150.循環の迷宮~滝の側で③~
「アイナ様、ご無事ですか!?」
リーゼさんの姿と声が消えたあと、ルークが慌てて駆け寄って来た。
「うん、大丈夫。それよりもエミリアさんを治療しないと!」
そう思いながら立ち上がろうとした瞬間――
ズキンッ!!
「――ぐぁっ!?」
右脚を走る激痛。そしてそのまま、バランスを崩して再度転んでしまう。
見れば私の右脚はずいぶんと赤色に汚れ、血も多く出ているようだった。
「矢でやられているのですから――」
嘘のように痛みが湧いてくる。
これはいわゆるあれかな、脳内麻薬が出ていて今までは痛みが和らげられていたという――
それにしても、血の量からして動脈がやられていなかったのは幸いか。
……いや、めちゃくちゃ痛いんだけど!
とりあえず私はアイテムボックスから高級ポーションを出して、傷口に振り掛ける。
ポーションは柔らかな光となって傷を癒してくれた。
改めて見ると、やっぱりこのポーションっていうのはとっても便利なものだよね……。
――なんて感心している場合じゃなかった!!
エミリアさんの元に急いで行くと、彼女は引き続き荒い呼吸をしながら辛そうにしていた。
ルークに一時的な止血をしてもらいながら矢を取り払い、同時に高級ポーションを振り掛ける。
ポーションは柔らかな光となってエミリアさんの傷を癒していく――
「む……。この矢は……」
取り払った矢の先端を見たルークが小さく零した。
その言葉に釣られて私も見ると、それは他の矢とは違う黒い石で作られているようだった。
これは何だろう……? かんてーっ
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【衰弱の矢(A級)】
衰弱の呪いが掛けられた矢
※呪術効果:魔法封印
※追加効果:付与効果が0.6%増加する
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――何これ。こういうものもあるの……?
確かにエミリアさんは矢を受けて以来、何をすることもできていなかったけど――
それにしても、傷が治ってもエミリアさんは元気にならない。
やはりこの矢の効果なのだろうか……。何かおかしいし、ここは鑑定してみよう。
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【状態異常】
衰弱(大)、魔法封印
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「――エミリアさん、状態異常が2つあるね。片方は解けるかなぁ……」
私はリーゼさんに渡さずに済んだ指輪を身に着け、ひとまず解除を試みることにした。
「バニッシュフェイト!」
それはすべての魔法効果を打ち消す光魔法。
アーティファクト錬金で私の指輪に宿った魔法の力。
魔法が発動したあと、改めてエミリアさんを鑑定してみる。
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【状態異常】
衰弱(大)
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「……うん、とりあえず『魔法封印』は解けたかな」
「そんな状態異常が……?」
「エミリアさん、私を庇ってくれたの。
本当はこれ、私が受けているはずだったんだけど――」
私は本来、魔法は装飾魔法しか使うことができない。
アクセサリがあるおかげでバニッシュフェイトとクローズスタンを使うことができるのだが――
リーゼさんはバニッシュフェイトを封じておきたかったのだろうか? 魔法関連なら全部効果を消してしまう優れものだし。
もしくは私を衰弱させておきたかっただけで、『魔法封印』が付いた矢しか持っていなかった可能性もあるにはあるか。
「うぅん……」
「あ、エミリアさん! 大丈夫ですか!?」
「……アイナさん、ご無事ですか……。……あの、ちょっと疲れたので……少し寝かせて――」
そう言うと、エミリアさんは静かな寝息を立てて眠ってしまった。
衰弱を治す薬を作ることができれば良いんだけど、これがなかなか作れないんだよね。
……世の中うまくできていないものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――はっ!?」
「うわっ!?」
「おぉ……目覚められましたか」
5階に戻って早々にテントを張り、野営を始めてから6時間が経ったころ。
エミリアさんが唐突に目を覚ました。
……唐突すぎて、私なんて声を上げて驚いてしまったくらいだ。
「おはようございます。――といってもそろそろ夕方のはずですけどね」
「あちゃ……そんなに眠ってしまいましたか……。すいません……」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。
エミリアさんの受けた矢には、衰弱と魔法封印の効果が掛かっていたんですよ」
「えぇ……、なんとも物騒な……。
――それで、あの人はどうなったんですか?」
エミリアさんが普通に言った『あの人』。これは間違いなくリーゼさんのことだろう。
「最後にルークと戦って、それで滝つぼに落とされて下の階に落ちていきました」
「そうですか……。あ、取られたものは無事でしたか?」
「何とか守りきりましたよ。これもエミリアさんとルークのおかげです」
そう言いながら、私はエミリアさんにイヤリングを返した。
「良かった……。本当に――」
エミリアさんはイヤリングを握りしめて胸に当てたあと、いそいそと耳に着け始めた。
そんなに大切に思ってくれているなら作った本人としてはとても嬉しい限りだ。
「あ、そうだ。ルークにはまだ返してなかったね。はい」
「ありがとうございます」
ルークもネックレスを受け取り、そのまま身に着けた。
「アクセサリといえば――そういえばルークは何で、ジェラードさんのブレスレットを持っていたの?」
リーゼさんとの交戦中、思いがけず登場した『風刃』の効果。
あれのおかげでリーゼさんの弓の弦は切断され、彼女の戦闘力を大きく奪うことができたのだ。
「実はジェラードさんが、リーゼさんのことを不審に思っていたようで……」
「不審?」
「はい。人間の観察力は私などよりもかなり高い方ですが――最初に会ったときに、そんな印象を受けたそうです」
「へぇ……」
「なので、とっさに『風刃』のことも隠したそうですよ」
「ああ、なるほど――」
確かにジェラードのブレスレットだけは、リーゼさんの手には一度も渡っていないんだよね。
リーゼさんとジェラードが会ったとき、確かどこかに置いてきたって言っていたし――
「そのあと……アイナ様が私の部屋を訪ねてきた日ですね。
実はあのときにいろいろ話して、念のためということでブレスレットをお預かりしていたんです」
「それで、リーゼさんとの戦いのときは最後だけ着けたってわけね……。うーん、あれは本当に驚いたなぁ」
「みんなで頑張って、乗り越えたっていう感じですね。
うぅーん、私は無力で何とも悔しいです……」
「何を言ってるんですか。私は庇って助けてもらいましたし――あ、それとあれです」
「……あれ?」
「偽名も案外、役に立ったよね? 急にルークから『フレデリカ』って言われて驚いたけど」
「あ……その節は失礼な口を利いてしまい、申し訳ございませんでした……」
ルークが途端に恐縮する。……失礼な口って?
「『フレデリカ、ポーションを寄越せ』……だっけ?
いやいや、あそこで普段通りだったらリーゼさんもあんなに慌てなかったと思うよ?」
普段とずいぶん離れた口調だったから慌てたのだろうと思うし、それにあれくらい強く言ってくれなかったら私もとっさに反応できなかったかもしれないし。
「――何にせよ、私たちの初めてのダンジョン探索は……ずいぶん酷いことになっちゃいましたね……」
「そうですね……」
「私は忘れません。自分の不甲斐なさと共に」
ルークの言葉に、エミリアさんも深く頷いていた。
私も同感であるが、それ以上に強く感じたのは――
今まで、出会う人に恵まれ過ぎていたんだなぁ……。
――そんな思いだった。




