123.循環の迷宮、入口にて
時間は昼過ぎ、私たちは王都から北のある場所にやってきた。
そこは――
「『循環の迷宮』!」
岩山に突然現れた、神殿の入口のような佇まい。
その向こうには早々に岩肌が見えるものの、圧倒的な広さと存在感を放っている。
「ここが噂の……。しかし、それにしても人がいっぱいいますね」
「ここは人気のダンジョンですからね。世界中から人が来ているんですよ!」
以前から話の挙がっていた、そして王都での目的の1つにしていた場所である。
がっつり挑戦すると何日も掛かるということなので、今日は入口だけ見学に来たのだ。
私の場合はダンジョンなんて初めてだし、ルークも『神託の迷宮』に1回しか行ったことがないって言うし。
エミリアさんは『循環の迷宮』に入ったことはあるものの、そのときは1階だけで帰還したらしい。
「そういえば、何か雰囲気の違う人たちも多いですね」
今まで見たことのない感じの服装だったり、私たちとは肌の色が違う人だったり。
耳が少し尖っていたり、身長がとても低い人だったり。
剣を2本持った人や、いかにも魔法使いっぽい人も結構見掛ける。
「王都の南西の港街がこの大陸の玄関になっているんですけど、そこからもいろいろな人が訪れるんですよ。
王都よりもダンジョンが目当ての人は、直接こっちに来るくらいですからね」
「なるほど、だからダンジョンの前に街みたいのがあるんですね……」
そう、ダンジョンの入口の前には各種施設の建物が並び、道には様々な露店が出ているのだ。
「『神託の迷宮』の前には何も無いんですよね。少し離れたところに小さな小屋があるくらいで……。
それとは全然違いますね……」
ルークがどこか寂しそうに言う。
さすがに実物を見ると、ダンジョン同士の格差に思うところがあるのだろう。
「あ、エミリアさん。循環まんじゅうっていうのが売ってますよ」
「あれはとっても美味しいんですよ! ダンジョンから帰還したときに買いましょう!」
「え? 今日は買わないんですか?」
「挑戦する予定がないなら買っていきますけど、いずれ挑戦するのであればそのときに!」
「なるほど」
それはそれでありかな。挑戦して結果が出たときに買って帰ることにしよう。
凄い結果を出せたら、たくさん買っていくのも良いよね。
「――ところでダンジョンの中ってどうなっているんですか?」
「基本的には広大な洞窟のような感じです。
それが何フロアも下に下に続いていくんですけど、魔物がいたり、たまに宝箱が落ちたりしているんですよ」
「その宝箱が目的なんですよね」
「はい。それと魔物の種類によっては体の部位が貴重なものなので、それもですね。
分かりやすく言うと、ドラゴンの血なんていうのは錬金術でも使いますよね」
「なるほど、そういった感じですか」
「あとは魔石ができやすいということも聞いたことがあります。
街で売られているのはほぼダンジョン産だっていう話もあるんですよ」
「アイナ様の『安寧・迷踏の魔石』はダンジョンの外で手に入りましたが……あれは珍しいパターンでしたからね」
「ふむふむ……。そうなると冒険者ギルドの依頼でもありそうですね……」
「王都にはそういう依頼が結構ありますよ。
目的のものを買い取るっていうだけのもありますけど、ダンジョンに潜るのを1回いくらで~みたいな感じのもありますし」
「そういうのがあるからここも活況なのかな?
この辺りでは消耗品が大量に売っていますけど、みなさん頑張ってるんですねぇ……」
周囲のお店ではポーションなどの薬類や携行用の食べ物、宿泊用の道具や身の回りのものなどが大量に売られていた。
大量にあるということは、しっかり売れてるってことだよね。
「ダンジョンの挑戦は長丁場になりますから……。
再挑戦をする方も多いですし、そういった需要をここで全部巻き取っている感じでしょうか」
「長丁場……。ダンジョンってどれくらいの大きさなんですか?」
「ダンジョンによって違いますが、『循環の迷宮』は確認されているだけで30階です。
なんでも30階は空気に強酸が含まれているとのことで、以前国を挙げての探索団が組まれたときもそこまでで終わってしまったそうです」
「強酸ですか。魔物以前に、進むことができない環境であるならどうしようも無いですね……」
イメージだけど、空気中に硫酸みたいのが漂っている感じだよね?
そんなところに行ったら探索どころじゃないだろうし……。
「――あれ、もしかしてアルカリ性で中和できるのかな……?」
学校で学んだ中和の仕組み。酸性にアルカリ性をぶつけることで無効化するっていうアレ!
……でもそれくらいしか覚えてないなぁ。学生時代に転生してたらまた違ったのかもしれないけど。
「もしそこを乗り越える方法が分かれば、新しい可能性が広がりますよね。
そもそもその30階ですら滅多に人が立ち寄れないらしいですけど」
「うちのパーティでは無理ですかね?」
「話に聞く限りの情報ですと、私たちでは5階あたりがせいぜいではないかと……」
「ぐぬ、結構進めませんね!」
「何せルークさん頼みですから。他に戦闘職の方がいればもっと進めると思いますよ」
「私だけではアイナ様たちを護りきれるか分かりませんからね。
敵の数も分かりませんし、攻めと守りを同時にこなすのはなかなか難しく……」
た、確かに……。
今まで魔物討伐の依頼も結構こなしてきたけど、基本的に魔物の数が少ないところにこちらから仕掛けていく形だったからね。
敵の数が不明の上、ダンジョンの中では仕掛けられる側なのだ。これは舐めて掛かるわけにはいかないか。
「もっと奥に行きたいのであれば、ダンジョン探索のために仲間を募る――とか?」
「そうなりますね……。
でも命を懸けて富を求める場所ですから、やっぱり裏切りとかも多いらしいですよ。
最終攻略を目指すなら見ず知らずの人は怖いところもありますし、そこそこな感じが一番かと」
浅い関係だと裏切りもある、か。
今の仲間は信頼できる人ばかりだけど、そういうのもあるよね……。
「ちなみに1階あたりはどれくらいで進めるんですか?」
「そうですね、6時間くらい……でしょうか。最短ルートで行っても時間が掛かりますし、宝箱を探すならいろいろ回らなければいけませんし」
「案外時間が掛かりますね。そうなると1日で進めるのは2、3階か……」
5階まで進むのでも2日くらい。
これが30階となると12日くらいか……。往復すると1か月コースだね、これは。
「……私、ダンジョンを甘く見ていました」
「生業にしている人もたくさんいますからね。
素人はほどほどのところでほどほどなものを狙いましょう!」
それも確かに。
でも30階の強酸は私がどうにかしようがありそうなんだよなぁ……。行けさえすれば、だけど。
「できないものは仕方ないので、ひとまず5階あたりを目指しましょうか。
もし誰か一緒に行ける人がいれば追加で。……ジェラードさんを呼ぶっていうのも有りですよね」
「そうですね! でもいろいろと忙しそうだし、スケジュールは確認しないと!」
「それでは帰ったら相談してみましょう」
「はぁい」
「アイナ様、そろそろ戻りますか?」
「そうだね、そろそろ――」
「――ちょっと良いかな?」
「え?」
私たちの話を切るような形で女性の声がした。
その方向を見れば――色白で耳の尖った女性が凛とした雰囲気で立っていた。
大きな弓も持っているし、これはどうみてもエルフの人だ!
「話が聞こえてきたんだけど、あなた達はダンジョン探索の仲間を探しているの?」
「はい、初心者パーティなのであまり無理しないとは思いますが……」
「そう。私もこの大陸に来て間もないんだけどさ……知り合いがいなくて困っていたんだ。
あなた達は人が良さそうだし、私も仲間にしてくれないかな」
「理由はそれだけですか!」
「ふふふ♪ そのツッコミも良いね。
まぁ、それとある程度の実力者としてお見受けしたわけよ。
そちらの剣士さんと聖職者さんは戦闘用のスキルも高いし……あなたは錬金術師だけど、バカみたいなレベルだし」
「……え? もしかして鑑定スキル持ち――」
「そうよ。それにさ、あなた達の装備も凄いものばかりじゃない。
アクセサリに『エコー』や『属性統合』なんて付けちゃって……」
「ぐふ……。アイナさん、ここにきてバレバレですよ……」
「そうですね……。情報操作の魔法が間に合いませんでした……」
「そうよ、そういう貴重なものにはさっさと情報操作を掛けるべきね」
「使える人を探そうとはしていたんですけど……」
「あら、それなら丁度良いわ。私が掛けてあげようか?」
「「「え!?」」」
「私は鑑定と情報操作が得意なの。レベルは41と50だからすごいでしょ――って言いたいところだけど、あなたの鑑定レベルは52なのよね……。
鑑定で負けたのは初めて。そういったところでも興味が湧いたの」
鑑定レベル、実は99だけどね! それは内緒にしておこう。
でも情報操作がレベル50なのは良い! 良いぞ!!
「それじゃ、情報操作の魔法をお願いできますか?
えぇっと、私たちはそろそろ王都に戻ろうと思っていたんですけど……」
「それなら私も付いていこう。あなた達のことももっと知りたいし。
私の名前はリーゼロッテ。リーゼって呼んでね」
「はい、よろしくお願いします。私の名前は――」
そのあと私たちは簡単に自己紹介をして、そのまま話をしながら王都に戻った。
思いがけず情報操作の魔法を使える人に会うことができたけど、信頼できるできない以前にいろいろとバレちゃったのは痛いなぁ。
――良い人でありますように。




