154.彼の悩みごと
白兎堂を出たあと、昼食をとってから宿屋に戻った。
まだまだ早い時間だけど、錬金術師ギルドの依頼を104件も受けちゃったしね……できるところからこなしてしまわないと。
自分の部屋に戻る前に何となく食堂を覘いてみると、珍しいことにルークが1人で何かを飲んでいた。
朝のうちも寝ていただろうし、昼食でも取っていたのかな?
「――ルーク、昼食してた?」
「あ。アイナ様、お帰りなさいませ。昼食のあと、少しぼーっとしていたところでした」
「ふふふ、いろいろあったからね。少しは気を休めないとね、うん」
「そうですね……。いや、それにしても今回は私の未熟なところが――」
「そ、そういう方向に行くのは無しね!? ……とりあえず今はそういうのを忘れて、リフレッシュしよ?」
しんどいときにその原因を思い浮かべて自分を責める。そしてそれがまたしんどくなって、どこまでも負の連鎖に陥る――そういうのはよくある話だ。
そんなときは一旦何もかも忘れて、客観的に見ることができるようになったときに振り返れば良いんじゃないかなって思う。
「……そうですね。そう仰って頂けるなら……そうしましょう。
ところでアイナ様は今までどちらに?」
「うん、錬金術師ギルドで依頼を受けてきたの。そのあとは少しお買い物をしてきたよ」
「おお、また依頼を受けてきたのですね。……アイナ様は着実に進まれてますよね……」
そう言いながら、ルークは何となく寂し気な目をした――ように見えた。
「何か、悩みごとでもあるのかな?」
「あ、いえ……。そうですね、私はもっと強くなりたいと……今回の件でつくづく思いました」
「話が戻っちゃった」
「す、すいません……!」
ルークは慌てて謝る。いや、謝るほどのことでもないんだけど――
それにしても、悩んでいることは何となく察することはできちゃったかな。
私は錬金術師ギルドで実力を認められて、依頼をどんどんこなすようになった。
エミリアさんは何だかんだで大聖堂の一員で、その役目も決められている。
ジェラードも行く先々で自身の仕事で十二分に実力を発揮している。
そんな中、ルークは私を護るという立場にありながら、『循環の迷宮』では私を危ない状況にさせてしまった――
ここら辺で、自身の存在意義を考えてしまったのではないだろうか。
「――う~ん、でもルークがいなかったら全滅してたわけだしね……」
「いえ……それにしてももう少しやりようがあったはず……。
アイナ様をあんな危険な目に遭わせてしまい、申し訳が立ちません……」
「ぶっちゃけていえば私は不老不死だから、ある程度は大丈夫なんだけど――」
「そういうことではありません!」
「ひゃぅっ!?」
「いくらアイナ様がそうであったとしても、私は! 私は――
……はっ!? す、すいません……」
ルークは声を荒らげたが、次の瞬間にはある程度の冷静さを取り戻していた。
でも一瞬とはいえ、それはルークにしては珍しくて――
「あ、いや……。うん、ごめんなさい……。
……でもルークの言いたいことは多分、分かったと思う。それを踏まえて、どうしたら良いんだろう」
冒険者ギルドでたくさん依頼を受けるというのも良いのだろうか。
っていうか、私にはそれくらいしか思い浮かばないんだけど――
「しばらく剣の修行はやっていなかったので、どなたかに師事できればと……少し考えていました」
師事? 誰か強い人からいろいろと教わるっていうことだよね。
我流よりもそういう方が良さそうなことは、素人目からしても分かる。
「そういうのも有りなんだね。
しばらくは王都に滞在する予定だから、それも良いと思うよ」
「しかしそうするとアイナ様をお護りする時間が――」
「その気持ちは、ありがとう。でもルークの人生なんだから、ルークが満足いくようにして欲しいな。
もちろんあの誓いの儀式は――忘れることは無いからね」
誓いの儀式。
それはクレントスを発ったあと、ガルーナ村に行く前のある村で行った2人だけの儀式。
思い返せば、私とルークの主従関係はあそこから始まったのだ。
「――ありがとうございます……。
それでは何かのご縁があったときは、そのようにさせて頂きたく思います」
「何かのご縁って――ちなみにそういう知り合いっているの? 師事できそうな人」
「……いえ、さっぱりです」
「だよねぇ……。うーん、レオノーラさんあたりから何とか繋がりを探せないかな」
「え? 何でまた急にレオノーラさんが……?」
「王族だから、実力の強い人とコネが無いかなって……。
私は王様に謁見したけど、王族とコネができたってわけでもないし――」
「アイナ様なら錬金術の依頼を通して、王族の方とはコネをたくさん作れる気がしますけど……」
「おお、そういえばそうかも……!!
王族の依頼を直接受けるのも何となく気が引けてたけど、そういう目的があるなら良いかな」
「しかし王族に通用する錬金術……。いやはや、アイナ様はもう遠い存在のような気がしてきました……」
「何言ってるの。その錬金術師に一番近い人が、ルークなんじゃない」
「え……? あ、そうですね。
……そうでした、これはしてやられましたね……」
「でしょう? ふふふ♪」
「ははは……」
2人して笑い合う。何でもない普通のことなんだけど、何だかこんな雰囲気もずいぶんと久し振りな感じがした。
「――それじゃレオノーラさんは一旦置いておいて、王様から工房をもらったらそんな感じでコネ作っていきますか」
「及ばずながら私もお手伝いさせて頂きます」
「ルークもさりげに結構カッコイイ感じだし、販売員をやれば人気出るんじゃない?
王族の女性とかにもいけそう……?」
私がそう言うと、ルークは少し微妙な顔をした。
そういえばオティーリエさんも王族か。私は見た記憶がまだないけど、ルークは拒絶反応を出してるんだよね。
「まぁ……それでアイナ様のお役に立てるのであれば…………」
「ああいやいや、無理はしないで良いからね!? その時がきたら考えてみることにしよう、うん」
それにしても、私もリーゼさんの一件で思うところはあったけど――ルークはルークでいろいろとやっぱりあるようだ。
何となく物事に動じないような雰囲気を感じていたけど、普通のところもあるものだね。
うん、どこか安心した――っていうのはやっぱり失礼なのかな。
「……ところでジェラードさんは戻って来たの?」
「あ、いえ……。しばらくは戻らないようなことを言っていました」
「え? ……あれ、せっかく王族のお屋敷に潜入していたのに? どうしちゃったんだろう?」
「彼も彼なりに、思うところがあるようで……。
詳しくは控えますが、どのようなことがあってもジェラードさんはアイナ様の味方ですので……」
「う、うん……? それは疑ってないけど――
ああもう。それにしてもリーゼさん、いろいろと残してくれちゃったなぁ……」
私の周りで、今までとどこか何かがズレた感覚を覚える。
つい少し前までの平穏が軋んでいるというのだろうか――
「――大丈夫ですよ。今はみんな、消化しきれていない部分があるだけです。
いずれ時間が解決してくれるでしょう」
ルークはそう言いながら宙を見上げた。
その言葉は自分に向けて……という部分もあったのだろう。
「うん、そうだね……。
ところでエミリアさんは昼に会った? まだ寝ているのかな?」
「今、レオノーラさんがいらしてるんですよ。
すいません、伝え忘れてました……」
ルークは途端に申し訳無さそうに縮こまってしまう。
ルークはルークで悩んでいたもんね。それくらいは何て言うことはないよ。
「ふぅん、そうなんだ? お見舞い……では無いよね。体調悪いことは知らないはずだし……」
「何かを知らせにきたようなのですが――もしかしたらアイナ様宛だったのかもしれませんね。
工房の件は確か、大聖堂を経由して連絡が入るんですよね」
「うん、それかな? それじゃ、ちょっと行ってみようか」
「あ、私は控えておきます。
……あの、女性のお休みのところへ男が訪ねるのもどうかと思いますので」
「うーん? それじゃルークの分も行ってくるね」
「はい、私はここでもう少し休んでいますので」
「あんまりネガティブに考えてたらダメだからね?」
「ははは……、ありがとうございます。大丈夫ですよ」
どこか力なく言うルークを置いていくのも忍びなかったが、私はひとまずエミリアさんの部屋に向かうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エミリアさんの部屋の前まで行って様子を伺う。特に人の雰囲気は感じられないけど――とりえあずノックしてみるか。
トントントン
ノックをしてしばらくすると扉が開き、その隙間からエミリアさんが顔を覗かせた。
「あれ、アイナさん? お帰りなさい、どうしたんですか?」
「お見舞いと、あとはレオノーラさんが来てるって聞いたので寄ってみました」
「あぁー、レオノーラ様は少し前に帰ってしまいましたよー……」
「あ、そうなんですか? ご挨拶くらいはと思ったんですけど、それは残念」
「そうそう、レオノーラ様があのお話を持ってきてくれたんですよ!
アイナさんの工房の件――」
「わ、本当ですか!?」
「ところでルークさんは? レオノーラ様のことを知ってるのは、ルークさんから聞いたんですよね?」
「今、食堂にいますよ。お休み中の女性の部屋には――ってことで、ここには来ませんでしたけど」
「あはは、ルークさんらしいですね。
それじゃ遠慮なく、アイナさんと少しお喋りさせて頂きましょう。さぁさぁ、どうぞどうぞ」
「はい、お邪魔しますねー」
このあとお茶を飲みながら、レオノーラさんが持ってきた伝言を教えてもらった。
何でも工房の引き渡しをしたいということで、近日中に大聖堂に来て欲しいということだった。
おお、ついに念願――でもなかったけど、自分の工房が持ててしまうのか。
ヒョウタンから駒だけど、やっぱりかなり嬉しいかもしれない。