126.ププピップ
「アイナさーん! お昼ご飯食べましょおおおおっ!!」
図書室から出た瞬間、テレーゼさんの声が響いた。
今日の朝も同じようなことがあったような!
「えーっと……」
とっさに断る口実を考える。休憩しに出てきたのに、何だか疲れが取れなさそうだから――
「ささ、それでは食堂に行きましょう! 結構メニューも豊富なんですよ!」
「は、はぁ……。あー、引っ張らないでください~……」
――断る口実がなかなか出てこないまま、私はテレーゼさんに引きずられて食堂に行くことになってしまった。
食堂の席に着き、テレーゼさんと向かい合わせで座る。
テーブルの上にあったメニューを見ると、思ったよりたくさんの種類が載っていた。
「あ、本当にいろいろとメニューがありますね。オススメってありますか?」
「そうですね、アイナさんは食が細い感じとお見受けしました!
こちらのサンドイッチセットなんてどうでしょう」
……私、そんなに食が細い感を出してる?
まぁ合ってるんだけど……。
「なるほど、良さげですね。それじゃ私はそれにしようかな」
「ププピップのベーコンはパンに挟んでも美味しいですからね! 私も大好きですよ!」
「――え? ぷ、ププピップ?」
「はい! ププピップです!
……あ、ププピップというのはですね、バイオロジー錬金の権威パプラップ博士が作った豚の品種なんです」
本人からしてパ行だった!
命名に何かのこだわりはありそうだけど、それにしても言い難くないかな……。
「は、はぁ……。品種改良した豚、なんですか?」
「そうです! あと、それに加えてパプラップ博士は飼料を錬金術で作る研究をしていますね。
肉質も柔らかくてジューシーになるとか何とか」
へー。肉質を良くするために、飼料まで錬金術の研究対象にするんだ?
……そういえば元の世界でも、豚にビールだかビール粕を与えて肉質を良くする――みたいな話を聞いたことがあるような無いような。
「バイオロジー錬金って総合的な感じなんですね、なるほど……」
「ププピップに関して言えば、養豚と錬金術の足して2で割った感じで研究をしているみたいですね!
ささ、それでは注文してしまいましょう。私はえーっと、ププピップステーキにしようかな」
「豚のステーキですか。あまり重くなさそうだし、それも良さそうですねぇ……」
「それじゃ、シェアしますか!?」
ちょ、近い近い。距離感、近いですって。
「えーっと、やっぱり今日はサンドイッチだけにしておきましょう。うん、それが良い」
「そうですか? それじゃ注文しちゃいますね。
すいませーん、ププピップステーキのセットお願いします!」
「あら、テレーゼちゃん。今日は特盛にする?」
「お願いしまあああすっ!」
「たくさん食べて大きくなるのよー。そっちのあなたは何にするの?」
「私はサンドイッチセットをお願いします」
「あらー。あなた、まだ若いんだからもっとたくさん食べなきゃダメよー。
賄い用のププピップのお肉があるから、ちょっとサービスしてあげるわね!」
「いえ、そんなお気遣いは――」
「ダメよ、もっと食べないと! もっと胸を大きくして彼氏を喜ばせてあげなさい!」
「――ッ!!」
せ、セクハラだあああああああ!!
でもおばちゃんだあああああああああ!! 訴えられないいいいいい!!
食べて胸が大きくなるのなら頑張るけど、それよりも先にお腹の方が出てきそうだよ!
でも転生後の身体の体質はまだよく知らないし、もしかすると胸の方から栄養がいくかも――
――……って、何を考えているんだ私は。
「アイナさん! もし残るようなら私が手伝いますので、ここはありがたく頂きましょう」
何となくテレーゼさんの胸をちらっと見るが、そんなに大きくは無いよね……。
…………ああもう、胸の話は忘れよう。
「それではお言葉に甘えて……お願いします」
「そんな畏まらなくても良いのよ!」
おばちゃんは引き続き愛想よく返してくれる。
何と言うか、雰囲気が学食の明るいおばちゃんみたいな感じがするなぁ。
食堂は綺麗な感じだからもう少しこう、しっかりとした接客をすれば品格も出そうな場所ではあるんだけど……。
でもダグラスさんやテレーゼさんも良く言えば身近な感じの性格だし、錬金術師ギルドってこんな感じの人が多いのかな?
「それじゃ、2人とも銅貨8枚ずつね」
「おばちゃん、2人分ツケといて!」
「はいはい。それじゃそうしておくよ」
「え? テレーゼさん、私は払いますよ?」
「ままままま! 今回は私の奢りということで!」
「いえいえ、奢られる理由がありませんから……」
タダより高いものは無いのだ。
基本的に私は、あまり奢られたくない派である。
「うーん、デート代ってことで!」
「それじゃやっぱり払います」
「ああああんっ! お近付きのしるしに、払わせてくださいいいいいい!」
何故そこでゴネるのか……。
「わ、分かりました……。それじゃ今日はご馳走になりますね」
「わあああい、ありがとうございます!!」
奢られてお礼を言われるのも変な気分だなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
注文してしばらくすると、おばちゃんがプレートを運んできてくれた。
テレーゼさんのププピップステーキは結構ぶ厚く作られていたが、これはおばちゃんのサービスによるものなのだろうか。
ちなみに私のサンドイッチセットも量が普通よりも多い感じだった。しかし全部食べれば胸が……いやいや、それはもう本当に忘れておこう。
「――あ、美味しい」
サンドイッチを一口食べると、素直にそんな感想が出てきた。
味が濃いというか強いというか。そんなに肉は挟まっていないのだけど、それでいてこの存在感は凄い。
「ですよね! ププピップは開発中でまだ量産できないんですが、これはそのうちキますよ!」
「そうですね、街中の食堂で食べるものより美味しい……。
なるほど、錬金術にはこういう可能性もあったんですね」
「はい! 本当に私、こういうことができる錬金術師の方を尊敬しているんです!」
「あ、もしかして――だからここの職員になったんですか?」
「そうなんです! 私も錬金術は少しかじったんですけど、あまり上達しなくて……。
でも錬金術師の皆さんをサポートしたいって思って、頑張ってここに入ったんですよ!」
「そうだったんですか。そんな強い思いを持ってる方なら、私も錬金術師として嬉しい限りですね」
「本当ですか! デートしてください!」
「だから何でそうなるんですか……」
「いやいや、アイナさん。17才にしてS-ランクの錬金術師、しかも可愛い!
こんなスペシャルガールをデートに誘わないでどうするんですか!」
「いや、テレーゼさんも女の子じゃないですか……」
「今ほど男に生まれたくなったことはありません!」
「そ、そうですか……」
いや、ぶっちゃけ私も可愛い女の子は好きだし、テレーゼさんは可愛いと思うんだよ。
でも何かこう、距離の詰め方が速すぎて対応に困るというか……。
出会いがもう少し違っていたらもっと自然に話せたかもしれない……のかな? いや、その可能性はあり得たのだろうか……。いや、自信は無いかな……。
そんな感じで精神的に終始振り回されながら、私たちは昼食の時間を終えた。
味は凄く良かったから、今度は皆を連れてきたいな。食堂は誰でも入れるみたいだし。




