなぁ……。依頼、出して良い……?」
「え……? 別に良いですけど……」
「本当か? よーし、あとで依頼書を書くから頼むな!
いやぁ、それにしてもこういう発想があるもんなんだなぁ……。なるほどなぁ……」
思い返せば私も付箋にはずいぶんお世話になったものだ。学生時代も、社会人時代もね。
発明した方、名前は知らないけどいつもありがとうございます。
「――それじゃ、今回の依頼品をどんどん出してしまいますね」
「よし、どんと来い!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――疲れたぞ!」
「あはは、お疲れ様でした。お茶でも飲みますか?」
「え? あああ、すまん! お茶も出さないで!」
「いや、それっていつものことじゃないですか……。
私、お茶セットを持ち歩いてますのでぱぱっと入れちゃいますね」
雰囲気からして特に入れても問題無さそうだったので、いつもの通りぱぱっと入れよう。
コップはちゃんとお客様用のものがあるから抜かりなし、だ。
そしてお湯も作って――
バチッ
「……おお、お湯まで用意しているとは」
「収納レベルが高いから、保温性が抜群なんですよ」
実際にはお湯を『作った』んだけど、それは触れないでおこう。
アイテムボックスに入れたお湯を出していたとしても、特に何も変わることは無いからね。
「うぅん、錬金術師としては最高だよなぁ、時間の流れないアイテムボックスって……。普段使いにも便利そうだし――」
「私もそう思います♪ はい、お茶をどうぞ」
「ありがとう。……うん、美味いな。
さて、今回も全部ばっちりだったぞ。何だか気になるものもあったが……」
「私は『媚薬』が気になりましたね」
「おおう、やっぱり? S+級の効果ってどんなもんなんだろうな……」
「興味あるなら使ってみますか? 私は即逃げますが」
「……止めておこう」
「賢明です。ああ、そうだ。
今回は受けてしまいましたけど、ちょっとこういう系は今後は控えたいなと……」
「お、そうか? ……まぁ、何に使われるか分からないものだしな……」
「はい、やっぱりこういうのは使う人にもよると思うので……。
人となりを知らない方には、王族の方であってもあんまり――」
「うーん、気持ちは分かるが……。
しかし今回納品して評判を呼んでしまったら、断るに断れなくなる気もするぞ?」
「うーん、それでは報酬を吊り上げることにしましょう」
「欲しい人はそれでも出してきそうだけどな。連中、金は持ってるし……。
むしろ質を落とすっていうのは――」
「ここまでS+級のアイテムを連発しているとプライドのようなものが芽生えてきました。
なのでそれは却下ですね」
「――だよなぁ……。まぁ、これについては今度依頼が来たときに相談させて欲しいかな。
依頼するときにはちゃんと伝えるから」
「そうですね。それではそんな感じでお願いします。
……あ、そろそろ良い時間ですね。ちょっと午後に用事がありますので、今日はこの辺りで失礼しても良いですか?」
「それじゃ報酬を渡そう。
時間が無さそうだから、今日は依頼報告のカウンターまで来てもらって良いか?」
「お。あの扉を通ってですか?」
「いやいや、あれは職員用だからダメ。
一回外に出て、依頼報告のカウンターまで来てくれ」
「えー、それは残念。それじゃ一旦失礼しますね」
「おう、ゆっくり来てくれて構わないからな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――そう言われると少し急ぎたくなるのが人の常。
若干急ぎ足で依頼報告のカウンターまで向かうと――
「お、アイナさん! 待っていたぞ!」
いけしゃあしゃあとダグラスさんが笑いながら言った。
「早いですね!」
「アイナさんも急いで来ただろ……。こっちもギリギリだったぞ……」
そう言いながら、ダグラスさんは報酬のお金をカウンターの上に乗せた。
今回は全部で金貨45枚。割と頑張ったんだけど――いや実際大した金額なんだけど、リーゼさんに懸けた懸賞金の額にはまだまだ遠い。
「はい、確かに頂きました。えっと、あとは『付箋』の依頼書でしたっけ?」
「ああ、そうだそうだ! でもアイナさんの時間が無さそうだし、これは次回にしても良いか?」
「ダグラスさんが問題無いなら大丈夫ですよ。
もしお急ぎのようでしたら先に作ってきますので――依頼書の内容をそれに合わせてもらえれば、即納品できますね」
「それは良いな! それじゃ大きさはこれくらいで……枚数はできるだけ多く頼む。
予算は金貨1枚くらいで考えてもらえると……」
「はい、分かりました。それで作ってきますね」
付箋で金貨1枚。
特にこれで商売する気はないし、できるだけ作ってあげることにしようかな。
でも付箋の便利さは折り紙付きだからね。……やっぱり商売にしちゃっても良いかもしれない?