148.循環の迷宮~滝の側で①~
『循環の迷宮』探索の4日目。今日は6階にあるという滝を見たあと、地上に向けて戻って行く予定だ。
とはいうものの、リーゼさんが少し体調を崩してしまったらしく、6階へは少し休憩してから行くことになった。
「――ごめんね。環境に慣れなかったのかな」
テントを撤去する傍らでリーゼさんがぼやく。
周囲のパーティはすでにおらず、残っているのは私たちだけになってしまっていた。
「まぁまぁ。そんなこともありますよ」
私はそう慰めるしかなかった。
原因が分かれば薬でも作るところなんだけど、鑑定しても特に状態異常には出てこなかったんだよね。
軽微なものは状態異常としては出てこないのかな?
「でももう大丈夫そうだから、そろそろ行こうか。
滝を見れば気分転換になるかもしれないし」
「そうですね。ルークとエミリアさんも準備ができたようですし、行ってみましょうか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
6階に向かう階段の途中で、すでに下の方から大きな水の音が響いてきた。
「――うわぁ、凄い音……。ここでこの音なら、6階に着いたときにはもう目の前に滝があるんでしょうね」
「それにこの階段もかなり長いですよね。とすると、天井もかなり高いのでしょうか――」
そんな話をしているとようやく階段が終わり、目の前に広い景色が開けた。
そこには――周囲の壁と同じ青白い光を放つ、高く高くそびえ立った滝が姿を現した。
水がかなり上から勢いよく流れ落ち、大量の水飛沫を宙に舞わせている。
霧雨――まさにそんなイメージだろうか。細かい水滴が私たちの方にも降り掛かってくるが、いやな感じはしなかった。
そして滝つぼに溜まった水は、少し先で大きな音と共に階下に流れ落ちているようだった。
「おお……、これは凄い……」
「本当ですね、迫力があります!!」
「こんな滝を見ることができるなんて……ダンジョンとは不思議な場所ですね」
「うん……大きな音だね、これは」
4人が4人、それぞれの感想を漏らす。
力強くて、そしてとても綺麗な光景。これって結構な観光スポットになるんじゃないかな?
……いや、ここまでの道のりもそれなりだし、さすがに難しいか……。
しばらく滝の周囲を散策しながら、軽く探索もしてみる。
特に魔物や宝箱の姿は無いようだった。少し前にたくさんの冒険者がここを通ったはずだし、それも当然か。
「うーん、平和そのものですね」
「それじゃアイナさん、平和なうちに水を調達してしまいましょう」
「そうですね。そういうのは先に済ませておきましょうか」
そう言いながら大きめの水筒や瓶を出して、エミリアさんと水を汲み始める。
錬金術で浄化するのはいつでもできるから、今はひとまず水を汲んでしまおう。
「――アイナ様、魔物です」
水を汲み終わった頃に、ルークが注意を促してきた。
ルークの視線の先を見てみると、人間の形をした水の塊が動いている。
あれはいわゆる水の精霊ウンディーネ……というやつだろうか。
何となく女性の姿をしていて可愛いような気がする。
ゆっくりと向かってくるウンディーネに対して、まずはルークが斬り掛かった。
ルークの剣が一閃してウンディーネを斬り裂いた――のだが、そのまま何事も無いようにくっついて戻ってしまった。
……あれ? そんな再生力、あり?
「私の知っているウンディーネとは違いますね……」
ルークは私たちを護りながら言う。
「それでしたら昨日の教訓を活かして私が!
いきます、シルバー・ブレッド!!」
パアアアアンッ!!
エミリアさんの魔法を受けたウンディーネは、一撃で見事に霧散させられた。
跡形も無く――とはまさにこのことだろう。
「おぉ……。これで終わり――」
「いえ、まだいます……!」
再度エミリアさんの声が響く。
その視線の先にはまた別のウンディーネがいた。
「それじゃ今度は私もいくわね」
そう言いながらリーゼさんは弓を番えた。
そして狙いを絞って一気に撃ち放つ――
ザンッ!!
「――ッ!?」
「「え?」」
次の瞬間、私たちが見たのはルークに刺さった1本の矢。
そして――
「アイナさんッ!!」
不意に突き飛ばされる私。
ズザァアアアアッ!!
地面を擦る音が聞こえた。
突き飛ばされた私の身体が立てた音――!?
痛みをこらえながら慌てて起き上がる。
最初に見えたのは、宙を舞う矢を剣で弾いているルーク。
次に見えたのは、肩に矢を受けて倒れているエミリアさん。
そして最後に見えたのは――ルークに向かって矢を撃ち放つリーゼさんだった。
「……え? リーゼさん、何を――」
状況が把握できない。
ウンディーネの姿はすでに無いが、それはリーゼさんが倒した……? え、でもこれは――?
「――ちっ、さすがにルークさんは強いね! それじゃやっぱり、狙いはこっちかなぁ?」
リーゼさんがそう言うや、彼女の弓矢がこちらに向けられる。
しかしそれを見たルークが素早く私の前に躍り出た。
「アイナ様、下がって!」
「あらあら、勇猛で忠実なナイト様♪
確かに普通の矢は剣で弾かれるけど――これはどうかなぁあ?」
そう言うや、リーゼさんの弓矢に力強い緑色の光が取り巻いた。
これは――
「クルーエル・テレブレーション!!」
リーゼさんが叫んだ瞬間、その弓から大きな風の塊が撃ち出された。
これは弓矢の特殊攻撃――!?
ズガアアアアアンッ!!
「……うぐっ!?」
大きな音と共に、ルークのうめき声が響く。
ルークの影に隠れていた私はダメージは無かったけど、ルークには――!!
「あっははは! お姫様がいたら避けられないもんねぇ?
そんなやつ、私の敵じゃないよねぇ!?」
「り、リーゼさん!? 何をするんですか!?」
「……はぁ? まだ平和ボケしてるの?
この状況を見てみなさいよ。どう思う?」
私の足元で倒れているルーク。
私の傍らで倒れているエミリアさん。
そして目の前には、こちらに弓矢を向けているリーゼさん。
「――……裏切り……」
「遅い、遅いよ! ああもう、見てられないわぁ」
「で、でも何で!? 私たちが何かしましたか!?」
「いいえ? ま、理由のひとつは――金目の物を持っていたってことかな?」
「金目の物……?」
このダンジョンで手に入れたものを思い出すが、裏切ってまで欲しいものがあったのだろうか?
特に価値のあるものは何も手に入れてないと思うんだけど――
その様子を見て、リーゼさんは改めてため息をついた。
「……貴重な装備をたくさん持ってるでしょう? ほら、全部出しな」
「貴重な装備……? それって――」
「はぁ……。錬金術の腕は凄いけど、察しは悪いんだね。
ほら、あんたの指輪やブレスレット。エミリアさんのイヤリング、あとはルークさんのネックレスか。
それだけ頂いたら、今回は見逃してあげるよ」
リーゼさんの目は冷たさを増していく。
周囲には誰もいない。頼りの仲間は怪我を負っている。どうにかできるのは、私だけ――