153.思いがけない服屋さん
ダグラスさんから依頼を受けたあと、錬金術師ギルドの受付でテレーゼさんに声を掛けられた。
「アイナさああああん! 今日のお昼は――」
「あ、すいません。今日はもう帰るので……」
「がーんっ!」
テレーゼさんには申し訳ないのだが、さすがに『循環の迷宮』での一件で少し気が沈んでいるので――今日は遠慮させて頂くことにした。
「でもまたそのうちお誘いしますので。
あ、お詫びといってはなんですが……これ、お土産にどうぞ」
私はテレーゼさんにダンジョン産の小さな宝石を渡した。
そこまでの価値は無いとはいえ、銀貨10枚くらいはするはずだ。
「わぁ、本当に良いんですか!? ありがとうございます!
帰ったら早速アクセサリにしますね!」
「え? アクセサリ?」
「私の趣味、彫金なんですよ! 宝石をあしらったりもするんです♪」
「へぇ……。それじゃ完成したら、アーティファクト錬金で何か効果を付けましょうか?」
「ふぇ……? うーん、それはお金が掛かりそうですし――」
「お土産ついでに無料で良いですよ。今回だけ実費もサービスしますので」
「おお、本当ですか!? ますますもって、魂を吹き込む勢いで作ってきます!!」
「死なないでくださいね……。
それにしてもテレーゼさんが彫金とは、何か予想外でした」
「……それ、よく言われるんですけど……何ででしょう?」
あ、他の人もやっぱりそうなんだ?
うーん、本人から繊細な感じがしないからかな……。あ、勢いがあるって意味で……。
……いや、フォローになってないな……。
「……アウトドアなイメージっていうのでしょうか……」
「ああ、なるほど。私、外で遊ぶのは好きですよ!
アイナさん、今度海に行きましょう! 水着を着て泳ぎましょう!」
「えぇっと……機会があれば」
「断る常套文句にも聞こえますが、しっかりお誘いしますからね!
えへへ、楽しみだなー♪j」
よし、それまでに王都を去ることにしよう。
……いや、それが理由っていうのも何か切ないか。
「――あ、そうだ。テレーゼさん、この辺りで良さげな服屋さんを知りませんか?」
「え? イメチェンでもするんですか?」
「ダンジョンで服を1着ダメにしてしまいまして。何かしら新しく作っておきたいなと」
「なるほど、大変だったんですね。
それじゃ、私のオススメの服屋さんの地図を書きますね。少々お待ちください!」
「はい、ありがとうございます」
テレーゼさんは受付に備え付けられていた用紙の裏に地図を書き始めた。
錬金術師ギルドの業務とは関係無いけど……その紙を使っても良いのかな? まぁ、今は黙っておこう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなこんなでテレーゼさんから地図をもらい、そこに書かれた場所に行ってみると――何となく洗練された、小さな建物を見つけることができた。
建物と建物の間に狭々しい感じで建ってはいるものの、それをあまり感じさせない素敵な扉。
窓も無く立て看板のようなものも無く、一見すると服屋には見えないが――それでも扉の上の小さなプレートには『服屋・白兎堂』と書かれていた。
少し緊張しながらお店に入ると、品の良さそうなお婆さんが座って出迎えてくれた。
笑顔が素敵な、どこか安心感のある人だ。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。あら? 初めてのお客様かしら?」
「はい、錬金術師ギルドのテレーゼさんという方から紹介を頂きまして――」
「あら、テレーゼちゃんのお知り合い? それじゃ、バーバラを呼んできましょうか。
少々お待ちくださいね」
お婆さんはそのままお店の奥に引っ込んでいった。
バーバラ……というのは初めて聞く名前だ。誰だろう? テレーゼさんと関係ある人なのかな?
そんなことを考えながら待っていると、しばらくして若い女の子が出て来た。
「いらっしゃいませ! テレーゼさんのご紹介ということで――……あ!」
「あ」
その女の子とは1回だけ会ったことがあった。
錬金術師ギルドの食堂で接客をしていたおばちゃんじゃない方の店員さん――テレーゼさんの幼馴染の女の子だ。
「アイナさんじゃないですか! お久し振りです!」
「あ、あれ……? 何でこんなところに……?」
「食堂で働きながら、このお店で服飾の勉強をしているんですよー」
「おぉ、凄いですね……」
「いえいえ。まだまだですが、それでもようやくお客様の注文を受けるようになれたんです。
アイナさんの服もお任せください!」
「それじゃ、お願いしますね」
「ありがとうございます♪ それにしてもアイナさんも、こういう服に興味があったんですね。
いえ、もちろん似合うとは思うのですが、そういう恰好をするとは思いませんでしたので――」
「……え? そういう恰好……って?」
「え? テレーゼさんから聞いていないんですか?」
「いえ、何も……?」
私の返事を聞くと、バーバラさんは傍らのハンガーラックから1着の服を手に取った。
「白兎堂で扱っているのは、こういう服なんですが……」
バーバラさんが服を広げるとそれは――そこかしこにフリルがふりふりしていて、何ともファンタジックというかメルヘンチックというか、そんな服だった。
いわゆる……ロリータファッションというやつだ……。
「……これは聞いていませんでしたね……。
もしかしてテレーゼさんの私服が全部これで、他の発想が無かったとか――」
「3着くらいは持ってますけど、他は普通の服ですよ……。
あ、でも私は普通の服も作れますから! 注文はお受けしますよ」
「え? 良いんですか?」
ちらっとお婆さんを見ると、特に問題無いように頷いてくれた。
店主であろうお婆さんが良いというなら良いのかな。
「それじゃお願いしますね。いつもは大体こんな服を着てるんですけど――」
「ふむふむ、お着替え用ですか。
うーん、それならついでに1着、新しいのも作っていきませんか? デザイン・監修は私で!」
「そ、それじゃせっかくなので……」
「ありがとうございます! それでは寸法頂戴いたします!」
「あ、テレーゼさんには寸法を教えないでくださいよ」
何となく。特に理由は無いんだけど、何となく念を押しておく。
「え? もちろんですとも。仕事とプライベートは別ですから!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
採寸を終えてバーバラさんが何やら作業をしている中、お店の中を見渡すと――片隅にウサギのぬいぐるみが置いてあるのに気付いた。
「わぁ。可愛いですね、このウサギさん」
「お婆さまの趣味――じゃなくて、こういうものもお受けしてるんですよ。
アイナさんもよろしければいかがですか?」
「バーバラさんって、言葉巧みに営業してきますよね……」
「えへへ、接客もスキルの1つですから」
「確かに……。
あー、でも良いなぁ……。このもふもふ感」
実は今朝、どうにもリーゼさんのことが赦せなくて――毛布を丸めたものを叩いて、ストレス発散していたのだ。
ストレス発散用にこれくらいの感触のものがあると便利なんだけど――でもウサギさんを叩くのは忍びないなぁ。
うーん……。ここはあれかな?
私はアイテムボックスからガルルンの置物を1つ出した。
「こういうデザインのぬいぐるみもできますか?」
「うん……? 何だかおかしなデザインねぇ……。
でも愛嬌があるし、良いかもしれないわ。ええ、これならお受けできますよ」
「大きさはどれくらいのものができます? 大きいほど嬉しいんですけど――」
「そうね……お金次第なんだけど――」
2メートルの ガルルンを 発注したぞ!!
……あれ? もしかして……やっちゃったかな……?