136.おつかれかい
謁見も無事終わり、私たちは宿屋の食堂で疲れていた。もとい、夕食後にぼーっとしていた。
そんな中、ジェラードが意気揚々と現れた。
「こんばんは♪ ……っと、みんな疲れてるねぇ」
「「「……こんばんは」」」
「こりゃ重症だ。今日は謁見、お疲れ様ー」
「甘く見てました。まさかあんなに人がたくさんいるなんて」
「アイナちゃんのときはいつになく人が多かったそうだよ。
終わったあと、みんなすぐに帰っていっちゃったし」
「へぇ、そうなんですか――って、何でそんなこと知ってるんですか……?」
私たちが出て行ったあとのことなんて、その場にいた人しか分からないよね?
テレビ中継があるわけでもあるまいし。
「いや、実は僕も後ろの方にいたんだよね♪」
「……え、本当ですか? よく入れましたね……」
「ふふふ♪ 今回は兵士として紛れ込んでいたよ。人手が足りていないそうだったから、お手伝いさ」
「いやいや……。あんなところの兵士だなんて、普通紛れ込めないんじゃないですか……?」
「そこはほら、責任者と酒場で仲良くなってさ。そのあと僕の剣の腕を見せたら、もう即採用だよ」
確かにジェラードのコミュニケーション能力と剣術があれば、それもできるかもしれないけど――
「いつもながら、何か凄いことをさらっとしてますよね」
「1週間ちょっとで王様に謁見するアイナちゃんほどじゃないよ?」
「それはガルーナ村での前提がありましたから……」
「それでも凄いことさ。
……ところで、ルーク君とエミリアちゃんは何でこんなに疲れてるの?」
「王族の中で顔見知りを見つけて、精神的にダメージを負ったようです。特にルークが」
「へぇ、ルーク君にも王族の顔見知りがいたんだねぇ」
「先日お話しした、武器屋の前で体当たりをして来た女性がいたんですよ……」
ルークは振り絞るように声を出した。
「ああ……。僕と一緒に出掛けたときは残念ながら現れなかったんだよね。
それにしても、その女性って王族だったんだ?」
「はい……。オティーリエ様……という方だそうです」
「あ、あー……。はいはい……」
オティーリエさんの名前を聞くと、ジェラードは何やら納得したような感じで頷いた。
「ジェラードさんは、オティーリエさんを知っているんですか?」
「うん……。王族のことを広く調べているんだけどね、オティーリエさんはなかなか個性的な人だよ。
お転婆というか……いや、違うな。思い込みが激しいというか、価値観が普通と違うというか」
「それだけでもう厄介な感じがぷんぷんしているんですけど」
「暇を見つけては街に出向いているらしいよ。ルーク君も、そんなときに見初められたのかな?」
「見初めると体当たりをしてくるんですか……」
「それはまぁ、偶然を装って声を掛けたかったんじゃないかな?」
少女漫画でありそうなパターンだけど、どこの世界でもそんなものなのだろうか。
「……意外と乙女ですね」
「あはは、実際に年頃の女の子だしね。
大聖堂に入って数年経つらしいけど、いつまで経っても性格は何も変わらないっていう話もあったね」
「そこがエミリアさんの悩みの種らしいのですが」
「え? あ、エミリアちゃんも大聖堂所属だもんね。なるほど、それで振り回されてる感じか……」
「――はっ!? アイナさん、閃きました。
ここはあれです、『性格変更ポーション』の出番ですよ!」
エミリアさんはがばっと起き上がり、必死な面持ちでそんなことを言った。
ミラエルツで作った『性格変更ポーション』。確かに性格をランダムながらに変えられることはできるけど――
「いやぁ……。さすがに性格をこっちの都合で変えるのは抵抗が……。
ぶっちゃけかなりの困ったちゃんなら仕方ないと思うところもありますけど、そういうことに責任を持ちたくないです」
「む、むぅ……。冷静に考えるとそうですね……」
「何か罪を犯して、その贖罪に――ということであれば喜んで提供しますけどね。
個人的な好き嫌いで使うものでは無いかなと……」
「アイナちゃんのその良心? は大切だと思うよ、うん。
お金儲けに走ってそんなものが量産されると、いろいろと混乱が起きるだろうし」
「あはは、確かにそうですね」
私は基本的に人畜無害なものしか作らないからね。
やろうと思えば悪い薬やら毒やらも作れるはずなんだけど――そういうのには興味無いし。
「でもさ、アイナちゃんも覚悟しておいた方が良いよ~?」
「え?」
「王族や貴族の女性の間でさ、アイナちゃんの美容関係のアイテムが噂になってるんだ。
王様から工房をもらうことになったでしょ? 当然、オティーリエさんも来ると思うよ?」
「……げっ」
「分かります、その気持ち」
私の反応に、ルークがとても親しみを込めて言ってきた。
まだ会ったことは無いけど、会ったらその思いがまた強くなるのだろうか。
「……王都、出ようか」
「ちょっ! いやいやアイナさん、さすがに早すぎますよー!!」
私のつぶやきに、エミリアさんが思い切り反応した。
「じょ、冗談ですよ……。
それに王都ではやることがたくさんあるんです。えぇっと、『循環の迷宮』に行くのと、あとは――」
私は頭の中で、やることのリストから今までに終わった項目を消していく。
「――あれ? あとはそれくらい?」
オリハルコンや神器関係を除くと、残っているのはもうそれくらいだろうか。
それ以外には水魔法の勉強や『安寧の魔石』集めとかもあるけど、王都じゃなくてもできそうだし……。
「いつの間にか、結構終わっているものですね」
ルークがしみじみと言う。今日で王都9日目だけど、なかなか早くこなせたものだ。
「アイナさん! アイナさんはこれから、王都で『アイナのアトリエ』を開くという使命があるじゃないですか!
まだまだ残ってもらわないと!」
え、何そのゲームみたいな工房の名前。
「うぅん……。クレントスで経験済みですけど、困ったちゃんが1人いるといろいろやりにくいんですよね……。
エミリアさんも経験があるとは思いますけど」
「まさに現在進行中ですよ!」
「でも、私たちと会う前は普通に大聖堂で話したりしていたんですよね? オティーリエさんと」
「そうなんですけど、当時は我を殺して明鏡止水の境地に達していましたから!
旅先でアイナさんたちと出会って、今は素の性格を出しすぎるのに慣れてしまいましたから!」
あぁー……。確かにエミリアさん、最初に会ったときよりもお茶目な性格になったと思うよ。
そうか、ここまでオティーリエさんを拒絶するようになったのは私たちの責任もあるのか……。
「それならもう、王都を出て私たちと旅をしましょうよ」
「ぐふっ。それは大変に魅力的なご提案なのですが――」
エミリアさんはつらい感じの表情を浮かべる。
以前から信仰に人生を捧げたいって言ってたからね。
答えは分かりきっていたのだけど、悪いことを言っちゃったかな。
「でもオティーリエさんをどうにかすれば、エミリアさんの心の平穏が訪れるというのであれば……解決しておきたいですよね」
「ありがとうございます!
オティーリエ様に良い旦那様ができれば、もしかしたら落ち着くかもしれないのですが――」
「………………私は嫌ですからね」
ルークが小さく、しかし強い言葉で言った。
「ちが、違いますよルークさん! 別にルークさんとくっつけちゃえとかいう意味では……!」
「そういえばオティーリエさんには婚約者はいないんですか? レオノーラさんにはいましたよね?」
「元々はいらしゃったんですけど、3件ほど破談になってからそれっきりですね……」
3件も破談になるなんてどれだけ……。
オティーリエさんとはいずれ私も会うことになってしまうんだろうけど――何だか今の時点で、会いたくないなぁ……。




