132.賢者の石のお値段
「アイナさああああ――……ん?」
次の日の昼前、 私たちが錬金術師ギルドに入ると――テレーゼさんの声が中途半端に響いた。
「こんにちは、テレーゼさん。……どうかしたんですか?」
「こんにちは! 今日はお仲間の方とご一緒なんですね!」
テレーゼさんは私の後ろにいるルークとエミリアさんを見ながら言った。
「はい。依頼の報告をしたあとに、ここの食堂に寄って行こうかと思いまして」
「おお、ププピップですか! いいなー、私もご一緒して良いですか?」
「え? ……12時前に食べて出て行くつもりですけど……」
「な、なんと!? ……もう少し、遅らせません……?」
「食事のあとは買い物に出るので……すいません」
「くぅ~……。分かりました、今日は諦めましょう。でも次! 次はご一緒させてくださいね!」
「はぁ……。あ、ダグラスさんをお願いしても良いですか?
私の受けた依頼、ダグラスさんに報告するように言われているので」
「かしこまりました! 少々お待ちください!」
テレーゼさんは元気に言うと、小走りで奥の方に消えていった。
「……賑やかな方ですね」
「アイナさん、すっかり気に入られてますね……」
「あはは……。悪い人では無いとは思うんですけどね、ぐいぐいきますよ」
「ぐいぐい……。確かにそんな感じがします……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくすると、テレーゼさんがダグラスさんを連れて戻ってきた。
「アイナさん、こんにちは。今日はどうしたんだ?」
「こんにちは! はい、依頼の報告に来ました」
「え、もう? ……アーティファクト錬金の方だよな? 指輪に効果付与をする――」
「それもばっちり終わりましたよ」
「『それも』? ……え? まさかパプラップ博士の依頼の方も終わった……とか?」
「はい。大丈夫だとは思うんですが、確認をお願いできますか?」
「えぇ……? あれって確か1か月くらい掛かるんじゃなかったっけ……。
ま、まぁいい。とにかく見せてもらおう」
「はい、よろしくお願いします。
――あ、エミリアさんとルークは少しそこら辺を見ていてください」
「はーい」
「分かりました」
受付カウンターの前で2人と別れたあと、私はダグラスさんと一緒に依頼報告のカウンターに向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それじゃ、とりあえず指輪の方からお渡ししますね」
私はそう言いながら、カウンターに指輪を置く。
「うん、確かに。それじゃ――」
ダグラスさんが指輪を手に取ると、宙にウィンドウが突然現れた。
「あ、ダグラスさんは鑑定スキルをお持ちなんですね」
「職業柄な。えーっと、どれどれ……」
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【思い出の指輪(S+級)】
熟練の職人が技術を注いで作った指輪。
かなりの年月を伝えられている
※錬金効果:精神力が1%増加する
※追加効果:精神力が1%増加する
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「……凄いな」
鑑定結果を見て、ダグラスさんはつぶやくように言った。
「あはは、ありがとうございます」
「S+級なんて稀にはできるもんだが、こうもあっさり持ってこられるとなぁ……」
「大丈夫そうですか?」
「さすがにこれ以上を望むなら、もっと報酬が必要だからな。
この依頼の報酬額は錬金術師ギルドが最終的に決めることになっているんだが、これはもう完璧だ。全額払うしかない」
「おー、ありがとうございます!」
「……とは言っても、全額で金貨10枚だけどな?」
いやいや、元の世界のお給料2か月分ですよ!
「とんでもないです。
そんなに大変じゃなかったですし、金貨10枚でもありがたいです」
「……大変じゃなかったのか、そうなのか……。
さて、それでもう1件の依頼――パプラップ博士の依頼もできたんだっけ?」
「はい、それも出しちゃいますね」
そう言いながら、私は床に『高栄養飼料』を出した。
麻袋にして5袋ほどあるので、結構な重量感がある。
「ほう、これが……。どれどれ」
ダグラスさんは麻袋の1つを開けて、鑑定スキルを使った。
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【高栄養飼料(S+級)】
栄養価がかなり高い飼料。
肉質に高い補正を得る。
※追加効果:肉質×2.0
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「これもS+級かよ……。それにちゃんと出来ているようだし、一体どうなってるんだ……」
「そこはパプラップ博士からもらった情報に私の秘密の技術が加わって、ごにょごにょって感じです」
「よく分からんが、さすがS-ランクの錬金術師といったところか……。
いや、これはすでにSランク以上じゃないか……?」
「ランクを上げて頂けるなら喜んで上がりますよ!」
「個人的にはどんどん上に行って欲しいぞ。俺はアイナさんのこと、応援しているからな。
でもこれより上のランクに上がるには、特別な査定が要るからなぁ……。
アイナさんがSランクに上がるっていうことは、誰かがS-ランクに下がるってことだから」
「世知辛いですね」
「そこは実力の世界だ。切磋琢磨して、実力ある者が上に行くのは当然のことなんだけどな」
それはそうなんだけど、私の場合は少しズルっぽいから、普通に切磋琢磨してる人には申し訳ないんだよね。
でも他にいくつか枠はあることだし、そこはあまり気にしないでおこう。
「機会があれば挑戦してみることにしますね。それで、『高栄養飼料』はいかがでしょう」
「うん……。成分表とも合致しているし、問題無さそうだな。こいつの報酬は全部で金貨20枚か。
はぁ、この短期間でこんなに稼げるなんて羨ましい限りだ……」
気持ちは分かる。さっきの金貨10枚と合わせれば、元の世界の半年分を稼げたわけだし。
「前回受けた依頼はこれで一通り完了ですね。ありがとうございました」
「おぉっと、依頼はまだまだあるんだぞ!
S-ランク以上の錬金術師はこの建物内――研究室にもいるんだが、自分の研究ばかりでなかなか受けてくれないんだよ……」
「そうなんですか……。そういえば研究室って、私でも持てるんですか?」
「ああ、もちろんさ! ひと月に金貨20枚ほどの使用料が掛かるんだが――」
「え、結構高いですね!?」
「そうなんだけど……。アイナさん、それくらいなら今稼いだだろ……」
「……確かに!」
なるほど、金回りの良い錬金術師なら普通に入れる――ということか。
でもさすがに金貨20枚も払うなら、別に無くても良いかなぁ。家の代わりにするわけにはいかないだろうし。
そもそもひと月に金貨20枚も出すくらいなら、家を買うなり豪邸を借りるかするよね……。
「さーて、それじゃ今回持っていく依頼は何にする?
俺のお勧めは『賢者の石』だな! これは良いぞ! 報酬はなんと金貨5万枚だ!!」
「うはぁ……凄い金額ですね」
「作るのも難しいし、材料も半端じゃないからな!
……この依頼、もう10年も出っ放しなんだよ……」
「やっぱり作るのって難しいんですか?」
「そりゃぁもう。S+ランクの錬金術師だって難しいレベルだ。
アイナさんなら何とかなりそうな雰囲気がありそうなんだけど……」
「ははは……」
材料さえあれば普通に作れるとは思うんだけど、でも『賢者の石』を作ったら――私はそこからオリハルコンを作りたいわけで。
ああ、でも金貨5万枚か……。
……ダメだ、ダメ。大金よりも今は夢。惑わされるな、私。
しばらく金銭欲と戦ったあと、何とかそれを振り払うことができた。
そのあと結局、『賢者の石』以外の依頼を見せてもらって――素材を提供してくれるものを3件受けることにした。
今回も特に問題になりそうなものは無さそうだし、それにしても良いお小遣い稼ぎを見つけたなぁ……。