156.迅速なお仕事
朝食をとり終わったあと、私たちは早々に大聖堂に向かうことにした。
時間的には少し早いけど――大聖堂に着くころには常識内の時間になっているだろうし、もしかしたら今日中に工房の引き渡しをしてくれるかもしれないし。
さすがに気が早いかな? とは思ったけど、何だか落ち着かないということもあってそうさせてもらうことにしたのだ。
大聖堂に着くと残念ながら大司祭様やレオノーラさんは不在だったが、代理の人が応対してくれた。
昨日伝えたばかりなのに来るのが早いですね――とは言われてしまったものの、午後なら引き渡しができるということで話を進めてもらえた。
そんな感じで、私たちは昼食後に改めて大聖堂に向かうことになった。
「――午後、ついにアイナさんの工房が!」
大聖堂から出ると、エミリアさんが興奮した感じで言った。
「朝早くに来た甲斐がありましたね。
これでまた明日とか明後日とか言われたら、またしばらくそわそわしちゃいますし」
「それにしてもアイナ様、ついにご自身の工房を持つだなんて……。私はとても嬉しいです!」
「工房っていっても、錬金術はあんまりやらなそうだけどね……。宿屋でもできるくらいだし……」
宿屋でできないもの――例えば強い臭いが出るものとか、危険なものとかは挑戦できるようになるけど、それ以外は特に変わらなそうなんだよね。
それにそういったものを作るのであれば、少し街から離れれば普通に作れるわけで――
……そう考えると、この前錬金術師ギルドで断った依頼の3つも実は引き受けることができたなぁ……。
宿屋でばかり錬金術をやっていたから、その発想は今まで無かった……。
「でもレオノーラ様から聞いた話によれば、お店のスペースと居住のスペースもあるそうなんですよ。
大きさはそんなでも無いらしいんですけど」
「え、住めるんですか? うーん、でも家事を始めると他の時間が無くなっちゃいますからねぇ……」
家事は一人暮らしでやっていたのと、あとは実家を出る前に少し手伝いでやっていたくらいかな。
そう考えると――
「――うぅん、さすがに3人の面倒を見るのはできないかなぁ……」
「「え?」」
「……え? だって自分の家ならそうなりますよね?」
「えーっと、ルークさんは置いておいて、私も一緒に暮らすんですか?」
エミリアさんが不思議そうな顔で聞いてくる。
「え? だってまだ王都から出ませんし。エミリアさんはまだまだ私のパーティにいるわけですよね」
「た、確かにそう言われてしまえばそうなんですけど……」
「……エミリアさん、何で私は置いておかれているのでしょうか……」
「え? ルークさんがアイナさんの側にいなくてどうするんですか。
アイナさんが引っ越すなら、ルークさんもそこに引っ越すものでしょう?」
「むぐ、確かにそう言われてしまえばそうなんですが……」
「――というわけで、引っ越すなら3人でいきましょうね。
狭かったら引き続き宿屋にしましょう。食事も楽ですし」
「いやいや、アイナさんが家事を全部やるつもりだったんですか?」
「え? そうなったら、そうなんじゃないですか?
まぁ掃除とかは手伝ってもらうかもしれませんけど――」
「……アイナさんって、結構面倒見が良いタイプだったんですね」
「ええ。どう思っていたんですか」
「案外、均等に割り振るタイプかと思っていました」
「いや、そりゃ兄弟姉妹ならそうかもしれませんけど――お2人にはお世話になっていますし」
「アイナさんが言いますか」
「アイナ様が言いますか」
「ぐぬ、そこをハモりますか。……でも、まぁ実際はお互い様かもしれませんね。
ああ、それでですね。さすがに1人でやるのは大変そうなのでどうしようかなって」
「均等にやればいいのでは……」
「何かが違うんですよ、私の中で!」
「……であるなら――というかこっちが普通だと思うのですが、使用人を雇ってはいかがですか?」
「しようにん?
……メイドさんみたいな感じの?」
「そうですそうです。アイナさんはS-ランクの錬金術師、しかも王様から工房を与えられるほどの実力のある方なんです。
そんな人がむしろ自分で家事をやるだなんて、使用人界隈が黙っていませんよ!」
「ええ、何でですか……」
「雇用をください、ということです」
「おおう、経済的」
何とも納得感のある回答。
そう言われてしまえば、もうそのようにしか考えることができない。
「貴族や富豪が自分のことを全部やっていると、貧しい方にまで仕事がまわっていきませんからね。
アイナ様のクラスになればそれこそ10人や20人――」
「いやいや、さすがにそんな人数は入らないでしょ。
工房にくっついている居住スペースなんだし」
「……残念です」
ルークは言葉通り、残念そうな顔を見せた。
使用人の人数はステータスかもしれないけど、そういうのはなぁ……。
「であれば、居住スペースは居住スペースとして、新しく豪邸を買っちゃいましょう」
「エミリアさん、発想が大味ですね……」
「大味は大味で好きですよ!」
「あ、今は実際の味の話ではありませんので」
「はっ、失礼しました……」
「でも戸建てでしょうから、何らかで雇うのは良いかもしれませんね。
工房とお店のスペースを含めて、掃除をしてもらうとか――」
「そうですね。とりあえず居住スペースの大きさも分からないので、これは午後のお楽しみにとっておきましょう」
「……としますと、午後の約束までは時間がありますね。昼食をとるにもまだ早いですし――
アイナ様、何かご予定はあるのですか?」
予定は特に無かったけど、依頼もキリの良いところまでやったし――できたところまで納品するのも良いかな。
「特には無いんだけど、錬金術師ギルドには今日のどこかで行きたいかも?」
「ふむ……。午後はどうなるか分かりませんし、今のうちに行ってしまいますか?」
「それだと助かるかな。エミリアさんも良いですか?」
「ププピップ!」
「言うと思いました!」
満場の一致をもって、私たちは錬金術師ギルドに向かうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナさああああん! いらっしゃいませえええええ!」
錬金術師ギルドに入ると、いつも通りテレーゼさんの声が響き渡った。
周囲の目はやはりこちらに集中するが、何だかもう諦めたというか、慣れてきたというか。
「こんにちは、今日もお元気ですね」
「はい! 元気と迅速な仕事が売りなので!」
2つ目は初耳だけど、1つ目は間違いない。
仕事としては少しどうなのかと思うレベルではあるけど……。
「ダグラスさんをお願いしても良いですか?」
「……くぅ! 最近アイナさんから、ダグラスさんに取り次ぐ仕事しかもらえていない気がします……!」
「そんなことないですよ、この前は白兎堂を教えて頂きましたし――
あっ!」
「えっ?」
「……テレーゼさん? まさかあんなにも可愛らしい服のお店だなんて、聞いていませんでしたけど……?」
テレーゼさんの教えてくれた服屋に行ったところ――普通の服屋をイメージしていたのに、ロリータファッションの服屋だったのだ。
バーバラさんの機転で普通の服も作ってもらえることになったのだが、そうでなければ無駄足というか、ふりふりの服を作る羽目になっただろう。
「大丈夫です、アイナさんには似合うと思いますよ!
ほら、さすがに仕事場には着てきませんが私も――」
「……ダグラスさんをお願いします」
「――はひっ!? ……しょ、少々お待ちくださいっ!!」
いつもより低めのトーンの声で改めてお願いすると、テレーゼさんは速やかにダグラスさんを呼びに行ってくれた。
なるほど、あのスピードは迅速な仕事といっても過言では無さそうだ。……いや、迅速ってそう意味だったっけ。
「――アイナさん、可愛らしい服ってなんですか?」
「え? ああ、フリルがふりふりしてる感じの服なんですけど――」
「作ったんですか? わー、見てみたいですー」
「いやいや。さすがに自分では似合わないと思ったんで、作ってませんよ。
それにまだ普通の服を2着頼んできただけです。あとはぬいぐるみと」
「ぬいぐるみですか? やっぱりベッドの横とかには置きたいですよね、分かります!」
すまない、エミリアさん。
そのぬいぐるみは2メートルあるからベッドの横には置けないんだ。
いや、ベッドの横の床になら置けはするか。ちょっと意味が違ってきそうだけど……。
「ふりふりの服はお見せできませんけど、ぬいぐるみはできあがったらお見せしますね」
「はい、楽しみにしています!」
そんな話をしていると、テレーゼさんがダグラスさんの背中を押すようにして急いでこちらに連れてきた。
うん、迅速な仕事だ。さすが売りにするだけはあるなぁ。