13.喧噪からの帰り道
「いやー、いろいろとためになりました! 見に行って良かったです!!」
「はい! 私も、英雄シルヴェスターを見ることが出来て感激です……っ!!」
ご満悦の私。ルークさんも英雄を見ることが出来てとても嬉しそうだ。
英雄を取り巻く喧噪から離れながら、二人で興奮しながら会話に花を咲かせる。
色々話をしている中で、やはり神器の話は二人が最も熱くなるポイントだった。
その会話の最中――
「ところでルークさん。オリハルコンとかミスリルって知ってます?」
「え? そうですね……。『神の金属』と呼ばれるオリハルコンに、『魔法金属』と呼ばれるミスリル。話としては聞いたことはありますが、実際に見たことはないですね」
「やっぱり希少な金属なんですね。さっきの神器の剣も、素材にオリハルコンとミスリルが使われてたみたいですよ」
「え……?」
絶句するルークさん。
……おや? もしかして、何か変なこと言っちゃったかな?
「え、あれ? かなり遠目にしか見れませんでしたけど、何で分かったんですか……?」
あ、そういえばそうだね。普通は確かに分からないよね……。
「あ、えーっと。ほら、私って鑑定スキル持ちですし、それにすごい錬金術師ですし?」
少し焦りながら適当に言葉を繋ぐ。
「……そういえばそうですね。アイナ様には不可能なんて無さそうですもんね。いや、納得です」
簡単に納得されたぞ。何かルークさんがアホの子っぽく見えてきたけど……いやいや、そうじゃなくてきっと素直な性格ってことだよね。
「うーん、それにしてもオリハルコンとかミスリルって……どうやって作るんだろう。一回実物を見れば分かるんだけどなぁ……」
ユニークスキル『創造才覚<錬金術>』を使えば、それを作るための素材は分かるのだけど、その素材をどうやって作るのかまでは分からない。
それが出来ちゃえば、見たことの無いアイテムや知らないアイテムですら、何から何まで分かることになっちゃうからね。
ユニークスキルとは言え、さすがにそこまでチートでは無いのだ。
――などと思いを巡らせながら、ふとルークさんの方を見てみると、彼は彼でまた呆然とこちらを見ていた。
「えぇ……アイナ様、見るだけで作り方が分かっちゃうんですか……」
ルークさんのぼそっとこぼしたつぶやきに、私は焦る。
……あ、やば! ユニークスキルのこと口に出しちゃった!?
「あ、あー! ルークさん、今のは内緒、内緒ね! 誰にも言わないでね!!?」
「え!? あ、はい! アイナ様がそうおっしゃるのなら、誰にも言いません! 言いませんとも!!」
「はい、よろしくお願いしますね! 約束ですからね!!」
ルークさんはその言葉をしっかり受け止め、強く頷いてくれた。
しかし考え事中の独り言は危険だね。これからは注意しないと……。そう思いながらため息をついていると、風に乗って何か聞こえてきた。
「アイナ様のタメぐち……イイナ……」
……うん、きっと空耳。空耳だったよ、たぶん。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そういえば地図って、どこかで売ってるものですか?」
少し間を空けて、おもむろに話を続ける。
「地図、ですか? 大陸全体のものなら冒険者ギルドで売っていますよ。詳細なものでしたら王都の方に行かなければ扱っていないでしょうね」
王都……? そういえばこの街は辺境都市だったっけ。
「王都、ですか。この街よりもきっと、人が大勢いて賑やかなんでしょうね」
どれくらいの規模かは分からないが、この街よりも人口はずっと多いだろう。
さすがに元の世界の都市とは比較出来ないだろうけど。
「私も行ったことはないですが、いろいろなギルドがごった返しているそうですよ。商人や冒険者が大勢いて、そういった意味でもとても賑やかだそうです」
おー、冒険者がたくさん!?
RPGみたいに色々な職業の冒険者がいて、ダンジョンとかに挑戦するのかな? うーん、楽しそう。
「ふむふむ、なるほど。それは是非、行ってみたいものですねー」
妄想を膨らませながらふとルークさんを見れば、また呆然とこちらを見ていた。
「あ、アイナ様……。もしかして、もう旅立ってしまわれるのですか……?」
……。
何だこの、雨に濡れて切ない目で見つめてくる子犬のような青年は。
「えーっと、そ、そうですね。どうもここの、ヴィクトリア……様……? に嫌われているようでして、まぁ、それなら他の街に行くのも良いかな? なんて」
「ああ……ヴィクトリア様がしでかしたという話は……はい」
あれ、もうルークさんの耳にも届いているの?
街門を守衛しているだけに、冒険者ギルドとかにも繋がりを持っているのかな?
「あ、でも、ですね。ヴィクトリア……様……? が云々じゃなくて、ちょっと、やりたいことが見つかったので……他の街にも行ってみようかな、と」
「やりたいこと、ですか?」
「はい。何かはちょっと言えませんが(さすがに神器を作るだなんてね……)、まだまだ学ぶこともありそうですし」
「ははぁ、向上心がすごいですね……。そうですか、残念です……。でも、頑張ってください……」
「ありがとうございます! さてと、それじゃ冒険者ギルドにちょっと寄って行こうと思うのですが――ルークさんはどうします?」
早速地図を買ってみようと、冒険者ギルドに行きたくなったのだ。
ルークさんも一緒にどうかな、と思ったのだが――
「え、あ! 冒険者ギルドはちょっと……なので、私は外でお待ちしています!」
「えぇ……? それならもう帰って頂いても大丈夫ですよ。冒険者ギルドから宿屋までは良く知っている道ですし」
「え? あ、うー……。わ、分かりました。それでは今日は、ありがとうございました!」
なんやかんやでルークさんは名残惜しそうに帰っていった……。
うーん? 何だか悪いことしちゃったかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こんにちは。あ、アイナさん……。今日は、あれ? お一人ですか?」
冒険者ギルドの受付で応対してくれたのは、ケアリーさんだった。
「ケアリーさん、こんにちは。えっと、一人ですよ? ところでお身体の具合は大丈夫ですか?」
先日来たときは体調不良でお休みしてたからね。心配しながら聞いてみた。
「その節は失礼しました。それと、あの……買い取りの件も、こちらとしては申し訳ないですが……」
ケアリーさんは、しゅん……と目を落とす。
「それはまぁ、私とあのご令嬢とのアレコレなので……、ケアリーさんは気にしないでください!」
実際のところ、ケアリーさんは巻き込まれた感じだしね。
……って、もしかして体調不良って、心因性のものだったのかな。
「あは、ありがとうございます。家族にも心配掛けちゃって、いろいろ相談に乗ってもらいました。もう、大丈夫です」
あちゃ……。この流れは完全に心因性だったね。ご苦労を掛けて申し訳ない。
「それで、アイナさん。今日は何のご用でしょうか?」
「ここで地図を売ってるって来たんですけど、ありますか?」
「地図……ですか? はい、こちら銀貨5枚になります」
銀貨5枚か……。割とお高いものだね。
ケアリーさんから受け取ったのは羊皮紙が一枚。大陸っぽいのがひとつ描かれている。
「ふむふむ、なるほど……。ここが王都ですか……。北東のココがこの辺境都市クレントス……と。ところで王都まで行くのって、どれくらい掛かるものですか?」
「そうですね、馬車で三週間……といったところでしょうか」
おおう、馬車なんて、とってもファンタジー! って、そりゃ電車とか車は無いよね。
「あの、もしかしてアイナさん、旅立たれちゃうんですか……?」
「えーっと、そうですね。もうしばらくしたら、出て行こうかなと」
「そうですよね、この街じゃ……あの、はい。難しいですよね」
恐らくヴィクトリアのことを考えているのだろう。まぁそれもあるんだけど、それだけでもないわけで。
「あはは、ケアリーさんが気にすることじゃないですよ! 前向きに、やりたいことが出来たので。
私の恩人? も、正直に在るようにって言ってたし、それに従おうかなと」
「正直に……、ですか?」
「はい。この街に来る前、お世話になったかみ……もとい、方から、
『実りある人生を送るのだ。自らの真意と向き合い、正直で在るように――』みたいなことを最後に言われたんです。
ちょっと最近悩んでましたが、これからはやりたいことに一直線ですよ!」
「なるほど……アイナさんの恩師様でしょうか。さすが、深いお言葉です……」
ケアリーさんはしみじみと神様の言葉を噛み砕いている。
うん、でも割と、良い台詞なんだよね。
「ケアリーさんも大変なことがあるかとは思いますが、あまり無理をしないように……」
ついぞ心配の言葉を掛けてしまったが、ケアリーさんはそれに対して、振り祓うように笑顔を返してくれた。