115.次の予定を決めましょう
宿屋に着いたのは18時過ぎ。空も暗くなる時間だ。
その宿屋は昨晩泊まったところよりも少し小さかったが、それでも十分な大きさをしていた。
「エミリアさん、この宿屋はご存知なんですか?」
「宿屋自体は知ってはいますけど、泊まったことはありませんね。
だから、ここでは普通に扱ってくれると思いますよ」
普通に扱う――というのは、過剰なサービスは無しで普通のお客さんとして扱うということだろう。
それについてはまったく問題無しだ。
「昨晩は凄くサービスしてもらっちゃいましたからね。大丈夫です、今日は普通に泊まりましょう」
「はーい。毎日あんな良い部屋に泊まっていたら、感覚がマヒしちゃいますしね」
私も以前、クレントスで1泊金貨1枚の部屋に泊まっていたときはマヒしちゃっていたからなぁ。
今にして思えば豪勢なことこの上なかったよね。
宿屋に入って受付カウンターで空室を確認すると、並んで空いている部屋があったのでそこを確保することにした。
従業員の人も愛想が良く、これぞプロの案内係! という感じだ。
でも、私としてはクレントスのルイサさんくらいの距離感の方が嬉しかったりして――
「――はぁ、クレントスが懐かしい……」
「え? アイナ様、急にどうしたんですか?」
「王都で人と話してると、何だかクレントスの距離の近さがとっても懐かしくなってね……」
「ああ……田舎町ですからね……」
「いやいや、心温まるものがそこにはあったよ、うん……」
何となく昔をしみじみと思い返してしまう。
もしかしたら旅に出なかったかもしれないくらいに居心地は良かったんだけど――本当に、ヴィクトリアさえいなければ良かったのに!
……あ、でもそうしたらガルーナ村以降の出会いは無かったことになるのかな。
うーん。ここは感謝するべきか? いや、直接関係無いから感謝はしないでおこう。
「一瞬、アイナさんがホームシックになったのかと思っちゃいました。
クレントスはホーム……とはちょっと違うのかもしれませんけど」
「それぞれの街には違いが結構ありましたけど、振り返ってみればクレントスが私は好きですね」
「王都はまだ2日目ですし、これからここの良いところも分かりますよ!
……とは言っても、温かみという点では地方都市の方があるかもしれませんね」
「そうですね。
――さてと、それじゃとりあえず食堂にでも行きますか? そのうちジェラードさんが合流してくるかもしれないですし」
ジェラードについては、宿屋に戻ってきたら食堂かルークの部屋を案内するように受付の従業員に頼んでおいたのだ。
戻り次第になるけど、早く会えると良いな。
ちなみに何でルークの部屋を案内するようにしたかと言えば、ルークがそう主張したからである。
私の部屋には直接行って欲しくないんだって。保護者かな、君は。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――来ませんね」
「来ませんねぇ……」
「もう夜遅いですし、今日は戻って来ないのでは?」
夕食を済ませ、そのあとはずっと歓談をしていた。
それなりに追加注文を挟みながら粘ってみたものの、22時になってもジェラードは現れなかった。
「ジェラードさんは夜からが本番なときがありますからね……」
「大人な方ですからね……。はぁ、今日はガルルンは諦めますか」
エミリアさんのつぶやきにはルークが反応していた。
「ガルルン……がどうかしたんですか?」
ルーク君。まだガルルンと言うのにためらいがあるようだね。主として嘆かわしい限りだよ。
「アイナさんが今日、冒険者ギルドで置物を受け取ってきたじゃないですか。
全員揃ったらみんなで見ようねーっていう話になっていたんです」
「なるほど……」
アドルフさんは仲間だけど、一緒に旅をしているわけじゃないからね。
ここでの『全員』からは外させてもらおう。
「あ、そうだ。それなら1つは確認のために見ちゃいましたから、それだけはお披露目しちゃいましょう」
「おー、そうですね。見せてくださいー」
エミリアさんの言葉を受けて、私はアイテムボックスからその1つを取り出した。
「これです!」
テーブルに置いたガルルンは、最初にセシリアちゃんからもらったものと大体同じ形をしていた。
素材の木が少し暗い色をしているので、それだけで雰囲気は結構違うように見えるけど。
「メルタテオスに置いてきたものよりも、渋い感じがしますね」
「色が少し渋いですからね。
形はあまり変わっていないんですが、これがいわゆるスタンダードタイプということです。
これぞガルルン! ……って感じですし」
「確かにガルルン! ……って感じがしますね!
それに、丁寧に作られている感じが伝わってきます。私も1つ欲しいなぁ、お部屋に飾りたいです!」
「――あ! そういえばエミリアさんのお部屋を見るのを忘れてました!」
「え? い、いくらアイナさんでもお見せしませんよ!?」
「えぇー……?」
それはがっかりだ。心底がっかりだ。
「そ、そんなに落ち込まないでください……。分かりました、それでは片づけをしたあとならご招待します!」
「む、やった! それではいつになるか分かりませんが、それでお願いします」
「あんまり期待しないでくださいよ!?
……さて、ジェラードさんは戻って来ないようですし、明日のことでも決めませんか?」
「そうですね、明日……ですか。
うーん。やることが多い割に、優先順位もそんなに無いですからね……。
とりあえず明日は街を案内して頂けませんか? それを参考に予定を組みたいです」
「分かりました、案内ならお任せください! それで、アイナさんは行きたいところはありますか?」
「とりあえず錬金術師ギルドは場所を知っておきたいですね。
それ以外は一通り……っていう感じです」
「ふむふむ。ルークさんはどこかありますか?」
「私は武器屋を少し覘いてみたいです。王都の品揃えはどんなものなのかと」
「おお、良いですね。ここはミラエルツとはまた違った品揃えがありますよ!
ところで私は早々に装飾魔法を覚えてしまいたいです! 教えてくれる場所もちょっと探してみて良いですか?」
「もちろん! ……それにしても、話してみると意外と出てくるものですね」
「そうですねー。それくらいあれば、明日は終わってしまいそうですし」
「それでは明日に備えて、今日はそろそろ解散することにしますか」
「はーい」
「はい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
自分の部屋に戻って一休み。
今回取った部屋の宿泊費は銀貨9枚だけど、いわゆる値段相応の部屋である。豪華な部屋も良いけど、分相応の部屋もまた良いものだ。
他の宿屋よりも銀貨2枚ほどは高いものの、この部屋はなんと簡易的なお風呂付き!
ちょっとお湯の出は悪いけど、そこは錬金術でズルをさせて頂いた。いや、錬金術師で良かった良かった。
ちなみにこのお風呂のお湯は、どこか別のところで沸かしているようだ。
今までのお風呂はそのお風呂でお湯を沸かしている感じだったんだけど――
「……あ、もしかしてそれも炎の魔導石を使っていたのかな?」
今更そんなことに思い至る。
魔導石って宝石みたいな見た目をしてるんだけど、今までのお風呂にはそういうのが見えなかったんだよね。
実際見えてしまっていたら、心無い人に持っていかれてしまいそうなお値段をしているわけだけど。
ファンタジーな世界とは言っても、いろいろな技術の上にその生活が成り立っているところは元の世界と変わらない。
そういうひとつひとつのことを知っていけるのは面白いよね。大人になるほど、そういうことは減っていくものだけど。
さて、知っていける――と言えば、ついに私も錬金術師ギルドに行くことになったわけだ。
今まで会った錬金術師なんてクレントスのヴィクトリアくらいだったから、それはとっても楽しみだ。
でも錬金術師ギルドは私ひとりで行ってみたいかもしれないなぁ。
やっぱり専門的な場所は、それを専門としていない人にとっては入り込めない部分があるだろうし。
明日はみんなでいろいろ見るとして、明後日は自由行動にしてみようかな。
ルークも武器をじっくり見てみたいかもしれないし、エミリアさんは大聖堂にある彼女の部屋をしっかり片づけてもらわないといけないし!
「……先は長いし、そんな日も必要だよね。
――……ふわぁ。……よし、そろそろ寝よう……」
結局ジェラードは戻って来なかったのかな?
もう0時だし、今晩は諦めることにしよう。