11.もしかして:ここがすべて始まり
「あの、すいません。ルイサおばちゃ……いえ、ルイサさんが変なことを言って」
宿屋から出ると、まずはルークさんが口を開いた。
家族がはしゃいでるのを友達に見られて恥ずかしい……、簡単に言うとそんな感じかな? とても申し訳無さそうに、バツが悪そうにしている。
「あはは、仲良くて羨ましいなって思いましたよ! 私なんて独りですし」
「そう言えば……アイナ様はお独りで旅をされているんですか? お供などは付けずに――」
「はい、ずっと独りです」
ずっとも何も、この世界でのスタート地点はこの街を出てすぐのところだったわけだが。
「ところでルークさん、何で私のこと『アイナ様』って呼んでるんですか? 別に『さん付け』とかで構いませんよ?」
ルークさんのことは固いキャラクターなのかな? と思っていたのだが、ルイサさんとのやり取りがとても普通だったので、ちょっと聞いてみた。
「そ、そんな失礼なことは出来ません! プラチナカードをお持ちのような方を『さん付け』だなんて……!!」
プラチナカード? ああ、そんなのあったね……。
でもそれって、そんなに恐縮することなの?
鞄の中に入れたプラチナカードをまさぐり、鑑定をしてみる。
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【プラチナカード】
王族や神職者に与えられるとても貴重なカード。
身分や身元は秘匿され、暴こうとした者には重大なペナルティが科される
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……ナニコレ。
いや、確かに神様からいろいろもらったけどさぁ……。
『身分や身元は秘匿され』ってことは、つまり王族とかのお忍び漫遊記みたいになってるってこと?
……っていうのであれば、『様付け』に拘るのも……分かるのかな。
「あ、うん、何だかごめんなさい」
そう言う私に、いやいや! と身振り手振りで慌てるルークさん。
「そ、それよりもアイナ様こそ、私には敬語など使わず、呼び捨てにでもして頂ければ……!」
あ、うーん。あんまり親しく無い人には、私って敬語派なんだよね。
「いえいえ。それでは引き続き、お互い今のままで」
なおも反対するルークさんを、私は笑顔で屈服させるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おや、ルークじゃない。おはよう。私の家まで、どうしたんだい?」
長屋のような建物の部屋のひとつ。そこから品の良いお婆さんが顔を出した。
先日広場で見た、脚の悪いお婆さんだ。
「アイーシャおばちゃん、おはよう! あのね、今日は良いお知らせを持って来たんだ!」
「良いお知らせ……?」
そう言いながらアイーシャさんは私を見て、静かに優しく微笑んだ。
「ふふふ、そうかいそうかい。こんな可愛いお嫁さんをもらうんだね。お幸せにねぇ」
……そうだよね。若い男が若い女を連れてきて、『良いお知らせ』だなんて言ったら……まぁそう思うよね。
「えっ!? ……あっ! ち、違うよ、アイーシャおばちゃん! そうじゃないっ!!」
アイーシャさんが何を言っているのかを理解した瞬間、ルークさんが真っ赤になって慌て始めた。
ああもう、昨日までの真面目で爽やかなイメージが台無しだよ、ルークさん。
そんなことを思いながら、ルークさんとアイーシャさんの話に入っていく。
「はじめまして、私はアイナと言います。あの、錬金術師をやってまして、脚に効く薬を調合したのでいかがかなと」
横から私が口を挟むと、アイーシャさんは薬の瓶を見て驚いた顔をする。
「そうそう、この薬の話なんだよ! 俺もちょっと信じられなかったんだけど、今朝ルイサおばちゃんに会ったら、脚が良くなってたんだ!」
「ええ? ルイサの脚が……? ……それって本当かい? ……いえ、ルークが言うんだから、嘘じゃない……んだよね?」
私は困惑しているアイーシャさんに、瓶を静かに差し出す。
「ただのお節介なので代金は要らないのですが、いかがでしょう?」
「アイーシャおばちゃん! どうかアイナ様を信じて飲んでくださいっ!!」
ルークさんも懸命にお願いをしてくれる。どういう関係かは知らないけど、子供の頃からお世話になっているのかな。
「もう、ルークったら……。……それじゃ、ありがたく頂きますね」
アイーシャさんはにこりと微笑み、静かに瓶に口を付けた。
その姿にも、どこか気品を感じる。
飲み終わった後、アイーシャさんをすぐさま鑑定をする。
ステータスの身体状態から『歩行障害(小)』は綺麗に無くなっていた。
「治ったと思いますが、いかがでしょう?」
「え、もう? やだわ、そんなにすぐに治るわけが――」
アイーシャさんは脚を眺めながら身体をよじる。しばらくして、おもむろに脚を上げて動かし始めた。
「……あら? あらら? う、うそっ!? ね、ねぇ、見て! 脚が……上がるわよ!?」
信じられない光景に驚くアイーシャさん。
その横でルークさんも呆然とつぶやいている。
「し、信じてたけど……本当だったんだ……」
ルークさん。それって本当に信じてたんですかねぇ……?
じとっとした目でルークさんを見つめるが、彼がこちらに目線を移すことは無かった。
「あ、アイナさん! 素敵なお薬をありがとう……! 本当に、本当にありがとう……っ!!」
アイーシャさんは両手で私の手を取り、拝むように頬を当ててくる。
そんなに喜んでくれると、こっちも嬉しくなるもんだよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それにしてもアイナ様は、本当にすごい錬金術師様だったんですね!」
アイーシャさんの家からの帰り、ルークさんが興奮気味に話してくる。
ふふふ、何せレベル99の上にユニークスキルもあるからね!
得意げに答えるのもどうかと思い、外面的には誤魔化すように微笑み返す。
ところで――
「そういえばルークさんは、私に何か用事があったんですか? 流れでアイーシャさんの家までご一緒してもらいましたけど」
「あ……、えっとですね! それはもう大丈夫になりました! 気にしないでください!」
……え?
アイーシャさんの家の道中で解決したってことかな? ……何だか分からないけど、まぁいいか。
「そうなんですか? てっきりデートのお誘いかと」
改めてからかい直す。
ルークさんはあわあわと何かを言っているが、やっぱり真面目な青年なんだなぁと思い至る。
「わ、私がアイナ様をデ、デートにお誘いするなんて、そんなことが許されるはずがありませんっ!!
その台詞を力強く言わせるのは、例のプラチナカードの影響か。
「ああもう、私はそんなに偉くなんて――」
言い掛けて、街の遠くから歓声のような声が上がるのが聞こえてきた。
「あれ? 向こうの方、何か賑やかですね?」
「あ、はい。今日ですね、この街に英雄シルヴェスターが訪れることになっていまして、その歓声かと」
「へー。英雄、ですか」
「はい! 世界を股に掛けて冒険し、行く先々の国で直面する問題をいくつも解決して――」
その後、ルークさんの熱弁は5分ほど続いた。
「――はっ!? も、申し訳ありません、自分ばかり長々と!」
「いえ、とても楽しかったですよ? ルークさん、英雄に憧れてらっしゃるんですね」
「はい!」
元気に肯定するルークさん。
男の子って、強い人に憧れるものだからね。
「それでは、私たちも見に行きますか!」
「え? 私に気を遣って頂かなくても! 私はアイナ様を宿屋までお送りする義務が――」
「ああもう、私も見たいんです! 良いから行きましょう!」
「――ッ!?」
ごちゃごちゃ言うルークさんの手を握り、私は歓声の方に向かって走り出す。
手を握って走るなんて。いやー、青春だねー。
我ながら、そんなことを思ってしまったよ。