113.大聖堂にて⑤
「――さてと、そろそろ私はお仕事に戻らないと」
部屋に招かれて1時間も雑談をしたあと、レオノーラさんが溜息をつきながらそんなことを言った。
「あ、これからお仕事なんですね。それじゃ、私たちはそろそろ――」
「そうね。アイナさん、今日はお話ができて嬉しかったわ。
エミリア様、お土産話をありがとう。
ルークさん、次はもう少しお話してくださいね」
話を切り上げ、部屋を全員であとにする。
レオノーラさんが扉に鍵を掛けたところでエミリアさんがお別れの挨拶をした。
「それではレオノーラ様、お仕事がんばってください!」
「……え? そういえばエミリア様は、お仕事はどうするの?」
「私はアイナさんとまだご一緒させて頂きますので、大聖堂のお仕事にはまだ戻らないんです」
「な、なんですって!?」
それまで穏やかだったが、エミリアさんの言葉を聞いてぷりぷり怒り始めるレオノーラさん。
怒っているといっても……こう言っては申し訳ないんだけど、小さな子供が怒ってる感じでちょっと可愛いかな。
「だ、大司祭様にも許可はもらいましたよっ!」
「む……。そ、それなら仕方ないわね。
アイナさん、エミリア様のことは良い様に使って頂いて構いませんからね!」
「分かりました!」
「ちょ、ちょっとアイナさん!?」
「そうすると、エミリア様は寝泊まりはどうするの? 大聖堂のお部屋に帰ってはくる?」
そういえばエミリアさんの部屋も大聖堂の中に割り当てられているんだっけ?
せっかくだし、ちょっと見せてもらいたいところだけど――
「いえ、宿泊もアイナさんたちと一緒にする予定です。どこに泊まるからは決まっていないんですけど」
――あ、そうなんだ? いや、私としては嬉しいんだけど。
「そうなの? 連絡先は、宿泊先が決まったら教えに来てよね?」
「えっ」
「なに? 嫌なの?」
「お、教えたら……オティーリエ様に言いそうですし……」
「そうね、それは否定できないわ。でもオティーリエ様がわざわざ街中の宿屋にまで訪れるかしら?」
「私の想像ですと、いらっしゃると思います」
「あはは、まさか――……って、そう言われると確かに訪れそうね。
まぁそれはそれとして、私は遊びに行くから教えてよね」
「むぐぐ……。わ、分かりました……」
断腸の思い、という感じでエミリアさんが無念の表情を浮かべる。
いやいや、そんなに嫌なの……?
「エミリアさん。もし不本意な状態になったら、宿屋を変えれば良いだけなので――」
「――! そ、そうですね! さすがアイナさん!」
レオノーラさんに聞こえないくらいの声で内緒話。
自由に動けるのが今の強みだし、何かあればさっさと変えてしまえば良いのだ。
「さてと。それでは本当に時間が無いので、これで失礼するわ。みなさま、さようなら」
そう言いながら軽くお辞儀をすると、レオノーラさんは小走りで廊下の向こうに消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大聖堂を出ると、時間は14時といったところだった。
陽は高く、通りを行き来する人の数も大聖堂を訪れたときより増えている。
「――はぁ、何だか緊張しました」
「アイナさんとルークさんは、大聖堂は初めてでしたしね。私は我が家みたいな感じでしたけど」
「はー、良いですね。私、そういう場所が無いからそのうち作ってみたいです」
「アイナ様が一番長くいたのは……ミラエルツの宿屋になりますか?
我が家というには賑やかなところでしたが」
「そうだね、何だかんだであそこは1か月いたわけだしね……。
でも王都にはもっと滞在することになるだろうし、やっぱり我が家ポジションの場所が欲しいかなぁ」
「とするとアイナさん、やっぱり家を! 買うんですか!」
「興味はかなりあるんですけどね……。
でも宿屋の広さに慣れちゃったから、自分の部屋は少し大きめの部屋が良いかな……って考えると、お値段はどうなんでしょうね。
あとはルークとエミリアさんの部屋も欲しいですし」
「「え?」」
「え? 家を買って私だけ住むんじゃ申し訳ないでしょう?
特にルークは私を守ってくれているわけだし」
「ま、まぁ確かに……。そうか、そうなりますよね……」
「それにしてもアイナさん、私まで?」
「王都から出なければエミリアさんはずっと一緒のわけですから!」
「なるほど――……って、何だかそんな感じになっているんですね!?」
「あはは、それは冗談ですけど。
でもお客さん用のお部屋はあっても良いですから」
「ふーむ……。何かもう、アイナさんが豪邸を買っちゃうイメージしか無いんですけど……」
「さすがに豪邸まで行くと管理が大変じゃないですか。
あれやこれやに結構時間が掛かると思いますし――」
「そこは使用人を雇えば良いのでは?」
使用人?
む……、その発想は無かった!
「そういえばそうかもですね。執事さんとかメイドさんを雇っちゃうことになるんでしょうか」
「そうですね。あとは奴隷の方とか……」
「え?」
「え?」
「奴隷、ですか? そういうのもいるんですね……」
「はい、いますよ? ああ、でもこの国は他の国と比べてしっかりした制度があるんです。
奴隷を所有したからといっても、その人をどうにでもできるというわけではないんですよ。……アイナさんなら大丈夫だとは思いますけど」
ふぅむ?
聖職者のエミリアさんの口から普通に奴隷、という単語が出るのがちょっと違和感があるかもしれない。
……いや、私の知ってる『奴隷』とはちょっと違うのかな。
「なるほど、私の国でいう『奴隷』とは違う感じですけど――そういった方にもお手伝いをお願いできるんですね」
「あ、ちゃんとお給料を払わないといけませんからね! 普通の人に比べればお安めですが」
「その方が私としては気楽ですね……。
ちなみにその奴隷って、どういう方がなるものなんですか?」
「基本的には借金を返せなくなった人とか、何か罪を犯した人でしょうか。
あとは権力者から諸々の権利を剥奪された人とか、追放された人とか」
「むむ、曲者揃いのラインナップ……」
「たしかに曲者も多いですが、奴隷紋で制約を与えることができますから大丈夫ですよ」
「おお、そんなこともできるんですね」
さすがファンタジー世界。
歯向かったりすると電撃が流れる――とかでもするのだろうか。
……それはそれで怖いなぁ。
「まぁ、ひとまず家のことは置いておきましょうか。まだ王都には来たばかりですし」
「やることはたくさんありますし、おいおい――余力ができたときに考えてみる、でも良いかもしれませんね」
「そうですね! さて、それじゃ順番にこなしていきますか。
まずはジェラードさんとも合流したいですし、冒険者ギルドに寄ってみましょう」
冒険者ギルドに行って、そこでジェラードの所在照会をして、あとはガルルンの置物を受け取る!
そうそう、せっかくだし冒険者ランクが今どうなっているのかも確認してみようかな。
上げられるものなら上げておきたいからね。
あとは後学のために、どんな依頼が出ているのかくらいは見ておくことにしよう。
「ところでアイナさん、お昼ごはんはどうするんですか?」
「さっきのクッキー――」
「えっ」
「――は、レオノーラさんは昼食だったのでしょうか?」
私はさっきのクッキーだけでももつくらいなんだけど、さすがにエミリアさんとルークには厳しいか。
そのことに途中で気付き、言うことをレオノーラさんの話に向けた。
「そうかもしれませんね。レオノーラさんはもともと小食の方ですから」
「なるほど、でもあれだけの量で足りるのかな。
それじゃ私たちは、昼食をとってから冒険者ギルドに行くとしましょう」
「はい、そうしましょう!」
「分かりました」
ひとまず大聖堂の近くはエミリアさんの庭だろうから、オススメのお店にでも行ってみることにしよう。
エミリアさんもがっつり食べられない分、それを踏まえたところに行きたいだろうしね。