14.少しの間、さようなら
それから数日は慌ただしいものだった。
大体は旅の準備、買い物関連だったんだけど、何しろ元の世界とは勝手が違うから。
もしものときのためにある程度の携帯食は確保しておかなきゃいけないし、怪我や病気をしたときの備えもしておかなきゃいけない。
『毒治癒ポーション』とか『麻痺治癒ポーション』みたいなものも必需品なんだけど、ここら辺は自分で作れたから少しは節約できたかな。
それと、服!
転生してきたときの服はヴィクトリアの従魔に襲われてボロボロにされちゃったんだけど、同じ感じの服をオーダーメイドで頼んでおいたのだ。
ルイサさんの口利きもあって、優先して作ってもらえたのは助かった。
とはいうものの、何となく予備の服を見ていたらついつい買い込んで、無駄な出費をしてしまったのは内緒だったりする。うん、内緒だよ。
それと薬草や鉱石を扱うお店で、素材になりそうなものを出来るだけ買ったかな。
何か新しい発見をしてそれを作ろうとしたとき、何が素材になるか分からないからね。ひとまずいろいろと買い貯めておくことにしたのだ。
後は日用品かな?
身だしなみはしっかり、清潔にもしなきゃいけないし(というか、していたいし)、これは重要だよね。
そんなこんなで最初にあったお金……金貨21枚相当は、今現在3枚ほどになってしまっていた。
少し心もとなくなったけど、でも準備は万端だし、何とかなるでしょ。大丈夫……の、はず。
そして夜が明けた!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ルイサさん、いらっしゃいますかー?」
宿屋入口のカウンターの奥に向かって呼び掛ける。
転生して以来お世話になってきたこの宿屋ともついにお別れだ。ちょっとしんみりくるものがある。
「アイナさん、今日でお別れとは寂しいねぇ……」
ルイサさんはその言葉通り、寂しそうに笑顔を向けてくる。
「でもそのうち戻ってきますので、そのときはまたお世話になりますね」
初めて訪れた街。ヴィクトリアがいるのは嫌だけど、それでもこの街に思い入れはある。そのうち、必ず戻ってきたいとは思っているのだ。
「ははは、必ずだよ。なんせアイナさんは私の恩人だからね」
そう言いながらルイサさんは治った脚をさする。
「いえいえ。頑張って宿屋、切り盛りしていってくださいね!」
「もちろんさ! あ、それでね。アイナさん、薬のお代はどうしても受け取ってくれなかっただろ? 代わりといってはなんだけどさ、プレゼントを用意したんだよ」
「え? プレゼントですか?」
ルイサさんは満面の笑みで頷くと、奥から包みを持ってきた。
受け取ると、柔らかい感触が手に伝わってくる。
包みを広げて中の物を出す。それを広げると――上等な布で作られた、法衣のような丈の長い服だった。
ちょっと漫画とかゲームのコスプレっぽくはあるけど、この世界では違和感の無い服。
「えっと……これは、服……ですか?」
「ああ、ちょっとした聖人? っぽいイメージで作ってみたんだよ。アイナさんは実際、錬金術の凄腕じゃない? いざというとき、こういう服ではったりをかますんだよ」
「え? これ、ルイサさんが作ったんですか……?」
言いながら自然にルイサさんを鑑定してしまう。裁縫スキル……レベル23!
「わ、ルイサさん、裁縫スキル高いですね!?」
「ふふふ、死んだ旦那に会うまでは裁縫士だったからね。旦那と一緒になって、世界一の宿屋を目指していたんだけどねぇ……」
ルイサさんは懐かしそうに微笑んだ。
初めて聞いたことだけど、今までいろいろなことがあったんだろうな。
「とても素敵な服だと思います! 大切に使わせて頂きますね!」
「ははは、そうしておくれ。そうそう、アイーシャさんも何か贈り物があるって言ってたから、是非訪ねておくれね」
「そんなに気を遣って頂かなくても……。うーん、それじゃ、このあとご挨拶に伺いますね」
「うん、頼んだよ。それじゃアイナさん、お元気で!」
名残惜しく、最後まで見えなくなるまで手を振りながら宿屋を出る。
太陽の下に出ると、まずはひと伸び。
うん、旅立ちに相応しい良い朝だ。
「えぇっと、出発前に挨拶したいのは……距離的に、ルークさん、ケアリーさん、アイーシャさんの順番かな?」
まずは街門、ルークさんのところに行ってみよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナさん、おはようございます。あ、ルークですか? ルークは今日は……えっと、そうそう、非番でして」
ええ? 何とも間が悪い。
まぁ仕方ないか……と思いながら、そのままルークさんの同僚の騎士に挨拶をする。
「そうですか……。私、今日でこの街を発ちますので、最後のご挨拶をと思ったんですが」
「そうでしたか、もう旅立たれるんですね。はは、ルークのやつ、アイナさんの話ばかりしていたんですよ。アイツと話していても鬱陶しかったでしょ?」
「あはは……」
肯定も否定もしづらいわ!!
でもまぁ、少なからず好意を持っていてくれたのは嬉しいと思ったよ。うん、何とも間の悪い青年だったけど、お元気で。
胸の中でそう祈りながら、街門を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ! アイナさん、おはようございます!」
次に向かったのは冒険者ギルドの受付、ケアリーさんの元。
「ケアリーさん、おはようございます。出発前のご挨拶にきました」
言うや、ケアリーさんの顔が悲しそうに崩れる。
「ああ……、今日なんでしたよね……。ふえぇ、アイナさんお元気で……っ!」
「ああもう、泣かないでください、また来ますから。そうそう、しばらくのお別れということで、ちょっとした差し入れを……」
そう言いながら『中級ポーション』『高級ポーション』『精神安定剤(小)』などの新作アイテムを何本かずつ並べる。もちろん全部S+級だ。
「つらいときに……ぐいっと。いろいろ大変でしょうけど、頑張ってください!」
「あ、あはは……。アイナさんらしい差し入れですね。あ、これ、このまま私の鞄に入れると、すごい横領っぽいんですけど」
言われてみればここは冒険者ギルドの受付カウンター。
ここに出されたアイテムを受付嬢が自分の鞄に入れたとなると……どう見ても横領だ。
「あああ、そう言われてみればそうですね、しまったー」
「でも上司にも確認してもらえばたぶん大丈夫です! ちょっと待っててください!」
そう言いながらケアリーさんは上司を呼んできて、その監視のもとで鞄にアイテムをしまい終えた。
「なんかゴタゴタとすいません、そういう場所なので……。では、何かあったときに使わせて頂きますね!」
「いえ、こちらこそ気がまわらなくて。それじゃ、本当にお世話になりました。またその内、顔を出しますね」
「お待ちしてます! あの、それと――」
「はい?」
「あ、いえ……なんでもないです! それではお元気で!」
最後に何か言葉を飲み込んだ感じもしたが、気のせいだろうとその場を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あら、アイナさん! よく来てくれましたね」
最後に訪れたのはアイーシャさんの家。長屋のような建物の一部屋だ。
「今日この街を発ちますので、最後のご挨拶をと思いまして」
「ルイサから聞いてはいるけど、本当に残念だわ。でも、世界にはあなたのことを待っている人がたくさんいるでしょうし……仕方ありませんね」
「あはは……。出来るだけ頑張ります」
「是非、そうしてくださいな。それでね、ルイサから服をもらったでしょう?」
「あ、はい、頂きました。とても素敵な服で!」
「それは良かったわ。私からも贈り物があるの。受け取ってくれるかしら」
そう言うとアイーシャさんは部屋の中からひとつの長いものを出してきた。
「これは……杖?」
それは魔法使いが使うような杖。
かっこいいとかわいいの中間くらいのデザインで、とても私好みである。
「長旅にはこういうものがあると便利ですからね。是非、持っていってくださいな。デザインも素敵な感じでしょう?」
これは嬉しい!
……のだけど、アイーシャさんって没落貴族で貧乏なんじゃなかったっけ?
こんな立派な杖、どうしたんだろう。
そう思ってると、アイーシャさんは察したように小声で話してきた。
「これはね、私の支援者に取り寄せてもらったの。脚を治してもらってからね、私にもやりたいことが出来たのよ」
支援者……?
そういえばルイサさんが、アイーシャさんには『未だに悪い連中が声を掛けて来る』……って言ってたっけ。だ、大丈夫なの……?
アイーシャさんはそれすらも察し、再び小声で。
「私も結構な野心家なのよ? 毒を食らわば皿まで。そうそう、アイナさん、ヴィクトリア様にちょっかいを出されていたんでしょう?」
その言葉に驚き、アイーシャさんの顔をまっすぐに見る。
「私の恩人にちょっかいを出すなんて、誰であろうと許しませんからね。うふふ、アイナさんがこの街に戻って来たとき、どうなっているかしらね……?」
アイーシャさんは悪い感じに笑う。こ、こういう人だったんだ……? 没落貴族とは言え元は貴族。やっぱり貴族って……怖い!
「あ、あはは……。がっつり再起不能なくらいにお願いしますね」
「任せなさい♪」
アイーシャさんは小さくガッツポーズをした。今まで品のある振る舞いばかりだったので、何故かそういうところがやたら可愛く見えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さてと、そろそろ時間かな」
アイーシャさんの家を離れ、乗り合い馬車の場所に向かう。
そこからはもう街の外だ。
急ぎながらも、それまではこの街を楽しんでいこう。