110.大聖堂にて②
レオノーラさんと別れたあと、引き続きエミリアさんの案内で大聖堂の中を進む。
しばらくすると、いかにも偉い人が歩いていそうな通路に辿り着いた。
左右に広い間隔で立派な扉が並び、それが長い距離を続いている。
「ここは大聖堂の要職者の執務室がある場所なんです。限られた人しか入れないんですよ」
「……え? そんなところに私とルークが入ってきて良かったんですか?」
「大丈夫ですよ! アイナさんを治すことができたら、ぜひ連れて来なさい――って言われてましたし」
「うーん。それってその、執務室まで連れて来いっていうのとは違うような……」
「そ、そうなんですか……? うーん、でもここまで来てもらっちゃいましたし、行っちゃいましょう!」
むむ、エミリアさんはこのまま行ってしまうつもりのようだ。
何となく礼拝堂あたりで会うのかなって思ってたから、いつもの服で来ちゃったんだよね。
敵(?)の本丸に乗り込むのであれば、『はったりをかます服』の方が良かったかもしれない。
しかし時すでに遅し。いや、こういうときに装飾魔法――お着替え魔法が使えれば良かったんだけど……って、無いものねだりしても仕方ないか。
「……よし、覚悟は決めました! どんと来い、です!」
「私たちが行くんですけどね!」
「そういうことではなかったのですが、それでは行きましょう」
「はい、行きますよー」
そう言うとエミリアさんは少し先の扉の前まで進み、静かにその扉をノックした。
コンコンコン。
「――はい、どうぞ」
ノックの音に続いて、扉の向こうから男性の声が聞こえてきた。
落ち着き払った、聞いていて安心できる静かな声――
そんなことを思っていると、エミリアさんが手招きしていることに気付いた。
『行きますよー』みたいな感じだったので、『おっけー』っぽい感じで返しておいた。
ガチャッ。
「失礼します、大司祭様。ガルーナ村より、ただいま戻りました」
「……おお、エミリア! お帰り、ずいぶんと長旅をしてきたものだね。
おや、扉の向こうにいる方は――」
「はい。ガルーナ村で疫病に伏せっていた錬金術師の、アイナさんです」
「なんと……! あの疫病から回復したのかね……? 何という奇跡だ……。
さぁさぁ、そんなところにおらず、部屋の中にどうぞお入りください」
大司祭様はこちらに歩み出て、私たちを部屋の中に促してくれた。
「はじめまして、アイナ・バートランド・クリスティアと申します。
その節はご迷惑をお掛けしました。また、エミリアさんを私の看病のために残して頂きまして、ありがとうございました」
「これはご丁寧にありがとうございます。私はデリック・フラウ・ベネディクト・アディンセルと申します。
いや、エミリアがお役に立てたのなら、こちらとしても嬉しい限りです」
実際のところ、最終的には自分で薬を作って治したものの、そこに至るまでが大変だったからね。
エミリアさんの力が無ければ、薬を作ることができなかったのだから。
「お久し振りです、大司祭様」
「おお……これはこれは、ルークさんも! そうか、そう言えばアイナさんの従者だと言っていましたね……。
またお会いできて嬉しいですよ」
「私も嬉しいです。あのあと、エミリアさんのおかげでアイナ様の病を治すことができました。
私からも心より、大聖堂の皆様に感謝を申し上げます」
「ははは、エミリアが本当にお役に立てたようだ。
エミリア、私も今回の活躍をとても嬉しく思うよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
これにてエミリアさんのミッションはコンプリート! ……って感じかな。
本当にお世話になりました。
「――それにしてもアイナさん。よくぞあの疫病を治すことができましたね?
手持ちの薬や魔法ではどうしても治せなかったのですが、一体どうやって……」
「えーっと、それはですね……」
返事に困ってエミリアさんをちらっと見る。
エミリアさんは少し考えてから大司祭様に言った。
「あの、大司祭様……。これから見ることは誰にも秘密……ということをお約束して頂きたいのですが……」
「うん? ……分かった、何を見せてくれるのかな?」
「えっと、アイナさん。大司祭様はとても信用できる方なので、何かをバチッとお願いできますか?」
「別に構いませんけど……」
「バチッと? エミリア、それは一体……?」
話の流れからして、私が一瞬で何かを作るところを見せたいんだよね。
それじゃ、大司祭様の悪いところを治す薬でも作ってみようかな。
えぇっと、大司祭様の悪いところをかんてーっ
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【状態異常】
腰痛(小)、疲労(小)
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……ふむ、重いものでは無いけどしんどいやつだね。
腰痛の薬はアドルフさんに作ってあげたことがあるけど、それと同じもので大丈夫そうだ。
それじゃ、れんきーんっ
バチッ
「――ッ!?」
いつもの音と共に、右手の上に液体の入った瓶が現れる。
「大司祭様、これは腰痛の薬になります。よろしければどうぞ」
そう言いながら瓶を差し出すと、大司祭様は思わず手を伸ばして受け取ってくれた。
「こ、これは一体……?」
「大司祭様、アイナさんはその……とても凄い錬金術師でして、効果の高い薬などを一瞬にして作ることができるんです」
「一瞬で!? ……まさか、そんな……。それで、この薬は――」
「大司祭様は腰痛をお持ちのようでしたので、それを治す薬を作ってみました」
「なんと……!?」
「ガルーナ村でも、このように疫病の薬をたくさん作って――そしてたくさんの人々を救ってくれたんです。
それ以外でも、そのあとの旅路で腰痛の方や腕の動かなかった方も治療してこられたんですよ」
「にわかに信じられないが……それではこの薬、頂いてみよう……」
そう言いながら、大司祭様は薬を一気に飲み干した。
一応、結果を鑑定しておこうかな。かんてーっ
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【状態異常】
疲労(中)
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……うん、ばっちりだね。
「――おお、確かに痛みが消えた……。これは凄い、何ということだ……」
大司祭様は宙を仰いだあと、目線を私の方に移した。
「なるほど、確かにこれは神の業。……アイナさん、あなたは一体どういうお方なのでしょうか」
まっすぐな大司祭様の目。
圧されるような、吸い込まれてしまうような――このままじゃ何か洗いざらい話しちゃいそう! 恐るべし、偉い人の雰囲気!
「えぇっと……。エミリアさん、これ以上は勘弁してくださーい」
大司祭様の眼力に耐え切れず、私はエミリアさんに助けを求めた。
「ああっ、そうですね……。アイナさん、あっちの話もしちゃって良いですか?」
そう言いながらエミリアさんは、両手の人差し指で四角のラインを宙に描いていた。
「あー、……あれですね! えぇっと、エミリアさんが大丈夫だと思うなら、どうぞ!」
「あの、大司祭様。実はアイナさんは――プラチナカードをお持ちなんです」
「な、なんと!?」
それを証明するかのように、私は鞄の中からプラチナカードを出して、遠目ながらに大司祭様に見せてみた。
「……た、確かに。なるほど、それでは余計な詮索はするところではないな……。
しかしまさか、そのような方だとは……いや、恐れ入りました」
「いえ……、ご理解頂けて嬉しいです」
うーん、大司祭様クラスでも、プラチナカードはばっちり効果があるんだね。
本当に凄いカードなんだなぁ……。
「――ところで大司祭様。アイナさんはこれからしばらく王都に滞在する予定なんです。
その間、私は引き続きアイナさんと行動を共にしても良いでしょうか……」
「ふむ……。エミリアが留守の間、ずいぶん仕事が溜まっているのだが――」
「そ、そうですよね……」
「ちなみに、レオノーラが全部代わりにやってくれているんだぞ? 会ったらお礼を言っておくようにな」
「そ、そうだったんですか? あとで会う予定なので、そのときに……はい」
なんだ、やっぱりあのレオノーラさんはツンデレだったんだね!
私はそんなことを能天気に考えていたけど、大司祭様とエミリアさんとの間にはしばらく沈黙が続いていた。
「――……よし。エミリアがアイナさんに同行することを許可しよう」
「えっ!? 本当に良いんですか?」
「うむ。私が今まで出会ってきた中でも、アイナさんのように素晴らしい力を持った方は見たことがない。
『強さ』に関して言えば英雄クラスの冒険者はいたし、『癒し』に関して言えば高名な聖職者はいた。
だが――多くの可能性を持った錬金術師としては、ここまでの方は初めてだ」
「はい、アイナさんは素晴らしい方です!」
「そんな方に付いていれば、また学ぶこともたくさんあるだろう。
――それに、エミリアも以前より良い表情をするようになったしな」
「え? そ、そうですか?」
大司祭様の笑顔と言葉に、エミリアさんは驚いていた。
確かにエミリアさんは、最初に会ったときよりも明るくなったような気はするかな。
最初は綺麗なイメージの方が先に立っていたというか。……まぁ、それも早々に食いしん坊キャラに変わっちゃったけど。
「それではアイナさん。しばらくの間、エミリアのことをよろしくお願いします。
何か問題があれば私の方に連絡してください」
「えへへ♪ 引き続き、よろしくお願いしますね!」
エミリアさんの笑顔が今日も可愛い。
またしばらく――王都を出るまでは良いのかな? その間はまだまだ一緒に冒険できるってことだよね。
まずひとつ、王都での第一歩目がスムーズに始められたっていうのは嬉しい限りだ。