124.情報操作の魔法
夜、宿屋の食堂で話をしているとジェラードが現れた。
「こんばんわー♪」
「あ、ジェラードさん。こんばんわー」
「「こんばんわ」」
「――こちらの方は初めましてかな。僕はジェラード、よろしく♪」
「初めまして、私はリーゼロッテ。リーゼって呼んでね」
「おっけー、リーゼちゃんね」
早速の『ちゃん付け』はさすがというべきか。一気に距離が縮むよね、敬称が違うだけで。
「今日は『循環の迷宮』に行ってみたんですけど、リーゼさんとはそこでお会いしたんですよ」
「へー。今日は入口までだったっけ?」
「はい。中に入るのは準備してからかなと思いまして。
もし良ければジェラードさんも一緒に行ってみませんか?」
「え、僕も? うーん……それって時間が掛かるよね。何階くらいを目指すの?」
「5階まで行ってみて、あとは様子を見ながらかなと……」
「ふむ、それくらいなら戦力は大丈夫そうだけど……。そうなると全部で5日くらいは使っちゃうか……。
うーん、厳しいね。今回は控えておくよ」
「そうですか、残念……」
ジェラードは王族のお屋敷でいろいろやってるみたいだから、このタイミングで5日も空けてしまうのはやっぱり難しいか。
今回は素直に諦めることにしよう。
「実戦でジェラードさんがどう戦うか見てみたかったのですが、残念です」
「ジェラードさんがいれば百人力だったんですけどねー」
「本当は行きたいんだよ? でも、ここはルーク君とエミリアちゃんに頑張ってもらおうかな。
……ところでリーゼちゃんも行くのかな?」
「ええ、そのためにご一緒させてもらってるの」
「なっるほどー♪」
「あ、そうだ。ジェラードさん、リーゼさんは情報操作の魔法を使えるんですよ!」
「本当? 凄いね!」
「さっきまでに他のアクセサリには全部掛けてもらったんです。
ジェラードさんのもいかがですか?」
「えぇ? この人のも? アイナさんたち、どれだけ持ってるのよ……」
私の言葉にリーゼさんも呆れていた。
1つでも珍しいところ、すでに4つに魔法を掛けてもらっているのだ。
「アイナちゃん、ごめん。今はあれ、持っていないんだ」
「え? そうなんですか?」
「ちょっと、とある場所に置いてきてね。あ、失くしたわけじゃないから安心して」
「はぁ……」
ジェラードの手首を見ると、確かにブレスレットを付けていなかった。
うーん? まさか誰かにあげたとかではないと思うけど……。
「ひとまずアイナちゃんたちが誰かに狙われることは無くなったから、それは安心だねぇ。
うん、心配事が1つ減ったかな」
「情報操作の魔法、私が使えれば問題無いんですけどね。
……ちなみに私でも覚えられるものですか?」
「そうね。少し特殊な魔法だからかなり勉強はいるけど、アイナさんなら覚えられるんじゃないかな。
私は教えるのが得意じゃないから、教えられないけど」
「む、それは残念……。となれば、どこで覚えれば良いのやら」
「まっとうな場所なら魔術師ギルドで相談した方が良いんじゃないかな。
お金か他の条件かを提示されると思うけど」
それって逆に言うと、まっとうではない場所で教えてくれるところがあるっていうことだよね。
でもそういうところだと悪の道に引きずり込まれてしまいそう。それは嫌だから私はまっとうな道を歩こう、うん。
「やっぱり対価は必要ですよね。出せる範囲のものなら良いんですけど……」
「なぁに、私がいる限りは私がやってあげるからさ。
ひとまずそれは忘れて、ダンジョンに集中しようよ」
「そうですね……。予定はいつくらいが良いかな? ダンジョン探索も日単位で時間が掛かりますし、王様に謁見したあとのが良いですよね」
「そういえば大聖堂からはまだ連絡がきませんね。日程が決まれば知らせてもらえるはずなのですが――」
「はぁ……。アイナさんたち、王様に謁見するの? 何だか凄い人たちを捕まえちゃったねぇ」
「あはは。まぁいろいろありまして……」
さすがに会ったばかりのリーゼさんを謁見の場には連れていくわけにはいかないし、この話は早々に切ってしまおう。
「それではダンジョン探索は、大体1週間後くらいを目安にしておきましょう。大聖堂からの連絡があったらそのあと調整して確定させるってことで。
リーゼさんもそれで良いですか?」
「ああ、大丈夫。それまでは冒険者ギルドでも覘いていようかな」
「分かりました。えぇっと、それじゃ私たちはどうしましょう。
レオノーラさんに装飾魔法を教えてもらうのがありますし、個人的な話で申し訳無いですが錬金術師ギルドの図書室を使ってみたいんですよね」
「レオノーラ様とも予定を詰めてしまいますか。
……となると、私はまた大聖堂に行きたいところですね。明日も自由行動にします?」
「良いですか? ルークも大丈夫?」
「そうですね……。私はアイナ様に付いて行ってもよろしいですか?」
「え? 別に良いけど――あ、いや。ギルドの奥の方って多分ルークは入れないと思う……」
「む、それは残念です……。
それでは私は武器屋の本店とやらに行ってみることにしましょう」
「ああ、結構遠くにあるところだよね。了解、ごめんね」
「いえ、大丈夫ですのでご心配なく」
「――さて、それじゃ僕はもう寝ようかな」
「あれ、もうですか? まだあんまりお話してませんのに」
「今日は何だか疲れちゃってね~。それじゃみんなお休み♪
リーゼちゃんも――良い夜を♪」
「ええ、ありがとう。ジェラードさんも良い夢を」
ジェラードが立ち去ると、リーゼさんも立ちあがった。
「それでは私も寝るとしよう。
少し街を離れるときがあるかもしれないが、夜はできるだけここに戻って来るよ」
「分かりました、おやすみなさい」
「「おやすみなさい」」
挨拶を交わしたあと、リーゼさんはこの宿屋に取った部屋に戻っていった。
残ったのはいつもの3人だ。
「――新しい人がいると、少し緊張しますね」
「あはは、分かりますー」
「人となりが分からないと、そうですよね」
リーゼさんの場合は『最初から仲間にして』って感じだったからね。
ルークとジェラード、アドルフさんは仲間になる前にいろいろあったし、エミリアさんは最初にまず恩があったし。
今までは信用ができてから仲間に――って流れだったけど、今回は違うから……やっぱりどこか疲れるかな。
「でも情報操作の魔法も掛けてもらいましたし、これでひと段落ですよね。
ああ、ジェラードさんがまだですけど」
「それにしてもジェラードさん、ブレスレットを置いてきたって言ってましたけど……どこに置いてきたんでしょうね?
『風刃』は結構強い効果らしいですし、悪用されないかが心配……」
「ジェラードさんのことですから、さすがに悪用されるところには置かないと思いますよ。
でも、やっぱり強い効果のものは悪用されるのが怖いですよね……」
特別に強力なものを作れば高い値段で売れるだろうけど、どこでどう使われるのかはやっぱり怖い。
売った時点で私に責任は無いかもしれないけど、逆に言えば売った時点で責任が生まれるかもしれないわけで。
あれ? 何だかおかしいこと言ってる……?
「戦闘関連のものは、高く売れるものはあんまり売りたくないですね……。
やっぱり私には薬が合ってそう」
「お薬は人助けになりますからね。うん、アイナさんらしくて良いと思いますよ!」
一部には洒落にならない効果の薬もあるけどね。性格変更ポーションとか。
でも基本的には人助けができる良い分野。ファーマシー錬金、最高です!
……分野といえば、そういえばホムンクルス錬金っていうのもあるんだっけ?
うぅん、何だか生命を扱うのって怖いから私はやらなさそうだけど――でも一応、少しくらいは調べてみようかな。
よーし、明日は錬金術師ギルドに行くことだし、しっかり勉強することにしよう!