134.新たなる野望(?)
19時頃、いつもの通り宿屋の食堂に行くと先にリーゼさんが夕食をとっていた。
後日、『循環の迷宮』に行くときにご一緒する予定のエルフの弓使いさんだ。
「あ、リーゼさんだ。こんばんわ」
「あら、アイナさんたち。こんばんわ」
挨拶をしながら、リーゼさんは私たちに相席を促してくれた。
席に着いて、食事の注文を済ませてからひと段落。
「リーゼさんはどうしていたんですか? 冒険者ギルドの依頼を受けていたんでしたっけ?」
「ええ、少し離れた洞窟――あ、迷宮じゃなくて普通の洞窟ね。そこの魔物討伐をしていたの」
「へぇ、洞窟ですか……」
「結構広い洞窟でね、天井に凶暴なコウモリがたくさん棲みついていて……。それを地道に落としていたよ」
「なるほど、射撃武器ならではの仕事ですね」
「そうねぇ、剣は届かないし、魔法は下手すれば洞窟を崩しちゃうし。
地道な割に報酬も少なくて嫌になったけど――でも、洞窟であまり弓矢を使ったことがなかったから良い経験にはなったかな」
おお、何とも向上心がある人だなぁ。
ちなみに洞窟ってあまり広いイメージは無いんだけど、話を聞く限りでは結構な広さがあったようだね。
「――それで、アイナさんたちは最近何を?」
「そうですね、私たちは自由行動が多かったです。とりあえず私は錬金術師ギルドに行ってたりしました」
「私は部屋のお掃除とか……」
「私は武器屋に行ったり、魔物討伐に少し出たくらいでしょうか」
「ふーん? いつも一緒なわけじゃないんだ」
「あはは、まぁ」
自由行動が多くなったのは最近になってからで、少し前まではずっと一緒だったんだけどね。
こんな感じになったのは王都に来てからだから、つまり環境の変化が大きいのだろう。
「ところで例の――王様に謁見する日取りって決まったの?」
「はい、明日の午前ということになりました」
「あら、急なのね。そうしたら、『循環の迷宮』に行くのはいつになるかな?
私も準備をしないといけないし、あとは魔物討伐の依頼を受ける兼ね合いもあるし」
「そうですね……。
明日が謁見だから、明後日は予備で空けておいて――3日後の朝に王都を出るっていうのでどうでしょう?」
ルークとエミリアさんの方をちらっと見て、問題無いなさそうなことを確認する。
「うん、それで問題無いよ。それじゃ楽しみにしてるから、アイナさんたちも準備をしっかりしておいてね」
そのあと言葉をいくつか交わすと、リーゼさんは早々に食堂をあとにしていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――リーゼさんって案外、クールな方ですよね」
リーゼさんの姿が見えなくなるとエミリアさんがそんな風に切り出した。
「え? そうですか?」
「何と言うかこう、あまり深く関わってこないというか、あっさりしているというか」
「リーゼさんは旅を共にするのではなく、あくまでも『循環の迷宮』に一緒に挑むというだけですからね。
そういった関係であるなら、これくらいは特に普通だと思いますよ」
ルークのフォローに、私もなるほどと思う。
コミュニケーションというやつは大切だけど、一時的な関係ならあまり深く関わらないというのもひとつだろう。
正直なところあまり踏み込んだ話をしたことは無いから、リーゼさんも正体不明な部分がまだまだ多いし。
お互いにいろいろ知るには、時間があまり無いかな。
できれば知り合う人とは仲良くなっていきたいものだけど、最近は知りあう人も増えてきたから――まぁ、ある程度は仕方ないか。
「人それぞれってところでしょうね。
そういえば明日の謁見は王城に行くだけだから良いとして、『循環の迷宮』の方はしっかり準備をしないと」
「王城に行くだけって……。アイナさんって結構、肝が大きいですよね」
「え? そりゃ緊張はしますけど、偉い人に会うだけですよね?」
「そう言ってしまえばそうなんですけど……。
もしかしてアイナさんって、アイナさんの国では王族だったりして……?」
「いやいや、私は庶民でしたよ。低賃金で夜まで働く、日々をどうにか過ごす労働者でした」
「「またまたご冗談を」」
「ええ? そこをハモるかなぁ……」
私が凄いのって、あくまでも神様からもらった各種スキルのおかげだからね?
それが無かったらただの人なわけだよ?
「信じられません、まさかアイナ様がそんな扱いを受けていただなんて……」
「いやむしろ、みんながみんなこれくらいの錬金術を使えていた可能性も……?」
「エミリアさん、それはとても恐ろしい国ですね。でもそういったことは無いのでご安心ください」
「で、ですよね……、良かった……」
「話を戻すと、『循環の迷宮』の準備ですよ!
私はそういったところに入るのは初めてですけど、何を準備すれば良いですか?」
冒険には何より準備が大切なのだ。
行く日を決めてからする話では無いけれども!
「アイナ様、まずは食料ですね。5階まで行くとするなら往復で5日くらい……なので、それくらいは必須になるでしょう。
何があるか分かりませんし、余裕を持っておいた方が良いです」
「普通なら味気ない携行食になるんですけど、私たちにはアイナさんがいますからね!
ここはいろいろと準備をして頂きたいです!」
「ふむ、ここで便利な私のアイテムボックス――ですね。
食事は癒しですから、ここは頑張って準備しましょう」
「さすが! 分かってらっしゃる!」
「あとは旅支度のような感じでしょうか? テントや毛布のようなものが必要になります」
「寝ないわけにはいかないもんね。
薬とかは私が全部作れるから良しとして……それくらいかな?」
「普通の洞窟であれば松明のような照明も必要ですが、『循環の迷宮』の内部は明るいようですしね」
「迷宮の中は不思議な光で満たされているんですよ。そこが洞窟と一線を画すと言いますか」
「ふむふむ。さすがエミリアさん、経験者!」
「1階だけですけどね……」
「それじゃ、準備はそれくらいかな? ……であれば、明後日だけでも大丈夫そうですね」
「明日の夕方ももしかしたら使えるかもしれませんが……さすがに疲れちゃってますかね?」
「そうですね。余裕があれば早めに準備する……くらいにしましょうか」
「では明日は謁見に集中しましょう!
私も謁見は初めてではないんですけど、いつも遠巻きだったもので緊張しちゃいます」
「さすが大聖堂の司祭様……! そういえば謁見ってどんな感じなんですか? やっぱり片膝突いて跪く感じ?」
「あ、そういうのでは無いですよ。謁見の間という部屋があって、そこで王様とお会いするのですが――まぁ、部屋は広いですね。
場合によっては大臣や貴族の方がいる場合もあります。挨拶や言葉遣いについては……アイナさんのいつも通りな感じで大丈夫ですよ」
いつも通り……。ふむ、丁寧に丁寧にやっていれば良いということかな。
「一応、良い方の服を着ていった方が良いですよね? ここはとっておきの『インテグリティローブ』を!!」
「『はったりをかます服』ですよね? それが良いと思います!」
「あっさりいつもの呼び方を出された!
……それじゃルークも、あとで良い感じの方の鎧を渡しておくね」
「ありがとうございます。今晩はよく磨いておくことにしましょう」
「つやっつやにはしないようにね!」
「それは恥ずかしいですね……。適度に磨いておきます」
「ちなみにエミリアさんは、いつものその法衣ですか?」
「良い感じの法衣なんてありませんからね……。職位が上がればまた少し変わりますが、違うものは無いんです」
「なるほど。そういえばいまさらですけど、法衣の他にはパジャマ姿くらいしか見たことありませんね……」
「信仰が絡む場所では法衣でいますから。……部屋も大聖堂に割り当てて頂いているので、結局ずっと法衣なんですけど」
「ふむ……。エミリアさんの私服も見てみたい……」
「王都に着く前でしたら、ご要望があれば着替えたんですが――
そもそもが『神託の迷宮』への旅でしたから、旅の途中では別の服装という発想自体が無くて……」
くぅ、それは惜しいことをした。
もしもミラエルツ到着あたりまで時間を戻ることができたら、エミリアさんの着せ替えをして楽しむのに!
「それは残念……。ではいつか王都から連れ出したときには、着せ替えをして遊ばせて頂きましょう」
「遊ぶってそんな……。ああでも、それも楽しそうですねー」
私たちは王都を離れるときまでは一緒だけど、それ以降ずっと外には一緒に行けない……というわけではきっと無いよね。
何か機会があれば、どうにか王都の外に連れ出して――着せ替えして楽しむことにしよう。うん。それが良い。
そんな密かな野望のようなものが、何となく生まれるのだった。




