111.大聖堂にて③
「ところで大司祭様。ガルーナ村の一件で、国から何かお話はありましたか?」
引き続き大司祭様と話をしている最中、エミリアさんがそんな話を突然振ってきた。
「ああ、その話か。
大聖堂が証人という形になって、もしもアイナさんがご存命なら褒章が出るということにはなっていたんだが……。
――アイナさん、近い内に一緒に王城に来て頂けないでしょうか」
褒章! ……は欲しいけど、王様には会いたくない!
……っていうのが本音ではあるんだけど、でもどうせいつか行くことになるよね……。あの、『ダンジョン・コア<疫病の迷宮>』の件で。
それについてはどちらにしてもしらばっくれるつもりなんだけど、それならそれで早く済ませちゃった方が良いかな。
「分かりました。しばらく王都に滞在しますので、ご都合良いときにご一緒させてください」
「ありがとうございます。
国王陛下に報告したときに、ぜひ一度会いたいと仰っておられまして……」
……やっぱり?
あ、でもそのときはまだ私の生死は分からなかったときだよね。
そのあとにガルーナ村に兵士が派遣されていたみたいだけど……そこからの報告は戻ってきたのかな?
あったなら私が生きていることが伝わっているかも――って、何だかややこしいなぁ。まぁ一回置いておこう。
「――ちなみに、謁見はいつ頃になりそうでしょうか」
「そうですね……。申請も要りますし、1週間後くらいは掛かると思います。
日程が決まりましたらこちらから使者を出しますので。……ところで滞在先はどちらになりますか?」
「王都には昨日着いたのですが、昨晩はエミリアさんに紹介して頂いた宿屋で一泊しました。
これからは今のところ未定なのですが――」
「ふむ……。それでしたら大聖堂でお部屋をご用意することもできますが」
そんなありがたい申し出が大司祭様からあったものの、エミリアさんの表情が何やら渋い。
事情は知らないけど、ここは断っておこう。
「お気遣いありがとうございます。宿屋を含め、この街をもう少し見たいと思いますので……」
「なるほど、承知しました。必要ができたときにはまたご相談ください」
「はい、そのときはよろしくお願いします」
「それでは、滞在先が決まりましたら私が伝えに参りますね」
「おお、そうしてくれると助かる。エミリア、よろしく頼むよ」
「はい!」
――そのあと30分ほどお話をしてから大司祭様の部屋をあとにした。
エミリアさんの話によると、大司祭様がここまで時間を取ってくれるのはとても珍しいそうだ。
王都にいる間は基本的にとっても忙しいみたい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、レオノーラさんに会いに行くんですよね」
「むぐっ……」
私の言葉にエミリアさんは変な声を出した。
「ちょっとツンツンしてるところはありましたけど、エミリアさんのお仕事を代わりにやってくれていたみたいですし……。
何か問題でもあるんですか?」
「いえ……レオノーラ様は、可愛くて私も好きなんですよ……? もうちょっと優しく話しては頂きたいですが……」
「なら、そんな嫌がることも無いのでは?」
「い、嫌がってるなんて……! ああ、えぇっと――」
エミリアさんは辺りを見回して、誰もいないことを確認した。
「あの、レオノーラ様にはお姉様――オティーリエ様、という方がいらっしゃいまして……私、この方がとても苦手なんです。
レオノーラ様はオティーリエ様と仲がとても良くて、一緒にいることも多いので――」
……なるほど。
エミリアさんはレオノーラさんにビクビクしているのではなくて、オティーリエさん? にビクビクしているのね。
「レオノーラさんと同期っていうことは、オティーリエさんは先輩みたいな感じなんですか?」
「職位は同じなのですが、一応そういうことになりますね……。
あ、そうだ。アイナさんもあんまり無茶なことをしないで頂けると……」
「無茶って……」
「ああ、いえ。アイナさんから何かするということは無いと思うんですけど、売り文句に買い文句――っていうじゃないですか。
頭にきても、冷静にご対応頂ければ……」
「ああ、そういう系なんですね……」
なんとなくクレントスのヴィクトリアのことを思い出した。
そういえば元気にしてるかな? 風邪のひとつくらい引いてても良いんだけど。
「ちなみに先に言っておきますけど……オティーリエ様は、この国の王位継承順位が第22位の方なんです」
「……え。王族なんですか……?」
「はい。この国の王族は、子供の頃から大聖堂に入れられることがあるんです。
ちなみにレオノーラさんもそうなんですよ」
「ひぃ……。も、もしかしてエミリアさんも!?」
「いえ、私は一般の庶民です……」
あ、そうなんだ。
もしかしたら――って思ったけど、さすがにそんなことは無かったか。
「――あ! エミリア様、もう時間は良いの!?」
唐突に女の子の声が響いた。
聞き覚えのあるこの声は――
「レオノーラ様! は、はい。大司祭様とのお話は済みました!
……えーっと、それで今日は……オティーリエ様は?」
「お姉様? 今日はいらしてないわよ。
エミリア様はお姉様のこと、ちょっと過敏すぎるんじゃない?」
「うぅ……。いつも怒られるんですもん……」
「あーもう! 私の前でそんなしおれないでよね!」
そう言いながら、レオノーラさんはエミリアさんの頭をよしよしと撫でている。
……何だこの2人。見てて面白いぞ。
「――それでエミリア様。こちらのお2人、ちゃんと紹介してくれるかしら?」
「はい、私が旅先で知り合った大切なお友達です!」
「初めまして、私はアイナ・バートランド――」
「初めまして、アイナさんね。よろしくお願いするわ」
名乗りを途中で切られた!? 『ちゃんと』とは一体……。
少し文句は言いたいところだけど、相手は王族なんだよね。深呼吸して落ち着こう。すーはー、すーはー。……よし、おっけー。
「私はルークと申します。お見知りおきを」
「ルークさんね。よろしく」
ルークは私のやり取りを見て、名前だけを名乗っていた。
こういうところ、案外柔軟だよね。
「ところでアイナさんとルークさん。これからお時間はあるかしら?
もしよければ、私の部屋でお茶でもしません?」
「えーっと……」
「はい、決定ね。美味しいお菓子もあるからお楽しみに」
……あれ? まだ返事してないんですけど。
「エミリア様。そういうわけなので、4人でお茶をするわよ」
「は、はい……。あの、オティーリエ様は本当にいらっしゃらないんですよね?」
「ああもう、そんなに私が信用ないの?」
「い、いえ! そういうことではなくて――」
「はぁ。エミリア様とお姉様がもっと仲良ければ、私も嬉しいんだけど」
「わ、私だって仲良くはしたいんですよ? でも毎回突っかかって来られるとですね……」
「まぁ、そこは同情するわ」
何やかんやでエミリアさんとレオノーラさんとの話は続く。
その中でオティーリエさんがどんな人なのかも少しずつ見えてきた。
エミリアさんはエミリアさんで、何だか人間関係に苦労しているっぽいなぁ……。
そういえば以前『ライバルって響きには嫌な思い出しかない』――みたいなことを言ってたけど、もしかしてオティーリエさんのことなのかな?
そうなってくると会ってみたいような、会ってみたくないような。
まぁこの調子だと、そのうち会うことになりそうだけど……。
でも今日のところはもう少し、オティーリエさんのいない間にレオノーラさんのことを知っておきたいかな。エミリアさんの味方っぽいし。