149.循環の迷宮~滝の側で②~
「ほら、早くしなさいよ」
リーゼさんは冷たい口調で私を促す。
彼女の要求は、私がアーティファクト錬金で作った4つのアクセサリだ。
ここで渡してしまうのは癪だし、もう同じものは作れないかもしれないけど――2人の命には代えられない。
「――分かりました。2人のアクセサリを外すので、少し時間をください」
「分かったわ。でも、変な素振りを見せたらすぐに撃つから」
「……2人の怪我の治療をしても良いですか?」
「ダメよ。全部渡し終わって、私がいなくなってからにして」
「…………」
正直怒りでどうにかなりそうだが、ここは我慢しなければいけない。
リーゼさんを下手に刺激して、2人の治療ができなくなってしまうのは――最も避けなければいけないことなのだ。
まずは近い方、目の前のルークの胸元を広げてネックレスを外す。
ルークの呼吸はかなり荒く絶え絶えで、早く治療をしてあげないといけない。
「……アイナ様……、あとで――」
小さく漏れる言葉は意味を成さなかったが、少しでも喋れることに安心はできた。
次にエミリアさんの元に行く。
肩に刺さった矢を中心に法衣は血で滲み、やはり呼吸をかなり荒くしている。
意識があるのか無いのか、今は分からないけど――
静かにイヤリングを外そうとすると、不思議な力で外すことができなかった。
これは……装飾魔法か。アクセサリを落とさないように、2人でレオノーラさんに教わって覚えた魔法。
無理矢理に外すのは避けたい。どうしたものかと思っていると、不意にエミリアさんの腕に力が入るのを感じた。
辛そうではあるが、どうやら意識はあるようだ。
「……エミリアさん、ここは悔しいですけど……またプレゼントしますので、イヤリングを外させてくれますか?」
私がそう聞くと、もう一度腕に力を入れたあと――観念するかのようにその力は抜けていった。
改めてイヤリングに手を掛けると、今度は普通に外すことができた。
ルークのネックレス。
エミリアさんのイヤリング。
そして私の指輪とブレスレットの、合計4つ。
「――ほら、さっさとしなさい。もう集まったんでしょう?」
私が手のひらに乗せた4つのアクセサリを見ていると、冷たい催促が飛んできた。
この4つは偶然できたものだけど、何だかんだで思い入れのある――
ドスッ
「――ッ!?」
鈍い音と共に、不意に私の右脚から力が抜けていった。
そしてそのままバランスを崩して地面に叩き付けられる。
慌てて自分の右脚を見ると、1本の矢によって貫かれていた。
「い、痛――!?」
「ほらぁ、早くしないからうっかり矢が飛んで行ったじゃん?」
そう言いながらリーゼさんは悠々と、倒れる私の元に歩み寄って来た。
ゴスッ
「――ッ!!」
突然、お腹のあたりを蹴られたような、そんな痛みが走る。
「ふふふ、いい様ねぇ? それじゃ、その4つを渡してくれるかな?
そんなに握りしめてたら、手も潰さなきゃいけないじゃない? 渡すつもりはやっぱり無いのかな?」
今、リーゼさんは私の至近距離にいる。
指輪を着けている状態ならクローズスタンで不意打ちもできたのだが――残念ながら指からすでに外してしまっていた。
私に攻撃手段は無く、つまり逆転の目は一切無いのだ。
そんなことを一瞬の間に考えていると、突然、頭の痛みと共に起こし上げられる感覚を覚えた。
これは髪の毛を掴まれて、上に引っ張り上げられている――?
……ああもう! やりたい放題だな!!
「ほらほら、ご覧よ。ルークさんとエミリアさん、このままだと死んじゃいそうだよねぇ?
あんまりゆっくりしてるとさ、心変わりしてやっぱり殺しちゃうよ?
ふふふ、でもここはダンジョンの中。みんなが死ねば、ダンジョンの中で一緒になれるねぇ?」
倒れている2人を見たあと、何とかリーゼさんを見上げると――そこには醜く歪んだ顔があった。
これがこの人の本性……?
「――……その怪我で、まだ起き上がるわけ?」
不意に、リーゼさんが不満そうな声でぽつりと零した。
彼女の視線の先を見れば、ルークが力を振り絞って何とか立ち上がっているところだった。
「――アイナ様に……触れるな……」
「あら、怖い。でもこの状況を見て、まだそんな口が利けるのね」
ルークはゆっくりと私とリーゼさんの方に歩き始めた。
力は無く、何とか進んでいるといった感じだ。見ていてとても痛々しい。
「おおっと、動く人質なんて要らないよ。ルークさんはもう退場ね。
それじゃ、さっさと死んじゃって――」
リーゼさんが私の髪から手を放し、ルークに向かって弓矢を構えた瞬間――ルークは突然叫んで走り始めた。
「フレデリカ!! ポーションを寄越せ!!」
「――何っ!? 仲間が――!?」
リーゼさんは反射的にルークの視線の方向――彼女の真後ろを慌てて振り向く。
しかし、そこには誰もいない。
フレデリカ――それは1週間くらい前、宿屋で作られた私の偽名――
バチッ
私はとっさに高級ポーションを作り出す。
今回は特製、瓶入りではなく紙袋入り――つまり中身がすぐに零れ出す特別仕様だ。
リーゼさんの隙を突いてルークは私の元に辿り着いた。
私はポーションが零れ出す紙袋をそのままルークに押し付ける。ポーションは柔らかな光となって、ルークの傷を癒し始めた。
リーゼさんは突然の出来事に私たちと間合いを取る――
「あっはっは! ブラフだったの!? 最後の悪あがき!?
それにしても詰めが甘いよ! ルークさん、あなた剣を忘れて来てない?」
リーゼさんの言葉に慌ててルークを見ると、確かに剣を持っていなかった。
しかし怪我が治り始めた今ならともなく、その前――あの大怪我の状態では持つこともできなかったのだろう。
「心配無用ッ!!」
ルークはその返事とばかりに、身に着けていたナイフ――アドルフさんからもらった属性ナイフをリーゼさんに投げ付けた。
しかしせっかくの武器も、リーゼさんの弓によって敢え無く弾かれる。
「はっ! 唯一の武器を投げ付けるなんて馬鹿なんじゃ――
――何ッ!?」
ズバッ! ズババッ!
リーゼさんの言葉を遮り、彼女の弓を中心として不思議な真空の刃が舞い踊った。
見ればリーゼさんは軽い切傷を負い、服も切れ、そして――弓の弦も切断されている。
「……ちょ、ちょっと! 何よそれ!!?」
突然の出来事にリーゼさんは慌てた。
飛んできたナイフを弓で弾いたら、突然真空の刃に襲われたのだ――
――え? それって……?
「『風刃』……? え、何で――」
それはジェラードに渡した『風刃』の効果。
改めてルークの腕を見てみると、ジェラードのブレスレットが着けられていた。
状況はまったく分からない。
しかしどういう経緯であれ、リーゼさんの弓が使えなくなった今――形勢は逆転したのだ。
「ここまできて――? もう少しだったのに――ッ!!」
「リーゼさん、よくも裏切ってくれましたね……。それも、アイナ様やエミリアさんに怪我まで負わせて――」
ルークは静かにリーゼさんに歩み寄って行く。
リーゼさんはルークの迫力に圧され、距離を空けながら後ずさる。
「……ちっ!
いきがってもあんたは丸腰! 私はまだこの短剣があるのよ――
――ぐふっ……?」
リーゼさんが腰に下げた短剣を抜いた瞬間、ルークの横蹴りが炸裂した。
それをまともに食らったリーゼさんはゆっくりと宙を舞い、そして滝つぼに落ちた。
「きゃ、きゃあああああああっ!?」
そしてそのまま、強い水流と共にダンジョンの階下へと落ちていく――
彼女の悲鳴はしばらく余韻として残ったが、それでも長い時間を掛けて残るものでは無かった。
――やっと終わった。
私は安堵した。しかしまだ終わりではないのだ。
早く、エミリアさんの怪我の治療をしないと――!!